苗字が無いやつって大抵不思議キャラ
―――大都市ホロブライト大空町風間通りにある『白守探偵事務所』。
そこでは常日頃から多くの人々の依頼を引き受け、解決する為に奔走する三人組がいる。
「終一、これどこに片付ければいいんだっけ?」
「ああ?って、なんだその不思議な液体は・・・」
「『スライム化スイッチ』だって」
「スイッチ要素はどこだ!?」
所長の終一が所長席でふんぞり返っていても、この穹という従業員の天然さは変わらずだった。いや、ただ単純にふざけているだけである。
「ってかなんでそんなもんがここにあるんだよ・・・」
「ゴミ箱漁ってたら見つけた」
「今すぐ捨ててこいそんなばっちぃものォ!?」
液体の入っていた瓶は窓の外に投げ捨てられた。
「ったく、いつもいつも、なんでそう不思議なもん拾ってくんだオメェはよ」
「何か掘り出し物とかあるかもしれないじゃん」
「入ってんのはテメェがテメェのテメェを拭きとったティッシュペーパーぐらいだよ」
「なにそれ?」
下ネタ全開の会話の中、ふと穹はここにはいないもう一人の従業員の姿を探す。
「そういえば今日はなゆは?」
「下の手伝い」
「ああ、姫香の所か」
「もうそろそろ昼だし、昼飯食いに顔を出すか」
白守探偵事務所のあるビルの一階には大空町ではかなり有名な喫茶店がある。
その名を『Stellα』。
このビルのオーナーが経営する店である。
「いらっしゃいませ!あ、終一に穹」
入口を開けて中に入れば、終一たちを出迎えたのはウェイター姿のなゆただった。
喫茶店らしく、黒灰色のシャツと鴉羽色のスカートの上にシンプルなエプロンを着たなゆたはその純真さを一身に振りまき、他の客を魅了している。尚、無意識である。
「相っ変わらずあざとく接客してんなお前」
「うちそんなにあざとくないよ」
「うん、どちらかっていうと可愛い系だもんね、なゆは」
「もう、穹ったら・・・」
「でも可愛いのは俺の方」
「うちの感動を返して!」
えっへんと胸を張る穹に、拳を振り上げるなゆた。仲の良い事である。
「はいはいやってろやってろ」
げんなりした終一は、さっさとカウンター席の方へ向かう。そこに、一人の赤髪の美女がいた。
「あら、終一、今日は仕事は良いのかしら?」
波打った長い赤髪、女性として完璧に近いプロポーション、露出の高いドレスの上にコートを羽織った格好を以て、誰もが彼女を『貴婦人』と形容するだろう。
その高貴さと妖艶さを両立するその店主は、この喫茶店が人気の理由の一つでもある。
彼女の名は『空条姫香』。なゆたの保護者にして、白守探偵事務所のあるビルのオーナーでもある。
「来ねえんだから仕方ねえだろ」
「今月の家賃は払えるのかしら?」
「そこはエレーナに免じて・・・」
「そうなったらうちで引き取るから安心して」
「え、俺は?それだと俺はどうなるの?」
にっこりとした笑顔はどこか凍えるようだった。
それはともかく、
「姫香、俺オムライス!」
「はいはい、少し待っててね」
「あの、姫香さん?俺は一体どうなるの?どうなるんですか!?おーい!?」
「それで終一の注文は?」
「あ、日替わりランチで」
と言う訳で昼食を作り始める姫香。
そこで内設されているテレビにから聞こえてくるニュースが耳に入り込む。
『昨夜から発生した異外人による立て籠もり事件に対して警察は『GUARD』の出動を決定し、つい先ほど、制圧したとのことです』
「今回は警察かぁ」
「対異外特別行動部の方じゃなかったみたいだね」
「大分規模も小さかったみたいだからな。まあ当然だろ」
この都市には二つの治安維持組織が存在する。
一つは警察。言わずもがな、公共の安全と秩序を守る世間一般の味方。その中でおいて『GUARD』とは、警察の中で暴力などの危険の伴う事件を専門に対応する部署であり、当然、そこに属する者は全員が警察の中における実力者が揃っている。
