犬は主人を忘れない
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がたん、ごとん。
乗り心地の悪い乗合馬車を乗り継いで一週間、私は王都から辺境へと一人向かっている。
「終着駅に到着です」
御者の声と、停止する馬車から次々と人が降り立つ。旅の行商人、旅行帰りの親子。研究者風の若者。
「うががぁ!」
私は、地面に足を着けると、その場で思いっきり背伸びをした。
「ここから先は、便が無いのです」
乗合馬車の駅舎の職員は申し訳無さそうに言った。
「それなら、仕方ないわね。歩いて行こうかしら」
私の荷物は、鞄一つだけ。麦わら帽子をかぶり直す。
「ワールドエンド村迄は一本道だけど、今から行くと峠で夜になる。今日はこの街に泊まって、明日、早朝から移動した方が安心だ」
「そうします」
私の住むことになった辺境の地へと至る最後の町 ルーナ。小さな湖の周りにある町。
私は、旅行者の泊まる一般的な静かで良さげな宿を見つけた。
「お嬢さん、夕飯はどうする?」
「お願いします」
宿主の声に適当に返事をして、散策へと繰り出した。
この町は、王国の飛地の直轄領で、王族の避暑地だ。僅かにある大通りの店には、王国旗が風にそよいでいる。
※
「お前は追放だ!」王国四大侯爵筆頭である父 ウルフェンハルト侯爵が大声を出した。
よくある異世界物語の台詞に、私は笑いそうになるのを我慢した。
だって、顔を真っ赤にして首筋の血管が浮き出し、怒りで声も手も震えていたからだ。
「冤罪だ!」と言ったところで、事態が良くなるとは思えなかった。父は老練な政治家であり感情を表に出すことは恥ずかしいことだと考える男だ。
つまり、今は感情に支配されている。
こうなることを仕掛けたのは、私の姉アカリだ。彼女も私も異世界転生組だ。そして、転生前の世界でも私の姉明里だった。
「まさかね。こんなことってあるんだ!」
このことが明らかになって、彼女が微笑んだ時、私は絶望した。そして、数日部屋に籠った。
前世での彼女は、私を利用し全てを奪っていった。両親の愛情、友人、お金、そして優しかった恋人まで。
結局、姉は自殺した。だが彼女の告白によると殺されたようだ。
「芸能界って怖いところよ!」
だが、残された投資の失敗や借金を肩代わりさせられ、死ぬまで払い続けたのは私静華だ。
「きっと私が死んで両親は悲しんだんでしょうね? 静華は?」
私は、病気になった両親の世話を最後までし看取った。だが、彼らは「明里が不憫だ」と言って死んでいった。私に一言の感謝も無く。
「私の方が長く生きたからね」
田舎の中小企業の工場に就職し、経理に、物流、営業までやった。取引先には可愛がられたが、工場の社長が代替わりすると疎まれ、社員にはお局と言われて怖がられた。いつ辞めるかだけを考えていた。
「ふん、でも結婚も出来なかったんでしょ!」
「別にいいの」
誰のせいで、そうなったと思ってるんだ。私の大切な恋人を奪っておいて、ぼろぼろにして捨てたくせに。
「俺に近づくな!」
彼は私から離れ、私は恋愛恐怖症になった。
アカリの言葉は、ナイフのように私を傷つけ、それを彼女は楽しんでいる。だから、決して弱みを見せない。さらにいたぶってくるのを知っているから。
最後、私は、借家に、拾った犬と住んでいた。犬の名は「クロ」
衰弱した犬は、私と住んで元気になった。私に、前世で思い残したことがあるとしたら、あの子のことだ。
※
湖面は、風で波が出来ていた。私は、記憶を思い出しながら小さな湖を一周していた。私にはモノクロームの景色でしかない。鏡映る私の姿は、長い黒髪と貧相な長身、陰気な面長の顔立ちだ。まるで、前世と変わらない容姿。
「でも、運命の糸、腐れ縁にも困ったものね」
私は、宿に着くと、美味しい地元の食事を取って、早く寝た。精神を保つには寝ることだ。
翌日、私は、登山家の格好でワールドエンド村に向けて歩き出した。前日には、町で食料や雑貨を山ほど買い込んで、大きなリュックを背負っている。
「馬を買わないのかい?」
「ええ、今は」
少なくないお金を持ってはいるが、この町の馬は高級で貧乏性の抜けない私は買わなかった。お金だって、送別で貰ったのではない。私が小さい時から使わずに少しずつ貯めていたのだ。
この世界で生きるために大切なのは、ポーション類と魔物から身を守る武器だ。
「ここらは、治安がとても良い。きっと王国一だ。だけど気をつけてな!」
「はい。ありがとうございます!」
私は、歩く。ひたすら歩く。私の中を魔力が渦巻いているのがわかるが使えない。
「異世界に来れたのに。魔術さえ使えないんだから」
ウルフェンハルト侯爵家の落ちこぼれとして生きる私としては気が楽だ。
思ったよりも早く、峠まで着いた、あと半分だ。
ちょうどお昼だ。私は、用意してもらった宿の弁当を開けた。
がさり、がさり。森の中を駆けて何者かが近づいてくる。
私は身構えて立ち上がった。そして、腰にさしている見せかけの剣を抜いた。
「殺されたくなくば、近づくな!」
だが、私の声を聞いてさらに速度を上げているように感じた。私の警告は、意味をなさない。
「まずい!」
早い。いつの間にか、私の背に敵が回り込んでいる。
「何が目的だ?」
「そこにある弁当を半分頂戴!」
弱々しい女の子の声だ。
「え? 全部あげるわよ。どうしたの?」
私が振り向くと、そこには傷だらけの獣人族の子供の姿があった。黒い体毛のある小さな少女。
「奴隷商人から逃げてきた」
私が剣を持っているのに、気にせず近づいてくる。私の匂いをくんくんと嗅いでいる。
そんなに臭いかしら。朝もシャワーを浴びたのだけど。
「座って食べれば……」
「うん。ありがとう!」
彼女は、私に体をくっつけて尻尾を振っている。その仕草は、『クロ』のようだ。
「ご両親は?」
「みんな戦争で死んだ」
「そっか、大変だったね」
「生きていて辛かった。でも、生きていて良かった。今日はとても良い日。だって、ついに主に会えた!」
彼女は私に抱きついた。いや、そんなに簡単に主人なんて……。
その瞬間、私の中に衝撃が走り、確信めいた答えを口にした。
「え、え、え。もしかして……クロなの?」
「そうだよ、静華! 忘れちゃった? 匂いと声でわかった! 今はクロエね」
「そう、クロエって言うのね」
枯れているはずの両目から涙が流れ、犬人族の少女を力一杯抱きしめた。
私にとっても、良い日になった。モノクロームの世界に色彩がつき始めた。
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