風のラファーガ
使用人とミラーを牢へ収容し、代わりにエルフたちを解放した。
「ご迷惑をかけました。これはポーションです。差し上げますので、お使いください」
「そんなもの、いらないわ。それより、魔術封じの首輪を外して」
「お体に触れます。お許しを」
「いいわ。早くして」
こちらが名乗ったにもかかわらず、エルフたちは不遜な態度を崩さない。
レオナールは額に青筋を浮かべている。
しかし私は、少しも気にしなかった。
彼らの境遇は、もともと私たちの責任でもある。
それに――この態度は、初めて冒険者のエルフと会った時と同じだったからだ。
使用人から取り上げた隠し鍵で、首輪を外していく。
「ああ、解放された」
「ふう……気持ちいい」
首輪が外れた瞬間、彼女たちの周囲に柔らかな風が生まれた。
抑え込まれていた魔力が自然に魔術となり、空気を震わせている。
「保護をさせてもらいたいのですが?」
あくまで、自由意志を尊重する。
押しつければ、拒絶されるだろう。
十人足らずのエルフの視線が、一人の少女に集まった。
どうやら、この小さな集団の長らしい。沈黙が場を支配する。
「そうだ、これはいかがですか?」
私は、冒険者の友人からもらった袋を取り出し、少女に差し出した。
少女は袋を見つめ、中身を確認した瞬間、目を見開いた。
中には、エルフ製の小さな木瓶――薬玉が収められている。
「お前……なんでこんなものを持ってるんだ?」
「こんなもの? 失礼ですね。友達から誕生日にもらったものです。とても効く薬だから持ち歩くようにって。もちろん、エルフの優秀な冒険者からです」
「こんなもの、もらえない」
施しを拒んでいるのだろうか。
恩に着せるつもりはない。ただ、彼女たちの顔色が悪かったから――使ってほしかっただけだ。
「もしかして、美味しくない薬だとか……」
実は、大事にしていたので使ったことはない。
「違う! これは簡単に口にするものではない。それなら、お前のポーションを使わせてもらう」
エルフたちは苛立った顔で私を睨む。
だが、その奥にわずかな戸惑いが混じっているのを見て、私は少しだけ安堵した。
年長の男のエルフが、少女を宥めながら尋ねる。
「ところで、この袋と薬を渡した冒険者――名前は?」
「ラファ、ラファーガよ」
「違うな。では、容姿は?」
「綺麗な翠の髪の男の子よ」
その瞬間、エルフたちの間に衝撃が走った。
「知り合いなんですか? ラファと?」
エルフの社会は狭いらしい。
「ええ、少し」
少女は続けて尋ねた。
「ラファーガさんは、今、王都で冒険者を?」
「ううん、旅に出るって。でも、この村にもそのうち遊びに行くって。あ、でもいつになるかわからないからね」
――風のラファーガ。
彼は、どこにも留まらない自由人だ。
少女は静かに立ち上がった。
「それなら、この村に残りましょう」
少しの知り合いじゃないじゃん!
私は心の中で、思わずツッコミを入れた。
※
エルフたちを連れて、屋敷に戻った。
屋敷の周りでは、獣人の子供たちが遊び、女性たちが洗濯に勤しんでいた。石鹸の匂いと、干した布の揺れる音。穏やかな光景だ。
「お帰りなさい!」
私の顔を見ると挨拶し、後ろのエルフの集団に驚いた表情を見せる。
獣人族とエルフ族、仲良くしてくれるだろうか。私は少し心配しながら扉を開けた。
広間はすでに片付けられていた。獣人の男たちは話し合いの最中だった。
「お帰りなさい、執政官様」
「ただいま」
「これは、森の護り人、エルフの方々。お会いできて光栄です」
心配は杞憂だった。男たちは礼儀正しく丁寧に挨拶した。まるで、敬意を示すかのようだ。
エルフたちも嫌悪感はなさそうだ。
レオナールは彼らに話しかけると獣人の男、数人を連れて屋敷を出ていく。
「お嬢様、それでは、奴らの追跡をします」
「ええ、お願いします」
本来は私の仕事なのに……。平和だとは聞いていたが、執政官の私兵も必要だ、とため息混じりに思う。何より、レオナールに迷惑をかけ続けていることが苦しかった。
エレノアに食事の準備をしてもらう。
「それでね、エレノア、彼女たちの食事なんだけど」
ラファーガは菜食家で偏食だった。冒険者は皆で作って食べるが、彼は肉料理中心だと離れて一人で食べていた。
『一緒に食事していいかな?』
それがきっかけで仲良くなったのだ。だからつい料理のことが気になった。
「なるほど、わかりました」
「これ、彼らの嗜好に合っているか分からないけど」
ラファーガに教えてもらったレシピをエレノアに渡す。
「さすが、お嬢様です。さっそく作りましょう」
「ごめんね、手間をとらせて」
エルフたちは獣人たちと違い、汚れていなかったのでそのまま応接室に入ってもらった。
「執政官様、書類をお持ちしました」
クロエが興味津々の様子でやって来る。台帳を開き、面接を始める。
最初は、この集団の代表者からだ。
「お名前を伺ってもいいですか? 台帳に書くことで、貴女たちがこの領地のお客様となります」
「でも……ミラーと名乗った執政官は私たちを買って、牢獄に閉じ込めたのよ!」
「私を信じられませんか?」
机の上に、彼からもらった袋が置かれている。ちらりと、エルフの少女の視線が向いた。
「いいえ、こんな大切なものを渡された貴女のことを信じます」
少女はセレディナと名乗った。エルフたちは皆、彼女の一族のようだ。
「それで、彼とは恋人なの? それとも家族?」
「お兄ちゃんです」
だが、彼女の白い頬が紅く染まる。
「わかりました。恋人のようなお兄様なんですね」
下を向いたその表情を見て、私は揶揄うのはこれくらいにしておいた。
全員の面接を終えた頃、見計らったようにエレノアが呼びに来た。
「食事ができました。食堂に移動をお願いします」
果たして、喜んでくれるだろうか?
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