その一方で対異外特別行動部は、異外人関係の事件を専門に扱う超武闘派の組織。政府公認の武装組織であり、警察では迂闊に踏み込めない闇の深い事件を手掛けるスペシャリスト。
そのような二つの組織が両立する事で、このホロブライトという都市の治安は保たれている。
「はい、オムライスと日替わりランチ。どうぞ召し上がれ」
「「いただきまァす!!!」」
勢いの良い叫びと共に、二人は出された料理にがっついた。
そうして料理が無くなるころ。
「エレーナちゃんは最近どう?」
ふと、姫香が終一にそう尋ねた。
「あん?」
「もう一年でしょう。あの子が来てから」
「ああ・・・」
終一が肘をテーブルにつけて頬杖をついた。
「元気なもんだよ。空元気を疑うくらい」
「学校で何かあったりとか?」
「そういやこの間いじめっ子殴り飛ばしたとか言ってたな」
「へえ・・・」
聞き流す姫香。
「「「え?」」」
反応する三人。
「あいつ、調査用のレコーダー持ち出して証拠きっちり確保してたみたいでな。ついでに学校の端末でネットに上げて、親御さんも先生も言い逃れ出来ねえようにしやがった。誰に似たんだァあいつ」
「「「いやアンタだろ!?」」」
そう言って、窓の外を眺めて、終一は呆然と呟く。
「これのせいで孤立してねえといいんだけど・・・」
そんな言葉に、穹となゆたは唖然として、姫香は安心したように笑みを零す。
「良かった」
「あ?何がだよ」
「ちゃんと、父親らしくなってて」
「・・・・」
その言葉に、終一はおもむろに視線を逸らした。
「別にそんなんじゃねえよ」
そして、用意されたコーヒーを一口飲んだ。
「ぶぅぅううぅううううううううう!!??」
吐いた。
「あら」
「げほっえっほ!?テメッ、変わんねえじゃねえかっ!?えっほ!?ごほっ!?」
「うーん、今度こそいけると思ったのだけれど・・・」
「クソッ、最初の頃よりなんとか飲める程度になったとはいえ、相変わらずなんだこのブラックを通り越した暗黒物質は!?」
「うん、なんか変な煙みたいの出てるし」
「何をどうしたらこんな事になるの姫香?」
「う・・・これでも頑張ってるのよ?」
「どっかの眼鏡の暗黒物質製造機よりはマシだが・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で姫香のコーヒーを飲む終一。そうしていると、ふと店の扉が再び開いた。
「あ、いらっしゃいませ!お好きな席へ・・・」
「あの・・・」
入ってきたのは、一人の少女だった。
「今、探偵がこちらにいると書置きがあったので来たのですけど」
「何ィ!?」
何故か終一のオーバーリアクションが出た。
閑話休題。場面は変わって白守探偵事務所へ。
「おい」
依頼を聞いた終一がぶち込んだ最初の一言がこれだった。
「うちは探偵であって何でも屋じゃねえんだぞ」
「ですがここはその気になれば取り立ての真似事もすると聞いていますが」
「あ、それはほんと―――」
「黙ってろォ!!!」
「ぐべほぉ!?」
穹がぶん殴られて部屋の片隅へ落ちる。
「ああ・・・」
「警察に当たれ警察に。うちはそういうのはうりにしてない」
「警察ではいつ解決してくれるか分かりません。貴方がたの実力を見込んでの依頼です」
依頼の内容は、なんでも彼女の務めるバイト先のある建物の裏路地に、通り魔が現れるようになったという話だ。今の所被害は出ていないが、既に何件か襲われているという。
その解決を、白守探偵事務所に依頼してきたという事になる。
「終一、本当に困ってる様子だし、受けてあげたら?それに今月の生活費大丈夫なの?」
「・・・・・」
終一の視線は真っ直ぐに依頼人の女性を見ていた。
少女は怪訝そうな顔を浮かべた。
しばらくそのままの状態が続いて、やがて終一が観念するようにため息を吐いた。
「分かった。受けよう」
「ありがとうございます」
お礼を言う少女。しかし終一は応じることなく立ち上がる。
