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第七話:五歳、武田信玄に恋文を出す(織田家・武田家、滅びかけたとされる)

武田信玄様へ


はじめまして。浅井茶々です。


先に謝っとく。

たぶん、読んだら引く。

でも引かれても止まらない。

私は五歳。

ブレーキがまだ実装されてない。

アクセルしかない。

全開。


図鑑で見ました。

坊主。髭。肩。山。

あれを見た瞬間、私の魂が「帰宅」しました。

今までの私は仮住まい。あなたが本籍。

住民票は勝手に移しました。

許可は取ってません。事後承諾です。


私、恋が分からなかった。

角度だの、魔王だの、尾張最速だの、周りがうるさすぎて。

バカすぎて。

でも今は分かる。恋とは、心に刺さる槍。

刺さった槍は抜けない。抜いたら死ぬ。私が。

というか抜く気もない。

このまま槍を抱えて生きる。


だから会いに行きます。

甲斐まで行きます。

明日にでも行きます。

止める者は敵です。

叔父の信長も敵です。

角度を立てて抵抗してきても無駄です。

角度は筋肉に勝てません。

これは世界の法則です。

ニュートンも言ってました。

たぶん。知りませんが。

ニュートンって誰ですか。


もし誰かが「姫が危ない」と言うなら、私は言います。

危ないのは姫じゃない。

信玄様に会えない世界の方だ、と。

危険なのは私じゃない。

私を止めようとする人の方だ、と。

母上を解き放つぞ、と。

あ、母上は市です。

信長の妹です。戦国最強です。

私はそれを召喚できます。

関所は泣けば突破できる。

泣く練習しました。


信玄様。

私はあなたの"肩幅"に命を預けます。

あなたが山なら、私は転がり落ちる石でいい。

あなたが神なら、私は供物でいい。

供物は用意しました。

織田家の「角度」を根こそぎ供えます。

金箔も供えます。

尾張最速の馬も供えます。

馬は光ってます。

多分気に入ります。

あと信長の前髪も供えます。

角度ごと持ってきます。

本人は泣きます。

どうでもいいです。


最後にひとつだけ、お願い。

あなたの髭に触らせてください。

武でも礼でもなく、まず髭です。

順番は間違えません。

髭→肩→腕→背中→全身。

全部触ります。

遠慮しません。

五歳だから許されます。


それと、肩に乗せてください。

肩に乗って甲斐を見たい。

肩から見る景色は、天下より美しいはず。


追伸

返事がない時は、私が勝手に「両想い」だと判断します。

判断したら決定です。

戦国はそういうものだと学びました。


追追伸

道中で止めに来る大人がいたら、母上を解き放ちます。

命は取らない。

前髪を取るだけ。

前髪を失った者は二度と天下を語れない。

これは私の法律。

法律は守ってください。

守らない人は母上が追いかけます。

木刀二本で追いかけます。

木刀は手から生えます。


追追追伸

「来るな」と言われたら、私は来ません。

代わりに魂だけ先に行かせます。

追い出せません。

賃貸じゃなくて所有です。

毎晩、枕元に立ちます。

夢の中にも出ます。

起きても消えません。

朝ごはんの時も隣にいます。

お茶を飲む時も隣にいます。

背中も流します。

もちろん肩も流します。

ちょっと待って鼻血を拭きます。

いま拭きました。

ちょっと落ち着きました。

私、とんでもないこと書いてましたね。

反省しました。

だから、二度と離れません。

一生隣にいます。


追追追追伸

一緒に天下を取りましょう。

悔しがる信長を肴にお茶を飲みたい。

信長の角度が崩れるのを見ながら、お団子を食べたい。

信長が泣くのを見ながら、甲斐の景色を眺めたい。

……楽しいですよね? ね?


追追追追追伸

信玄様、私には目標があります。

それは、浅井家の復興です。

信玄様にはそれを隣で見てて欲しい。

……違う、隣じゃない。

私の席は、あなたの肩の上。

肩の上から、私は浅井を再建します。

一生肩の上です。


追追追追追追伸

妹たちも連れて行きます。

初は「魂が呼んでる」って言ってます。

江は「なぐりこみじゃ〜」って言ってます。

江は一歳なのに任侠ものどこかで見ています。

二人ともおかしいです。心配です。

私がしっかりしないと。


追追追追追追追追伸

最後に、もう一度だけ言います。

私はあなたの肩に乗りたい。

肩に乗って、天下を見たい。

肩に乗って、浅井を再建したい。

肩に乗って、信長を見下ろしたい。

肩に乗って、一生降りたくない。


肩に乗せてください。

お願いします。これは命令です。


浅井茶々


P.S.

