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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の執政官になったので村を発展させます 〜犬人族の少女と始める辺境内政スローライフ〜  作者: 織部


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怪しい騎士と守護の指輪

やがて、老人は深く息を吐いた。

「……いや、わからん。だが……ミラーが来る時とは、まるで正反対だ……つまり、良い人、ということか」


「当たり前だ」

 クロエは胸を張った。

「我が主は、私の誇りだ」


 しばしの沈黙の後――

 ロンは杖を手放し、深々と頭を下げた。

「執政官殿、謝罪する。どうやら、わしはまたミラーの言葉に騙されておったようだ」


 顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見る。

「この村を……どうか、よろしく頼む」

「もちろんです。私の村でもありますから。ご協力をお願いします」


 その後、ミラーが私の悪い噂を流布していたという事実が判明した。

 まあ、私の姉なら、もっと慎重に、姑息に流すだろうけれど。


「ミラーの家に行かないと。そろそろお暇します」

 ロン爺に屋敷に招かれ、長居をしてしまった。

 クロエはすっかり老人と、ロンの犬たちと仲良くなっていた。


「わしが他の長老たちにも声をかけよう。皆、騙されておるからな。マークス、お前は他の者たちの誤解を解け!」

「はいはい」

「ロン爺ちゃん、またね!」


 クロエが手を振ると、ロンの犬たちは尻尾を振り、吠えた。


ミラーの家は村の外れにあったが、その外観は私の予想を軽く超えていた。

「執政官の屋敷よりも立派です……」

クロエがぽつりと呟く。


私も同感だった。屋敷というより、小さな砦だ。壁の厚み、門の位置、警備の数――どれを取っても、代理執政官の住まいとは思えない。


「ミラー執政官代理は、いらっしゃいますか?」

屋敷に入り、マークスが声をかける。

「いえ、ルーナの町へ用事で出ておりまして」

「それでは、戻られたら執政官様がお呼びだとお伝えください」


開かれた扉の向こうを、私はほんの一瞬だけ覗いた。

豪奢な調度品。行き交う使用人の多さ。

その光景を見た瞬間、胸の奥で、何かが静かに噛み合った。


「……全ての謎が解けたわ」

「どうしましたか?」

「今はまだ。でも、マークス。貴方は優しいから、言いにくいこともあるでしょう? 全部じゃなくていい。知っていることを教えて」


一拍置いて、彼は小さく頷いた。

「……わかりました」

屋敷を離れ、村へ戻る途中、一騎の騎馬が近づいてきた。


昨日見たのと同じ紋章――王国騎士団。

私は反射的に馬車を止めた。

「何の用ですか?」


「いや、珍しい旗がはためいていてね。ウルフェンハルトの、何の旗だろうと思って」

「統治領ワールドエンドの旗です」

難癖をつけられるかもしれない。

そう思い、身構える。


「……綺麗な旗だ」

意外な言葉だった。

 青い髪、鋭い蒼眼。冷たい表情のまま、彼は旗を見ていた。

けれど、その口元が、ほんの一瞬だけ緩んだように見えた。


「それでは、先を急ぎますので」

「待って。犬人族の子を探している。少し話があってね」

「その件については、昨日もお仲間にお話ししました。王国では奴隷は禁止ですよね」


マークスに合図を送り、馬車を走らせる。

彼は止めようとせず、散歩でもするように、静かに後を追ってきた。


「あの人……悪い人には見えないよ」

クロエが言う。

彼女が初対面の人間を庇うのは、珍しい。

「……わかったわ。話を聞くだけよ」


屋敷に戻ると、彼は門前の古い馬繋ぎ柱に馬を繋ぎ、丁寧に挨拶をした。

「失礼します。挨拶が遅れました。王国騎士団ルーナ分隊隊長、カリオンです」


その名が告げられた瞬間、その場の空気が変わる。

分隊隊長。つまり、ルーナに駐留する王国軍の長。

作業の手が止まり、視線が集まる。

だが彼は、それを気にも留めていない様子だった。


「こちらへどうぞ。ここしか話せる場所がありませんので」

私は彼を調理場の小さな食卓へ招き、扉を閉めた。

「執政官のシズカです。よろしくお願いします」

 彼は自然な動作で手を差し出してきた。


「疑われている気配を感じたから、先に言っておく。王国では奴隷制度は禁止だ」

……よかった。胸の奥で、ようやく息を吐く。

「それで、お話とは?」


 クロエには何度も下がるよう合図しているのに、彼女は知らん顔でお茶を淹れている。

「子犬ちゃんが、どこから逃げてきたかを教えてほしくてね」


「どうしてですか?」

「奴隷商人のアジトを潰すためさ」

笑顔とは裏腹に、その目は鋭く光っていた。

「森を無闇に探せば、先に気づかれて逃げられる。だから、彼女の力が必要なんだ」


「クロエに先導させる気ですか? 危険すぎます。それに、部下を使えばいいでしょう」

「赴任したばかりでね。部下の中にスパイがいる可能性もある」


クロエはお茶を置くと、私の隣に座った。

「主様。アジトには、まだ捕らわれている獣人がたくさんいます。解放のためなら、私は力を惜しみません」


……そう言うと思った。正しい。見過ごしてはいけない。

それでも――もしクロエに何かあったら。私の胸は痛む。


「彼女には怪我一つさせない。約束しよう」

信用できない。そう思った、その瞬間。

「じゃあ、これを使ってくれ」

机の上に置かれた指輪。


「守護の指輪だ」

「指輪だ。やったぁ!」

クロエが嬉しそうに指にはめる。

「魔力が続く限り、あらゆる攻撃を無効化する。試すかい?」


「わーい、主様、私を攻撃して!」

「できるわけないでしょう!」

私は魔道具の扱いには慣れている。この重厚感、この魔力の密度――本物だ。


次の瞬間、カリオンは剣を抜き、クロエに斬りかかった。

「――っ!」

剣は触れる前に弾かれた。

速く、重く、迷いのない一撃。


「確認だよ」

「ふざけないで!」

私は机を叩いた。自分でも驚くほど、強い音だった。

「……本気で怒っているんだな」

彼は剣を収めた。


その動作は、先ほどまでの鋭さが嘘のように、わずかにぎこちない。

「必要だと思った」

「必要でも、やり方があるでしょう!」


言葉が止まらなかった。止める気も、なかった。

沈黙。

やがて彼は、視線を逸らした。


「……悪かった」

それだけだった。言い訳も、反論もない。

「次は、私の許可を取ってからにしてください!」

「わかった」

短い返事。


けれど、その声は、明らかに大人しかった。

「魔力は込められる?」

 私は首を振り、クロエは考え込む。

「じゃあ、満タンにしておこう。寝る前に補充するんだ」


彼は恐ろしい速さで、膨大な魔力を指輪へ流し込んだ。

私は魔術を使えない。けれど、魔力の流れは見える。


……異常だ。

「貴方、何者?」

「分隊長カリオン。それ以上でも以下でもない。指輪はプレゼントだ。嘘はつかない」

信じきれない。本物の守護の指輪。上級冒険者でも欲しがるレアアイテム。


それでも――拒む理由も、今はなかった。

「……わかったわ。いつか必ず払う」

とても、すぐに払える金額ではない。

「俺には不要の物だからね」

「何人で行くつもり?」


「俺とクロエちゃんだけ。他は足手まといだ」

一瞬、言葉に詰まる。

「……わかったわ。私も行く」


そして、この男の化けの皮を――


必ず、自分の目で確かめる。


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