「お前ら、先に行ってろ」
「え?終一は?」
「ちと準備してから行く。この二人、案内してやってくれ」
そう言って、終一はさっさと事務所から出ていく。
残された穹となゆた、そして依頼人の少女―――。
「・・・行く?」
「・・・はい」
件の路地裏への道のりにて。
「終一、突然どうしたんだろ?」
「さあ。何か考えてたっぽいけど、まあ大丈夫でしょ」
「あんたは相変わらず能天気だよね」
穹はどこまでいってもマイペースであり、なゆたはそれに呆れる他なかった。
「こちらです」
そうして歩いていると、依頼人の少女が一つの路地裏を指差した。
「ここなの?」
「ええ。ここに通り魔が出ます」
「よし、じゃあ行こう」
穹がさっさと入っていく。
「え!?待って、終一は!?」
「先に行って調査しよう。その方が終一も楽だし、たまには俺たちだって上手くやれるんだって証明しないと」
「もう、勝手な事しないでよぉ」
すったすっさぱっさと歩いていく穹を、慌てて追いかけていくなゆた。
そうして入り込んだ路地裏は、丁度日が傾いてきた為か、影で薄暗くとても気味が悪かった。
「意外に広いな」
「ここで襲われるってなると、確かに逃げ切りやすそうだよね」
そうして路地を進んでみると、
「あれ?」
「ん?どうしたの、穹」
「・・・行き止まり」
穹が指差す先、そこにあるのは、路地裏の行き止まり。
これでは、通り魔はおろか、通行人すら来ることなどあり得ない。
「―――ロットナンバー『07』」
ひゅ、となゆたの喉が鳴った。
同時に、穹がなゆたを庇うように、依頼人の少女との間に立つ。
「・・・お前、まさかあの『組織』の―――!」
「それを知る必要はありません」
改めて、その少女の容姿を語ろう。
金の髪、額が伸びる長いねじれのある角、腰から伸びる馬の尻尾、しなりのある足腰―――異外人種『馬人』であることは間違いなく、その角から見ても、『一角獣』の特徴を持っている事は確実である。
本来であれば、こんな人混みの多い場所にいる筈の存在ではない。
穹がバットを構える。
「残念ですが、ここで消させてもらう」
少女が構え、足を踏みしめる。アスファルトを踏み砕く脚力をもって、穹との距離を一気に詰める。
「くっ!?」
バットを構えて最初の一撃―――拳を防ぐも、そのまま二撃、三撃目と続く重い攻撃がバットを通して穹の腕に伝わる。
(おっも!?ってか、なんで馬人なのに拳使ってんの!?)
幾度となく拳が穹に襲い掛かる。
「こんっの!」
しかしやられてばかりではない。なんとか蹴りを繰り出して距離を取った所で、穹がバットを振りかぶって、その顔面目掛けて振り抜く。だが、少女はあっさりとしゃがんでその一発を躱す。
(やべっ)
瞬間、地面が踏み砕かれ、鋭い蹴りが穹の顔面に向かって振り上げられる。辛うじて顔面の直撃を避けるが、代わりに肩に引っ掛かった。しかし、掠めただけで穹は後ろへ吹っ飛んだ。
「ぐああ!?」
「穹!?」
吹っ飛んだ穹はそのままなゆたの後ろへと吹っ飛んでいく。
「次はあなたよ」
「くっ!?」
続けて少女はなゆたへと狙いを定める。しかし、なゆたは寸前で氷の壁を作って少女を阻む。
「なるほど、これが07の力」
氷が砕ける。そこから出てきななゆたの手には、大弓が握られていた。
「・・・震えているわね」
握る手は、微かに触れており、指摘されると心の内の恐怖心が見抜かれたような気分になる。
それでもなゆたは弓矢を握り締めて構える。
「あんたがどこのどいつか知らないけど、穹を傷つけるなら許さない!」
弦を引き絞る。対して少女も地面を蹴ってなゆたとの距離を詰める。
(弓であれば最初の一射を躱せば―――)
放たれる氷の矢。その直後―――いきなり周囲にへんてこな形の氷が無数に出現した。
「な!?」
いわば、氷のぬいぐるみ―――の岩石散弾が少女に降り注ぎ、凄まじい轟音を立てて、路地裏に炸裂する。