肩、鍛えといてください。

私と初と江、三人乗ります。

重いです。頑張ってください。


P.P.S.

返事、待ってません。

勝手に行きます。

止めないでください。

止めたら母上が行きます。

木刀二本で行きます。


P.P.P.S.

好きです。

図鑑越しでも好きです。

実物はもっと好きです。

会ったことないけど好きです。

会ったらもっと好きになります。

一生好きです。


同封物:

・私(現物)

・住民票。(あなたの本籍に移してます)


ついでに、あなたの印鑑も勝手に作りました。

似てなくても有効です。私が有効って言うから。


───終わり───


……と思ったけど、まだ書く。


この手紙、燃やしても無駄です。暗記してます。


───本当に終わり───


……まだ書く。


肩。

肩。

肩。

か……

た……


かたかたかたかたかたァァァ!!


……貴方の肩になりたい。


───終───


 私は渾身の手紙を書き終えた。


 筆を置く。

 息を吸う。

 そして──


「よし。送る」


「待てェェェ!!!」

 襖が爆発したみたいに開いて、信長が飛び込んできた。


「検閲だ!!」


「は?」


「検閲だ!!織田の安全保障に関わる!!」


「いや、私の恋だよ?」


「恋というか、お前だからだよ!!」

 信長は私の手紙をひったくり、読み始めた。


 最初の数行で、顔色が変わる。


「……『住民票は勝手に移しました』は?」


「うん。私はもう甲斐国の人間」


「公文書偽造ッ!!」


「五歳だから無罪でしょ」


「なんでだよ!!」


 さらに読む。


「『母上を解き放つぞ、と』」


「うん」


「自分の母を召喚獣にすな!!人扱いしろ!!」


「母上最強だし」


「『あと信長の前髪も供えます。』……謀反予告!!」


「裏切るつもりはないよ。差し出すだけ」


「会話が噛み合わない!!」


 家臣たちが、後ろから覗いていた。


「殿……姫様……それは……」

「川中島より怖いのでは……」


「黙れ!!俺が一番怖いわ!!」

 信長は叫び、手紙を掲げた。

「これは織田からの宣戦布告に見える!!」


「求婚だよ」


「どこがだよ!!武田家侵略予告だよ!!」


 初が、影の住人みたいな声で呟く。

「叔父上……禁忌の文です……

 この文面、因果を捻じ曲げる……」


「初は日本語を喋れ!!」


 江がにこにこしながら、信長を見上げて言った。

「のぶおじ〜けつもちの、しごとやで〜?

 ちゃちゃねぇが“シマ(武田)”に〜けんかじょう(恋文)なげたんや〜」


「この家のどこかに任侠ものがある!!焼け!!

 そして一歳児の視聴履歴を持ってこい!!」


 信長は深呼吸を一回して、決意の目になった。


「よいか茶々。これより織田の全力で“送らせない”」


「送る」


「送らせない」


「送る!」


「送らせない!」


 そのテンポで言い合ってるうちに、

 私は机の下から、すっと取り出した。


 二通目。


「……え?」

 信長の目が丸くなる。


「保険」


「保険って何のだよ!!」


 私は二通目を初に渡した。


「初、これ、武田の赤い人んとこに」


「うん。魂が“配達”って言ってる」


「言ってない!!」


 信長が慌てて二通目を奪おうとした瞬間──


 江がぽてぽて歩いてきて、にこっと笑った。


「のぶおじ。まだ たま、あるで〜ほら、もう、いっつうや〜」


 江の手には、三通目があった。


「任侠……三通目!?!?!?」

 信長が膝から崩れた。

「織田が……恋文に包囲された……」


「勝った」

 私は胸を張った。


「お前は何と戦ってる!!」


 初が淡々と言う。

「この戦……名をつけるなら、“恋文の乱”……」


「初!!!史料に残すな!!!」


 その時。


 廊下の奥から、侍女の悲鳴が聞こえた。


「殿ーー!お市様がーー!縄を噛みちぎってーー!!」


「ぐるるるるる!!ぐるるるるるーー!!」


「やめろォォォ!!今は来るなァァァ!!」

 信長が絶望の顔で天を仰ぐ。


「今日という日が……情緒の地獄絵巻……」


 私は、書き上げた恋文の控えを抱きしめた。


(甲斐には行かない)


