ミラー邸の秘密
獣人族たちと朝食を済ませると、私はレオナールと共にミラーの屋敷を訪ねることになった。
「食事を済ませてからです」
エレノアの要望を断ることはできなかったので、どうしても時間がかかってしまった。
だが、彼女のいう通りだ。もし私が食事をせず出掛けてしまったら、獣人族たちも食事をとりづらい。遠慮してしまうだろう。
彼らをここで保護すると決めたのは私だ。――ならば、その生活の細部まで気を配る責任がある。少し反省する。
「少し出掛けます。戻ったら、全員と面接します」
クロエを屋敷に残し、エレノアと彼らの事情をそれとなく調べてもらう。メイドなのだから家のことが優先なのだ。
「気をつけて、いってらっしゃい」
エレノアとクロエと獣人族に見送られた。こんなふうに見送られるのは慣れていなくて恥ずかしいが、それ以上に――胸の奥が、くすぐったいほど嬉しかった。
私が馬車に戻ってくるのを待っていたレオナールは、私に深く頭を下げると客車の扉を開けた。ミラーは気を失い、後ろの荷車に縛られて横になっていた。まるで本当に荷物のように、無造作に。
「レオナール、気にすることはないわ。よくあることよ」
私は御者席にいる彼の隣に飛び乗ろうとした。いつもそうしてきたように。彼はすかさず手を取り、私を助手席に座らせた。
「いえ。尋問の結果をお伝えするのも恥ずかしいです」
……本来なら、私が断罪する場面だったはずなのに。
ほんのわずか、そんな考えが胸をよぎる。だがすぐに打ち消した。これは遊びではない。
「わかってるわ。当ててみましょうか?」
答え合わせで、私が試される立場になる……自分を追い込む性格に、少し嫌気がした。
「お願いします」
家宰は、やっと少し笑って答えながら馬車を走らせた。
顔に触れる朝の風が心地よい。張り詰めていた思考が、わずかにほどける。
「そうね、まず人口を過小報告していた。次に、^_^調査を拒否して地図も作らせなかった。家屋の数で不正がばれるからね。それと、整備すると言った道が出来ていないとまずいものね。あと、執政官家屋の維持費もかな……これら、入る税金や支出を誤魔化し、大金を自分の懐に入れていた」
「それだけでしょうか?」
「奴隷商人との結びつきね。この領に逃げてきた奴隷を突き出していた。あれ? 間違ってた?」
私は自信満々に答えたのに、レオナールは微笑んだままだ。その穏やかな表情が、逆に不安を誘う。
子供の時、彼は容赦なく私に難問をぶつけた。前世で経理や実務経験のある私は、その難問が嬉しくて、つい答えていた。
そのやりとりの中で、たまに――私が間違う時にする顔だ。今まさに、その顔をしている。
何か見落としている。
この土地、ワールドエンドの人たち。仕事が出来ているのに、あまり裕福に見えない。どこか、意図的に抑えつけられているような、不自然な貧しさがあった。
「もしかして、税率が高い?」
「それは最初に疑うところですね。他にもありますよ。答えはミラーの屋敷です」
レオナールは屋敷の裏手に馬車を隠した。そして厩舎に行くと、馬を解き放った。
ミラーの屋敷をあらためて見る。
私は初めて来た時の違和感を思い出した。豪華な内装と召使いの数で、横領のことばかりに気を取られていた。だが、それだけではなかったはずだ。
――過剰な外壁。
――無駄に高い位置の窓。
――内側に向いた構造。
「ここも、砦だ。獣人族の監獄と同じだ。つまり……」
「御名答です」
レオナールは笑うと、ミラーを肩に担ぎ歩き出し、大声で叫んだ。
「お前たちの首領は、ここだ。武器を捨てろ!」
一人の警備が、その声を無視して彼に弓矢を放つ。躊躇はなかった。
だが――
放たれた矢は、空中で何かに触れたかのようにわずかに軌道を歪め、そのまま力を失って地面へと落ちた。
威力が無いので届かないのではない。警備は高いところから強弓を使っている弓使いだ。腕に自信があるのだろう。それでも届かない。
空気が、そこだけ異質に“密”になっている。見えない壁――いや、制御された風そのもの。
何気ない、見えない風魔術。だが、とても技術的に高度だ。空気そのものを操っている。
「レオナールが、魔術を使えるなんて知らなかった」
「はて、小さい時に何度もお見せしましたが……それに、こんなことは誇ることではありませんし」
弓使いはさらに矢を射かけたが、同じように地に落ちるのを見ると逃げだした。勝てないと悟ったのだ。
私はずっと手品だと思っていたんだ。恥ずかしい。こんなにすごい魔剣士を、ただの執事の延長のように思っていたなんて。
警備の男は、我先に厩舎の方へ走り出した。馬のいない厩舎に。
「逃げられてしまうわ」
私は慌てて、大声を出した。
「あとで狩りをしますので、ご安心を!」
しまった。これでは始末しろってことになっちゃう。そんなつもりじゃないのに。
憂鬱そうな私に、レオナールは静かに言った。
「領地の安全を捨てますか?」
「……いえ、それは出来ません」
その一言で、胸の中の迷いが切り捨てられる。
私は自分の浅はかな考えを恥じた。
彼は、ミラーの屋敷の扉を叩く。重い音が響いた。
「ミラー様をお連れしました。開けてください」
屋敷にいた使用人達は、床に投げられた男の姿を見て驚いた。顔色が一斉に変わる。
「大丈夫ですか? ミラー様」
「お前は……」
「ウルフェンハルト侯爵の家宰レオナールだ。こちらは、執政官にして侯爵令嬢のシズカ様だ。降参するか、抵抗するか。どちらでも構わないが?」
「警備は、全員逃げ出したわ。だから抵抗しないで、協力しなさい! さもないと……」
私も、きつい口調で話す。自分でも驚くほど冷たい声だった。
レオナールは、カリオンのように峰打ちなんてしない。甘くないのだ。本当に必要なら、容赦しない。
ミラーの屋敷には、獣人ではなく、エルフ族が捕らえられていた。鉄格子の向こうで、静かにこちらを見ている。
――その視線が、私を捉えたまま離れない。
そう言えば、魔物討伐に集まった冒険者の中に、ひときわ目を引く存在がいた。
希少種のエルフだ。
エルフは誇り高い種族で、人族とつるむのはあまり好きじゃない――はずなのだが。
なぜか、彼は他の誰でもなく、私にだけ話しかけてきた。
あの時も、こんなふうに――まっすぐに。
さて、今回はどうだろう。
胸の奥に、わずかな不安と、確かな予感が芽生えていた。
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