氷は、放たれた矢の勢いと共に叩きつけられたので、これを喰らった少女は一たまりもないだろう。
「あたた・・・なゆ、大丈夫か?」
「うん、うちは大丈夫・・・穹こそ大丈夫?」
「ふん、馬の前蹴りなんてあってないようなものだよ」
「いや前でも結構痛いと思うよ?」
ふと気付くと、路地裏の出入口が砕けた氷の山が出来上がっていた。
「あ・・・」
「あちゃあ、これじゃあ出られないな」
「ごめん、つい本気でやり過ぎた・・・」
「まあ仕方ない。別の方法で―――」
次の瞬間、氷の山が砕け散った。吹き荒れた突風に思わず身動きを封じられた二人は、突然の事に驚きを隠せなかった。
「なに!?」
「これは―――」
吹き荒れる風の中、穹の視界に何か黒いものが見えた。
「なゆ!」
穹がなゆたに向かって抱き着き、飛んできた何かを背中から受け止める。
「がは!?」
「穹!?」
そのまま吹っ飛んでアスファルトの上を転がる。
「ふむ、確実に仕留めたと思ったが、まさか庇われるとは」
風が吹き止む。
「げほっげほっ・・・お前・・・!?」
そこにいたのは、長身の男。まるで宣教師のような恰好をしており、その体の大きさから、それだけで威圧感を感じる。
「申し訳ありません、ベータさん・・・」
「あの男がいる以上、油断はするなと言っていた筈だデルタ」
ばさり、と衣服を払うベータと呼ばれた男。その視線が、倒れる穹となゆたに向けられる。
「っ・・・!?」
「ひっ・・・」
ぞわり、とした悪寒が全身を駆け巡った。
「無駄な抵抗はやめろ」
ベータが、二人にそう声をかける。
「こちらの要求さえ呑んでくれれば、特に危害を加えるつもりはない」
「危害?もう殴られてんだけど?」
「ああ、それが目的だからな」
警戒しながら起き上がる穹となゆたに向かって、ベータが指差す。
「我々の目的はロットナンバー『07』コードネーム『イータ』・・・」
「っ!」
「―――ではない」
その指先は、穹を指差していた。
「―――デミウルゴス、お前だ」
「!?」
その言葉に、穹は思わず目を見開く。
「お前・・・俺の事を知っているのか!?」
「穹・・・」
穹は、ベータに食って掛かった。
「何?」
「教えてくれ、俺は、一体誰なんだ!?」
その言葉に、ベータもデルタも眉を顰める。
しかし、やがて得心がいった様子で表情を戻す。
「なるほど、記憶喪失というのは本当か」
「頼む。俺は一体・・・」
「ならば我々と共に来い」
ベータの言葉に、穹の言葉が詰まる。ベータの表情に揺らぎはなく、ただひたすらに淡々とした様子で穹を見つめていた。
「そうすれば、お前の全てを教えてやろう」
「くっ・・・」
揺れる穹。しかし、そんな穹の手を、なゆたが握る。
「行っちゃだめっ」
縋るような目と声で、なゆたは穹を引き留める。
「なゆ・・・」
「07、お前は必要ない」
ベータの隣で、デルタが戦闘態勢に入る。
「お前には、抹殺命令が出ている」
「っ!?」
瞬間、穹がバットを構えて戦闘態勢になる。
「ベータさん、余計な言葉です」
「む・・・」
デルタに指摘されて、ベータは面倒くさそうに頭を掻く。
「なら、仕方がない、無理矢理連れて行こう」
こきり、とベータの首が鳴る。
「なゆ、俺の後ろに!」
「うちも戦うにきまってるでしょ!」
だが、どうにも戦況が悪い。
相手はおそらくこちらより格上。まともに戦えば勝ち目がないだろう。
更に相手の手の内が分からない上にこちらの事を調べられている。
この状況を打開できる手があるとするならば―――
「なゆ」
「なに?」
「・・・頼める?」
穹がなゆたに視線を向ける。その視線に、なゆたは嬉しそうに、少し笑みを浮かべた。
「いいよ」
そのやり取りを見たデルタが、地面を蹴る。
「みすみす何かをさせるとでも―――!」
「「っ!?」」
地面が踏み砕かれる。その勢いのまま、デルタが穹となゆたに襲い掛かる。
「はいちょっとタンマ」
ズドガァァァン!!!
