第四話:私の娘たちと、私の兄はおかしい。今日も地獄。
──私は、お市。
織田家に拾われて、数日。
だめだわ、理性が昨日くらいに死んだ。
朝。廊下を歩いていたら──
「角度はこれでよいか、茶々!!?」
兄が鏡の前で、ヤンキー座りして“前髪に角度つけて”吠えていた。
私は持っていた盆をへし折った。
バキィッ!!
(兄上やめて……戦国一の武将が前髪に角度!?
その情熱を政に向けなさいよ!!)
茶々は平然と言う。
「その角度、今日は甘いよ信長。もっと立てて」
「ほう!? やはりか!!?」
(ちょい待てコラ茶々ァァァ!!
なんで兄の前髪に指導できてんの!!?
母ですら怖くて言えなかったのよ!? 「うつけ」って言うと殺されかけたのよ!?)
初が兄の背中に飛びつく。
「今日の角度……天を刺している……」
「そ、そうか……!? 角度が……天を……?」
(兄上泣きそう!? 嬉し泣き!?
ていうか初、語彙が呪術書なのよ!! 「天を刺す」って何!?世紀末覇者なの!?)
江がむにゃっと呟く。
「……魂がピカーンてしてる〜」
(江!? あなた一歳で何視えてんの!?
ピカーンて何!? 後光!? それともハゲの前兆!?
母だけに説明しなさいよ!! マジで怖いのよ!!)
ガンッ。
私は壁に頭を打ち付けた。
よし、痛い。現実だ。地獄だ。
*
◆◆ ぜっつー爆誕(地獄) ◆◆
「絶影って名前、長すぎ。もっと尖らせよ」
(茶々……やめて……
兄の“織田信長”という歴史的ブランドを弄るクセ……やめて……
信長ブランドが崩壊したら、織田家はただの「変な人の集まり」になるのよ……)
「“かわさき ぜっつー”でどう?」
「長くなっておるっ!!?」
(兄上、反応そこじゃないのよ!!
もっと根源的に怒れ!!!
「名を変えるな無礼者!」って斬り捨てなさいよ!!
いや斬られたら困るけど!!)
初は拍手。
「ぜっつー、良い……風が鳴いてる……!」
(風は鳴かない。初、お願い黙って。
あなたのポエムが兄を狂わせてるの……
風が鳴くなら耳鼻科に行きなさい!!)
江も呟く。
「漢は……カワサキ……」
(江ェェェェ!?!?
誰よ!! この子に暴走族辞典読ませたの!!!
一歳児の口から「カワサキ」なんて単語が出ることある!?)
「……。」
ガンッ。
私は壁に頭を打ち付けた。
よし、痛い。現実だ。地獄継続中。
*
◆◆ 三日後、ぜっつー進化(悪魔) ◆◆
庭に現れた馬を見て、私は地面と同化した。
もう泥でいい。私は泥。泥の方が偉い。
泥は角度に支配されない。
赤金メッシュ。
巨大風防。
竹槍マフラー。
鞍には「夜露死苦」。
(だめだ……本当にカワサキになった……
こんな時代に存在していい造形じゃない……
これ馬よね? 生物よね? なんで無機物が生えてんの?)
兄は感動で震えている。
「ぜっつー……なんという雄々しさ……!!」
(雄々しくない!! 派手なだけ!!!
どうして兄上は毎回“美化”するの!?
お願い現実見て!! バカなの!?)
家臣が叫ぶ。
「殿ーーー!! これ馬じゃありません!!!」
(そう!! そうなの!!
この人が正気!! 家臣よありがとう!!!
あなたが私の最後の砦!!!!
名前なんていうの!?
あとで菓子折り持ってくわ!!
いや、土地あげる!! 畑あげる!!
娘も……いや娘はダメ!!
でも何かあげる!!!)
*
◆◆ 魔王、走る ◆◆
「走れ!! ぜっつー!!」
馬が走り出す。
風防が太陽を弾き、光がギラギラ。
パパパパパーーーー!!!!
「止まれぬ!! ぜっつーが角度を増してゆく!!!」
(角度って何……なんでこの人たち角度に命かけてるの?
ていうかラッパ音どこから鳴ってんの!? 馬の口!?)
*
◆◆ 翌日、民衆の反応 ◆◆
「昨日の魔王様、かっこよかった……!」
「赤い馬……すごかった……!」
「ぜっつー……伝説……!」
(伝説になってるのおかしいでしょ!?
もっとあるでしょ!?
政治とか経済とか楽市楽座とか!!
なんで馬の改造で盛り上がるの戦国人!!
民度どうなってんの尾張!!)
家臣は震えて言う。
「なぜ……評判がよいのだ……?」
茶々は笑って答えた。
「派手って正義だから」
(茶々!!!
あなた……怖いわ……
時代を一個間違えて生まれてきたのね……?