(でも“届く”)


(届いた時点で、私の勝ち)


 ──そして、厳戒態勢の包囲網を潜り抜けた初が城門の上から巻物を投げた。

 

「うけとって」


 赤備えの使いは受け取って、一礼した。

 

「……承った。」


 風が吹いた。


 恋文は、もう止まらない。


 ──この日、織田家は“武田に戦を仕掛けた”と誤解される一歩手前まで行ったという。


 もちろん、原因は戦略ではない。


 五歳児の恋である。


───────────────────

幕間:武田家の絶望

───────────────────


 ──その頃、甲斐では。


 茶々の知らないところで、武田家に激震が走っていた。


 武田の陣中は、異様に静かだった。


 誰も大声を出さない。

 誰も「信玄公」の名を軽々しく呼ばない。


 ……理由は一つ。


 "その最悪"を、武田家が必死に抱えていたからだ。


 そこへ。


「山県様ァァ!!あの"受け取ったやつ"です!!」

 雑兵が叫んだ。


「……そう言えば、子供が投げてきたと言ったな」


 封を切る。


 中身を見る。


 山県は、固まった。赤備えの赤が一段濃くなった。


「……………………」


 隣の家臣が覗き込む。


「………………」


 さらに隣が覗く。


 武田の重臣たちが、じわじわ集まる。


 そして、全員の顔が死んだ。


「……山県よ」

 重臣が震える声で言った。

「これは……織田からの宣戦布告か?」


「いえ……」

 山県は紙を持ったまま、幽霊みたいな声で答えた。


「求婚……かと……」


「求婚!? これが!?」

 重臣が紙をひったくる。


「『住民票は勝手に移しました』……?」


 別の重臣が即答した。


「公文書偽造ッ!!」


「『母上を解き放つぞ』……?」

「『返事がない時は両想いと判断します』……?」

「『賃貸じゃなくて所有です』……?」


 読み進めるたびに、会議の空気が薄くなる。


 重臣が呻いた。


「……川中島より怖いぞ……」


 山県が、腹の底から絞り出す。


「しかも……『明日行く』と……」


「明日!?」


 全員が同時に立ち上がった。


 椅子が倒れる。心も倒れる。


「止めろ!!止められるか!!」

「いや止めないと来るぞ!!」

「姫が来るのはまだいい!!"母上"が来るのが一番まずい!!」

「木刀二本!? 手から生える!? 理が崩壊している!!」


 重臣の一人が、口を押さえながら小さく言った。


「……そもそも、こちらは今……」


 全員が一斉に睨む。


「言うな」


 空気が凍る。


 山県が、震える手で紙を握りしめた。


「……死んだと言えば、外に漏れる」

「生きてると言えば、来る」

「返事しなければ、"両想い処理"されて来る」


 地獄の三択。


 誰かが、泣きそうな声で提案した。


「……生きてるフリをして……遠距離恋愛で誤魔化すしか……」



 沈黙。



 ──採択。


 山県が、白目で頷いた。


「……承りました」


 重臣が、青ざめた顔で付け足す。


「……つまり武田家は……」


 山県が言った。


「……茶々姫と、遠距離恋愛を始めます」


 風が吹いた。


 甲斐の空は晴れているのに、武田家だけ雷雲だった。

 

───────────────────

エピローグ

───────────────────


 ──そして、私が真実を知るのは、三年後のことである。


 最悪なことに――

 その恋の相手は、もうこの世にいなかった。

 それを知るのは、三年後だ。

 三年間、情報封鎖されてた。

 

 私の初恋、開始前に終わってた。

 人生って、ときどき平気でそういうことをする。

 

 つまり武田家は、喪中を隠して私と恋愛してた。

 

 ──三年後、私は失恋を知った。

 ──さらに六年後、その失恋は“甲州征伐”として出兵した。



(恋は戦になる)



(つづく)

◇◇◇


あとがき


◇◇◇


読んだ?読んだよね?よし。


私は五歳。つまり合法的に暴走できる年齢。

恋文って本来あったかい紙なのに、なぜか外交文書になった。戦国、治安が悪い。


信長は「検閲」って言ったけど、あれは“怖い”の言い換え。

初は厨二が進行して、江は任侠で育ってる。私は普通。たぶん。たぶんね。


ところで、もし机の端っこにでも、しおり挟んどいてくれたら嬉しい。

ついでに、ひとこと置いてって。返事は——信玄の一行でも可。

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