背後に立っていた終一の木刀が、ベータを壁に叩きつけた。
それによってデルタが急制動。
「っ!?ベータさん!?」
「ったく、予想通り過ぎてあくびも出ねえよ」
「「終一!」」
穹となゆたが嬉しそうに終一の名を呼ぶ。終一は面倒くさそうな表情のまま鼻をほじっていた。
「よーお前ら無事かー」
「鼻ほじりながら言わないでよ!?」
「俺となゆもなんとか無事だよ」
「ならよし。んで、やっぱあそこの実験体だったかガキ」
「・・・」
終一を警戒するように構えを取るデルタ。
「本来、一角馬ってのは穢れを嫌う存在だ。だから右見ても左見ても人だらけのこんな所に来るなんてことはありえねえ。基本的に森だとかの人気のねえ場所を好む。それなのにさも平然とした顔でいるてめぇの様子はそのまま不自然なんだよ」
「分かっていながら、わざと泳がせたと・・・流石は『黒狐』・・・いえ」
デルタが、終一をじっと見つめ、彼をこう呼んだ。
「『グリムリーパー』」
「・・・・」
終一は担いでいた木刀を下ろした。
「二度に亘って起こった人と異外との戦争・・・『人異戦争』。十年前、その第二次において、『黒狐』の異名で数多くの異外人を屠ってきた剣士・・・それが貴方でしょう、白守終一」
「悪いが捨てた名だ。そういうそっちは、その人異戦争で生まれた下らねえ実験のうちの一つだろ。第二・・・いや、第三世代か」
「それを言う必要はありません」
デルタが構えを取る。しかし、どうにも攻めあぐねるかのように終一との距離を取っていた。
「なあ、とりあえずさっさと引いてくんねえ?こっちとしてはあまり面倒ごとは避けたいわけ。なゆたに関しては、別にお前らに危害くわえるとかそんなんじゃないわけだし、処分だとか勘弁してくんない?穹に至ってもうちの大事な従業員な訳だし・・・」
その時、何かに気付いた終一がその場から飛び退いた。同時に、彼の立っていた地面が砕ける。
「おいおいおい、超能力にしちゃあパワーありすぎるんじゃねえか?」
砕けた壁から、吹っ飛ばしたはずのベータが現れる。その体に、殴られた時の痣や傷が無い。
「一体どこのお子さんだよテメェはよぉ」
「白守終一、貴様は我々の計画において最大の障害だ。ここで消してやろう」
「おーい俺の質問に答えてくんなーい?」
「答える訳ないよこんな状況で!」
ベータが攻撃を仕掛けようと、何かの力を発動しようとする。対して終一も木刀を握り締めて対抗するように備える。
穹もなゆたも、それぞれの武器を、デルタもまた拳を握り締めて戦闘態勢に入る。
「全員、そこを動くな」
だが、そうなる前に、凛として声がその場に響いた。
「『GUARD』です。武器を捨てて両手を挙げなさい」
路地裏の出入口に立つのは、拳銃を構えた一人の女性。青いその制服は、戦闘を想定した装備を取り付けており、実用性を感じさせた。
元々あるのか赤いメッシュがよく目立つ長い黒髪を後ろで結い、同じ赤い目をもって彼らを睨みつける。この場において、完全な部外者ではあるが、非常事態に踏み込むことの出来る存在である事は、その背の『GUARD』の文字から言えるだろう。
「警察・・・」
「ここに来る前に連絡していたか」
ベータとデルタがGUARDの女を睨みつける。
「存外早かったな」
「あんな話を聞いた後でじっとしてろと言う方が無理です」
一方の終一はまるで知り合いとでもいうような雰囲気でそのGUARDの女に声をかける。
「それで」
赤メッシュの女の視線が再び、ベータたちの方を向く。
「彼らが貴方の言っていた方たちですね」
「ああ、現在進行形でうちの従業員に危害加えようとしてるやつらだ。なゆたに至っては殺害予告まで出されてる」
「なるほど」
それを聞いた赤メッシュの女は、銃口をためらいもなく敵二人に向けた。
「詳しく事情を聴きましょう。貴方がたを、暴行の現行犯、及び殺人未遂の容疑で拘束します」
瞬間、デルタが地面を踏み砕いた。
「待て、デルタ―――」
ベータが止める前に、デルタは既にその女に向かって駆け出していた。
馬人の脚力を以て駆け抜け、そのまま鋭く蹴りを放つ。しかし、その蹴りは赤メッシュの女に直撃する事はなく、僅かに身を引いたことで蹴りは届く事はなかった。
「っ!?」
絶妙な距離感覚。それによって回避を成功させた赤メッシュの女は、そのまま銃口をデルタに向けようとする。それをデルタは手で弾き、今度は回し蹴りを放つ。だが、その前に女がしゃがみ、軸となっていく足を払う。
「なっ―――」
(特徴的な髪色に拳銃に寄らないしなやかな体術―――)
その足を払った態勢のまま、宙に浮いたままのデルタに向かって、女の鋭い蹴りが腹に刺さる。
「がはっ!?」
吹っ飛んだデルタが腹を抑えながら着地する。
「くっ」
「間違いない。やはり鳶山朱祢。GUARD内最大の検挙率を誇る敏腕刑事・・・対異制圧戦闘のスペシャリスト」
蹴りの態勢から戻り、拳銃を再び構えるGUARDの女―――『鳶山朱祢』。
(状況が悪い。そこらの警察官が相手であれば、殺して口封じが可能。だが、相手が鳶山朱祢であれば話は別。その上―――)
ベータの足元に影がかかる。それは決して、偶然にも雲がかかったとかそういう話ではない。
木刀を両手に握り、高く掲げて振り上げる終一が強襲してきたからだ。
(白守終一がいるッ!)
