第3話 その斧、主婦には重すぎます!
旦那の寿命がどうこうっていう爆弾発言を受けて、私はすっかり気持ちがぐらついていた。いや、そりゃそうでしょ。家庭の夕飯メニューと旦那の命を天秤にかけられたら、どんな主婦だって動揺するに決まってる。
でもね。だからって「世界を救え」っていうのは話が飛躍しすぎ。もう少し現実的な条件提示をしてもらえませんかね。
「……で、ルミナ。その“使命”って結局なにをすればいいわけ?」
恐る恐る訊ねると、ルミナの目がぱぁっと輝いた。
「待ってましたぁぁぁっ!」
こっちがドン引きするぐらいのテンションで、ルミナは空中でくるりと宙返りした。なんでそんな嬉しそうなんだ。私の質問、そんなに待望だったの?
「ではお見せしましょう! サナ様が救世の僧侶として世界を救う、その象徴となる武器――」
ルミナが手をかざした途端、空気が振動した。光が集まり、眩しさに思わず目を細める。
そして、ドガァン! と大地を揺るがす衝撃音とともに、目の前に巨大な影が現れた。
……なんか出てきた。いや“なんか”とか言ってる場合じゃない。
そこに突き刺さっていたのは――バトルアックス。
バトルアックス。
バトルアックス!!
どう見ても戦場の狂戦士とかが「ウオオオオッ!」って叫びながら振り回すアレだ。柄の長さは私の身長よりも長く、刃はまるで建築資材。いや、むしろこれで家の柱ごと両断できそう。ていうかもはや凶器を通り越して土木作業用重機。
「はぁぁぁぁ!? なにこれぇぇぇ!?」
私の悲鳴が草原にこだまする。
「これこそが、サナ様に選ばれし神器《グラン=セレスティア・アックス》!」
ルミナが誇らしげに胸を張る。胸っていうか胸元の光がキラキラしてる。
「神器……?」
「はい! 神々が大陸を見捨てる前に残された聖なる武器のひとつ。選ばれた者しか持つことができない究極の力です!」
「いやいやいや、選ばれたってどういう基準!? 私は僧侶! 僧侶ってほら、杖とかロッドとか、せいぜい鈴とか持つんじゃないの!? なんでこんな山賊装備みたいなの出てくるの!?」
「僧侶は普通そうです! でもサナ様は筋力に全振りされてますから!」
「だからそれは間違いだったって言ってるでしょぉぉぉ!!」
まさかの筋力特化がこんな形で牙をむくなんて聞いてない。いや、むいてるのは斧の刃か。やかましいわ。
私はしばらく斧を見上げていた。
……無理。どう考えても無理。これ、人間が持てる大きさじゃない。絶対に腰をいわす。整形外科送りどころか、初手で救急車案件。
「ルミナ、どう見ても無理だから。はい、終了。帰宅希望」
「いえいえ、サナ様なら持てます! ほら、試しに!」
「試さなくてもわかるから! だってこのサイズよ!? 私、日常生活で持つ重い物っていったら米袋5キロよ!? しかもそれだって『あぁ腰にくるわ〜』って呻きながら運んでるんだから!」
断固拒否の姿勢を示す私。だがルミナはにっこりと無邪気に笑う。
「大丈夫ですって! 神器は選ばれし者が触れれば、その者にふさわしい重さに調整されますから!」
「……はぁ? そんな便利な仕様あるなら、もっとこう……私に似合う可愛らしい武器とか出してよ!」
「ありません!」
即答だった。いや、もう少し考えてもよくない?
私は大きくため息をついた。
仕方がない。どうせ「選ばれた者しか持てません」とか言われてるし、触れた瞬間に弾かれて「やっぱりダメでした〜」ってなる未来が見えてる。そうなれば「あ、やっぱり私には無理でしたね! じゃ帰りますね!」で押し切れるはず。
だから、これは確認作業。そう、ただの確認。ちょっと触るだけ。持ち上げるつもりなんてない。
私は恐る恐る両手を斧の柄にかけた。冷たく、ずっしりとした感触が手のひらに伝わる。
――そこで、違和感。
重い。けれど、想像していたような絶望的な重さじゃない。
むしろ……持てる。
「……えっ」
試しに力を込めると、地面に突き刺さっていたはずの斧が、ぐぐっと浮き上がった。
信じられない光景に口が開いたまま閉じられない。
「ほ、ほら見てくださいっ! やっぱりサナ様は選ばれし者なんですっ!」
ルミナが感極まった声をあげる。
いやいやいや、ちょっと待って。
本当に持てちゃってるんですけど!?
私、主婦よ!? 筋トレなんてしてないし、鍋の持ち手すら「ちょっと重いな〜」って言ってる生活よ!? なのに、どうして――
両手で軽々と掲げられているバトルアックスを見上げながら、私は頭を抱えた。
「……私、これからどうなるの……?」
草原に乾いた風が吹いた。