それとも未来から来たの? 未来はこんなにバカなの?)
初がぽそり。
「運命の歯車が……また回った……」
(初、お願いだからその“予言キャラ”やめて!?
母が不安で寝れないの……
歯車回しすぎて壊れる音がするの……)
江が無邪気に。
「ぜっつー、また乗りたいねー!」
(江だけが……世界の光……
頼む……そのままでいて……
あんたまで「特攻」とか言い出したら母は出家するわよ……)
*
◆◆ お市、娘たちを問い詰める ◆◆
私は三人を部屋に呼んだ。
「茶々……初……江……
ちょっと……母と……お話しようか……?」
三人がビクついた。
「えっとね……
兄上の……前髪の……角度の……件なんだけど……」
茶々が一歩下がる。
「あのね……母は……怒ってないの……
ただ……理由を……聞きたいだけ……
なんで……兄上の前髪を……立てたの……?」
「……ブランディング」
茶々が小声で答える。
「ぶらんでぃんぐ?」
「……民は見た目で判断するから……」
「……。」
私は深呼吸した。
「そう……ブランディング……
なるほど……わかった……
じゃあ次……
なんで馬を……改造したの……?」
「……相棒が必要だから……」
「……。」
私はもう一度深呼吸した。
「そう……相棒……
なるほど……わかった……
じゃあ最後に……
なんで……『尾張最速』なの……?」
「……かっこいいから……」
「……!?」
私の理性が、音を立てて崩れた。
「かっこいいからァァァ!!!?
理由それだけェェェ!!!?
ブランディングは!!?
相棒は!!!?
全部『かっこいい』で片付くのォォォ!!!?
かっこいいで済んだら戦は起きないんだよォォォ!!」
ガンッガンッガンッ!!
私は壁に頭を打ち付け始めた。
「母上!! 落ち着いて!!」
茶々が止めに入る。
「落ち着いてるわよォォォ!!!
これでも落ち着いてるのよォォォ!!!」
ガンッガンッガンッ!!
「母上の"落ち着く"の定義がおかしい……」
初が冷静にツッコむ。
「まま、あたまからけむり〜」
江が指差す。
「煙出てないわよ江ェェェ!!!
出てたら死ぬわよォォォ!!!」
こうして、私の問い詰めは失敗に終わった。
*
◆◆ お市、崩れ落ちる ◆◆
(お願い……本当に……お願いだから……)
(兄上……少しでいいから……落ち着いて……
娘たち……母の寿命が秒速で溶けてるの……)
(いやもう……
織田家……“魔王と三姉妹の暴走族一座”になってるじゃないのよ……)
(どうしたの日本……戦国……どうした……
歴史の教科書に「信長=族」って書かれるの……?)
私は地面の小石を握りしめ、ギリギリと歯噛みした。
でも、ふと三人の顔を見ると。
茶々は誇らしげに前を向き、
初はぽやっとしながら人の心を救い、
江は時々闇を見せながらも笑う。
兄上も、バカみたいに笑っている。
(……チッ)
私は舌打ちをして、立ち上がった。
(……もう……いいか……)
(この子たちが笑ってるなら……
私、何でもいいや……泥でも石でもなってやるわよ)
(全部めちゃくちゃでも……
私の家族は、生きてる。それだけが、私の勝ちだ)
(……もう……いい。
この子たちが笑って生きてるなら……
この国がどう曲がろうが……どうでもいい)
(兄上……?
狂うなら……ほどほどにね……?
限度超えたら……また転がるわよ……?
岩でも殴るわよ……?
ていうか……地面も殴る……
尾張も殴る……
世界も殴る……
角度も殴る……
ぜっつーも殴──
……ミカン……どこだっけ……
角度……角度が……ミカン……
……ミカンに……角度……?
……ミカンゼント……?
……あれ……?
私……何してたんだっけ……?)
私は、泥の上に座り込んだ。
(……角度……)
ふと、私は自分の前髪を立てていた。
(……あれ……?)
「母上もリーゼントに!?」
茶々が駆け寄ってくる。
「大丈夫よ茶々……
母は今……角度を……理解した……」
「ダメだこれ!! お医者様ァァァ!!!」
(……はは……もう……知らん……)
天井の蜘蛛と目が合った。
「お前も大変だな……」と心で会話した。
(つづく)
◇◇◇
あとがき
◇◇◇
……はぁ。
うちの兄と娘たち、どうしてこう……角度に人生を捧げ始めるのかしら。
私は今日だけで三回くらい壁に頭を打ちつけた気がするわ。
でも、ここまで読んでくれたあなたには礼を言うわね。ありがとう。
もし「続きが見たい」と思ったのなら……
ブクマでも評価でも、ちょっと置いていってくれると助かるわ。
私の精神力が一日分くらい回復するの。
次も、うちの家族は安定の地獄よ。覚悟してついてきなさい。