両腕を交差させ、その一撃を受ける。それだけで、全身の骨が、みぎりぃぃぃ、と悲鳴を上げ、全身の筋繊維という筋繊維が断線を起こしかける。
それほどまでに、その一撃は重い。
(なんなんだ、この男はッ!?)
ドォン、とベータが地面に沈む。
「ベータさん!?」
「動かないで」
「っ!?」
デルタの背後で、朱祢が拳銃の銃口を後頭部に押し付けていた。
(いつの間に・・・!?)
デルタが歯噛みする。
「さぁて」
終一が、倒れ伏すベータに木刀の切っ先を向ける。
「お前らには聞きたい事がある。洗いざらい吐いてもらおうじゃねえか」
瞬く間の制圧。
(すごい・・・)
その状況を前に、穹となゆたは呆気にとられる。
本来、人間と異外人の間には隔絶された差がある。外見はもちろん、身体能力、五感、意識、文化、そして科学では説明できない、異外だけの『異能』。
それらもあって、第一次人異戦争では、人間側はおおいに窮地に陥った。
だが、その事実があっても、どういう訳か、第一次、そして第二次ともに、人間側が勝利した。
(この二人を見てると、それも嘘じゃないって思っちゃうな・・・)
なゆたが、心の中でそう呟く。
しかしその一方で、終一は心中穏やかじゃなかった。
(なんでこいつ、こんな余裕そうにしてるんだ?)
眼下で見下ろすベータの表情に、終一は違和感を感じ取る。
余裕があるのだ。間違いなく窮地であるのに、まるでどうにか出来そうとでも思って良そうなほどに余裕があるのだ。
どうにか、出来る。そう、どうにか出来る。
(・・・どうにか出来んのか?)
フラグが立った。
その時、穹の視界が歪んだ。
「あ・・・れ・・・?」
いや、歪んだのは体の感覚だ。視界、平衡感覚、などなどの外界を知覚する為の全ての感覚がぐるぐると回り出して、いずれ立てなくなってその場に蹲ってしまう。
「なに・・・これ・・・?」
「きもちわる・・・・めがぐるぐるする・・・」
なゆたも同様なのか、その場に蹲って、今にも吐きそうだった。
「く・・・ぅ・・・」
朱祢も同様なのか、苦しそうに頭を抑えながらも辛うじてその場に立っていた。
それによって拳銃が後頭部から外れた好機を狙って、デルタが蹴りを放とうとする。
(今なら―――)
「迂闊に攻撃するな!」
しかし、その前にベータの叫び声が響く。それに反応したデルタは気付く。終一がデルタに向かって木刀を振りかぶっている事を。
「なっ!?」
一歩下がって紙一重で避けられたのはほぼ奇跡に等しい。それほどまでに、終一の斬撃は鋭く、速く、重かった。
「バカな、ベータさんの領域内でここまでまともに・・・」
「引くぞ」
デルタが終一に背を向ける。
「どこに行く?」
「効いていない・・・訳じゃないな。効いてはいるが問題ない動きが出来るほどお前が異常なだけか」
終一は脂汗を掻いていた。だが、それでもその瞳は真っ直ぐにベータたちを見据えていた。
まるで、決して獲物は逃さないと言う獣のようだった。
「これ以上続ければ、かなりの騒ぎとなる・・・当初の目的は果たした。次は必ずデミウルゴスを貰う」
そのまま、ベータがデルタに触れると、どぷん、とまるで足元が液体化したかのように地面へと沈んだ。
「・・・どんな能力だよ」
その後すぐに、五感を狂わしていた何かが消えた。
「うぅ・・・まだぐるぐるするぅ・・・」
警察である朱祢からの軽い事情聴取を受けた後の事、穹は未だに頭を抑えるなゆたの背をさすっていた。
「大丈夫?これいる?」
「なにそれ?ゴムボール?」
「さっきあそこのゴミ箱から拾ってきた何かのカプセル」
「戻してきなさい今すぐ!」
「あ」
落とした。
「「わぁぁあぁあぁあぁあああ!!!?」」
「何してんだお前ら」
最後の事情聴取を受けていた終一が戻ってきた頃、穹となゆたはまとめて変なことになっていた。
「あ、終一おかえりぃいいぃいいい」
「じじょーちょーしぃおわったぁああらぁああぁあ」
「調子良さそうだなぁお前ら」
ラリってた二人をどこからともなく取り出したハリセンでぶん殴って元に戻して、終一は朱祢の方を見る。
「今回は助かった」
「いいえ、市民の為に行動すること、警察官としての本分ですので」
朱祢はふっと微笑んでそう答えた。
「んぅ?・・・あ!」
そこで、朱祢の顔をまじまじと見ていたなゆたが、思い出したかのように声をあげて朱祢を指差す。
「朝のテレビに出てた人だ!」
「あ、そういえば」
思い出すのは朝のテレビ。そこに映った現場映像にて映っていたのが、この朱祢という女だった。
「そういえば、この二人は・・・」
「うちの従業員。顔を合わせんのは初めてだろ。うち、このピンク髪は姫香の娘」
「ああ、貴方が」
朱祢が柔らかい笑顔でなゆたに微笑みかける。
「姫香を知ってるの?」
「前に世話になった事があって。姫香さんには、助けられたことが多かったわ」
「じゃあ姫香のコーヒーを飲んだことはあるのか?」
「あれは飲まない方がいいわね」
なゆたの質問に答えると、横から割り込んできた穹が尋ねてきたことに、朱祢は遠いところを見ながらそう答えた。
「それにしても、馬人、それも一角獣の馬人ですか・・・」
「いねえよ」
朱祢が呟いた言葉に、終一がそう否定する。
「いない?」
「一角獣の馬人は存在しない。そもそも耳が頭だけじゃなく横にもついてただろ」
「そういえば・・・」
「獣人は基本的に人間の耳を持たない。人間に化けることの出来る人狼だとかの例外はいるが、獣人は例外なくそうだ。その中でも脚力と走力に優れている馬人だが、一角獣の馬人なんてものは世界のどこを探しても存在しない」
「それは何故?」
「ペガサスと同じように翼の生えた馬人が存在しないように、角の生えた馬人は存在しない。馬人ってのはあくまで『馬』と『人』との中間の存在であって、そもそも種族の違う『一角獣』やペガサスの馬人なんてものはそもそもいないんだ」
「なるほど・・・」
「はいはいしつもーん!」
そこでなゆたが手を上げて口を挟んだ。
「じゃあさっきの人たちって一体・・・」
「人異戦争が生み出した負の遺産だ」
終一はなゆたが言い終わる前にそう言った。
「人異戦争・・・」
「・・・って、何?」
全員ずっこけた。
「そうだった。てめぇは知らなかったな。記憶喪失だから・・・」
「記憶喪失?」
「そう、よくある設定の記憶喪失だぜ」
キラーン、とカッコつける穹をハリセンでしばきつつ、終一は額を抑えた。
「ったく、まだ続けてたのか。戦争は終わったんだからやめとけよ。そういうやつらは叩きのめされてしばかれるのが常識だぞ」
「敵の正体は分からないのですか?」
「あれから十年経ってる上に、そういった研究はほとんど廃止になってるらしいからな。どこのどいつがやってんのかさっぱりだ」
「心当たりだけでも教えてくれれば、そこから探る事も出来ますが・・・」
「やめとけやめとけ。お前の本分は市民を守る事だろ。それに規模も分からねえんだ。迂闊に動くんじゃねえよ」
「しかし・・・・」
「しかしもこけしもトトロもねえよ」
そう言って、終一は呆れた様な表情のまま、手をぶらぶらさせる。
「お前の事は頼りにしてんだ。下手打たれると俺が困る」
「た、頼りに・・・」
途端、朱祢の頬が赤くなる。
「「・・・・あれ?」」
勘の良い子供たちが首を傾げた。
「そ、そうですか。それなら、分かりました」
「本当に分かってんのか?」
「わ、分かっていますよ!そ、それに、貴方を助けるのは貴方の為ではありませんから!私の義務だからですからね!」
「何急に怖っ」
急に捲し立てる朱祢に若干引き気味の終一。そんな二人の様子を見て、穹となゆたはこそこそと内緒話を始める。
「ねえ終一、もしかして朱祢さんって・・・」
「間違いない。きっとホの字だよホの字」
「へえ・・・なんだか面白そ~」
「何が面白いんだ」
「「あ」」
いつの間にか傍にいた終一が二人の頭を引っ掴んでその場から離れる。
「さっさと帰るぞ。くそっ。今日は収入ゼロだ」
「いだだだだ!?しゅ、終一!分かった。自分で歩くから!だから頭を全力で掴まないでいだだだだ!?」
「新品の靴がすり減っちゃう!お洋服もぼろぼろになっちゃうからぁ!」
そうして、さっさとその場を去っていく三人を見送って一人その場に取り残された朱祢。
三人の姿が見えなくなると、朱祢はそっと、自分の両頬に両手を当てた。
「緊張したぁ・・・」
心底恥ずかしそうだった。
(終一さんに頼られているのは嬉しかったですが、姫香さんの娘さんがあの子だったなんて。それにしても穹君はとても不思議な子でした。終一さんには困ったものです。あんなことをなんてこともなく言えてしまうんですから。お陰でこちらの心臓がいつも持ちません・・・)
「本当に困ったものです」
「何が困ったことなのだ?」
「うひゃああ!!?」
すぐ傍から声をかけられ飛び上がる朱祢。そこにいたのは、なんと小柄な一人の少女。
「せ、先輩!?き、来ていたんですか・・・」
「ああ、お主が血相を変えて飛び出していくものでな。後を追ってきた。ジェイソンが嘆いておったぞ。『アカさんに仕事押し付けられてしまいマーシター』とな」
「う・・・あとで謝っておきます・・・」
小柄な子供のような『先輩』は、年寄のような話し方で朱祢を咎める。
「しかし、お主がそこまでする、となると、終坊のやつか」
「ええ、先ほどまで襲撃されていた所でした」
「ふむ、後で話を聞くとしよう。まずは戻ってジェイソンに謝罪にゆくぞ」
「分かりました。すぐに行きましょう」
そうして二人は終一たちが去っていった方とは反対方向へと離れていく。
―――『アマルガメーションプラン』
異世界融合初期、接触することとなった異外人との初対面において、友好を示しながらも高圧的な態度で一方的な条約を結ぼうとしてきた奴らに対して、人類は反抗を決意。そのまま第一次人異戦争へと発展したが、異外人の力は強大で、人類の科学は意味を為さなかった。
その為、様々なアプローチから異外人に対抗できる技術の研究が始まり、そのうちの一つが、かろうじて確保した異外人のDNAを人間の遺伝子に組み込んで異外人に対抗できる存在を生み出そうと言う、神をも恐れぬ計画だった。
そして、結果として計画は成功した。
(だが、第一世代は異外側の遺伝子に肉体が耐え切れず崩壊、第二世代は第一世代の失敗を踏まえた為におおよそ成功。だが、第二次異外戦争に投入されてそのほとんどが死亡・・・そして新しい『型番』ひっさげて現れた第三世代・・・)
二人を引きずりながら、終一はこれから起こるだろう面倒ごとにげんなりしていた。
(めんどくせぇ・・・)
「終一~、もう歩けるから放してぇ」
「あ、なゆ、あれ、綺麗な羽の鴉」
「今はそんな事言ってる場合じゃホントだ!?虹色の鴉だ!?」
「お前ら何言ってんだそんな鴉いるわけゲェ!?マジだ!?」
「終一どうする!?」
「捕まえて金にするぞ走れお前ら!」
「結局それじゃん!?」
彼らは今日も、夕日に向かって走った。




