第十一話:結婚したくない男ランキング一位は猿
三日後。
私は秀吉に用事を頼んでいた。
「猿、これ届けて」
「はいぃ!!」
「あと、帰りに甘いもの買ってきて」
「甘いものとは具体的に!?」
「美味しそうなやつ。違ったら怒るよ」
「理不尽!?」
「あと、初の本棚整理して」
「はいぃ!!」
「あと──」
「わかりましたぁぁ!!」
秀吉が全速力で駆け出す。
走りながら指を折っている。
用事を数えてる。しかも速い。
雑用なのに、処理がきれい。
(便利……めっちゃ便利……)
初が影みたいな声で言う。
「……猿は……便利……
便利は……出世する……
出世は……謀反を……呼ぶ……」
「初、不穏すぎ」
「……光秀が……猿を……見てる……
目に……嫉妬が……」
「初、未来を見ないで」
江がにこにこしながら言った。
「さる〜がんばれ〜」
*
その夜。
私は縁側で秀吉を眺めていた。
秀吉は、今日も誰かの雑用を拾っている。
拾い方が職人だ。腹が立つくらい。
「……魂が……“拾え”って……囁いてる……」
初が呟く。
「拾うなって」
秀吉がこちらに気づいて、にこっと笑った。
「姫様! 何かご用でしょうか!?」
「猿」
「はいぃ!!」
返事が早い。
早すぎて腹が立つ。
腹が立つけど便利。
(で)
(この猿が、旧浅井領──長浜の辺りを任されるって聞いた)
(命令でそうなったのは分かる)
(分かるけど、面白くない)
(うちの土地に、猿がいるのが面白くない)
私は息を吐いた。
(でも、怒っても取り返せない)
(なら、取り返せる形に整える)
私は秀吉に聞いた。
「ねぇ猿」
「はっ!」
「長浜で城建てるんでしょ」
秀吉が目を輝かせた。
「はいぃ!!
姫様の……いえ、旧浅井様の領地で!!
この猿、城を建てます!!」
「……ちょっと待って」
「はっ!」
「おまえ、普請の実績あるの?」
「ございます!!」
秀吉が急に真面目な声になった。
「道を直し、橋を掛け、土を運び、堀を浚い、蔵を増やし……
人足の割り振りも、材木の手配も……
……あと、草履を懐で──」
「草履の話はいい」
「はいぃ!!」
私は一瞬だけ、秀吉を見直した。
(……へぇ)
(猿、便利なだけじゃなくて、ちゃんと回せるんだ)
江がにこにこしながら言う。
「さる〜すごい〜」
「江様ぁぁ!!この猿、やればできますぅぅ!!」
初が影みたいな声で言う。
「……猿は……働きで……存在を……証明する……」
「初、急に名言っぽくするな」
私は猿に視線を戻す。
「で、何から始めるの?」
秀吉が即答した。
「材料を集めます!!」
「ブー。不正解」
「え!?」
「材料の前に、まず“道”」
秀吉が固まった。
「……道、ですか?」
(母上と初と江と、あと怖い人たちを見て分かった。人は“並べ方”で動く)
(蟻もそうだった。私の師匠、蟻)
「うん。道を先に作る」
秀吉の目が、ぱちくりした。
「道……を……先に……?」
「そう。材料を運ぶ道を先に整備する。
道がないのに材料集めても、運べないでしょ」
秀吉が、ハッとした顔になった。
「あ……!!」
「気づいた?」
「はいぃ!!
材料を集めても、運ぶ道がないと……!!」
「はい、よくできました」
私は続けた。
「で、道を作ったら次は?」
秀吉が考える。
「材料を集めます!!」
「半分正解」
「半分!?」
「集める場所。分ける。三箇所」
「三箇所!?」
「一箇所に全部置くと、
取りに来る人が行列になって、時間の無駄」
秀吉が目を見開いた。
「あ……!!
一箇所だと、待ち時間が……!!」
「そそ。渋滞は嫌い」
私はさらに続ける。
「次は、人の並べ方」
「人を……分ける……?」
「そう。木を切る人、運ぶ人、組む人。
全部ごちゃ混ぜにすると、現場が“人間渋滞”になる」
「あ……!!
全部一緒にすると、ぶつかって……!!」
「はい正解」
江がにこにこしながら言った。
「さる〜おやつ〜さんかしょ〜」
「江様ぁぁ!!おやつ三箇所!!
すばらしい発想!!」
秀吉が目を輝かせる。
「猿、今おやつの話してないよ」
「よし!!道!!
置き場三箇所!!
人足は役割分担!!
──猿、理解しました!!」
「理解が早い。腹が立つ」
(こういう男、便利だけど、旦那にしたくない)
「……一生旦那にしたくない……は……だいたい……なる……」
初がボソり。
「初、やめて!?」
「さる〜えらい〜」
江がにこにこ言う。
「江様ぁぁ!!この猿、えらくなる予定ですぅぅ!!」
私は秀吉に言った。
「がんばってね、猿」
「はいぃ!!姫様のために!!」
「うん。私のために」
私は内心で呟いた。
(便利なら伸ばす)
(伸ばして、出世させる)
(猿の縄張りを広げさせて──)
(最後に、取り返す)
*
そこへ、光秀が通りかかった。
「……姫様」
「なに、光秀」
「この猿に……普請の指南を……?」
「うん。教えた」
光秀の顔が、微妙に引きつった。
「……私には……教えてくださらないのですか……?」
「光秀、嫉妬してる?」
「嫉妬ではありません!!」
「嫉妬だよ」
「光秀、猿に嫉妬してる……」
初が影みたいな声で言う。
「……光秀の心に……
猿への嫉妬が……芽生える……」
「初、それ何かのフラグみたいに言わないで!!」
秀吉が涙目で言う。
「光秀様ぁぁ!!
この猿、光秀様に嫉妬されるほどに!!」
「嬉しそうにするな!!」
*
その夜。
秀吉は走っていた。
雑用じゃない。段取りのために。
「まず道を作れ!!
材料を三箇所に分けろ!!
人を仕事ごとに分けろ!!」
猿が叫んでいる。
人足が戸惑う。
「秀吉殿、そんなに急がなくても……」
「急ぐのだ!!」
猿は胸を張る。
「姫様が“道を先に作るべし”と申された!!」
人足が震えた。
「姫様、何者だよ……」
「この猿も、まだ分かりませぬ!!」
秀吉が誇らしげに言う。
そしてまた走った。
猿の足音が、旧浅井領を塗り替える。
(こうして──)
(浅井茶々は"猿"に長浜城築城の段取りを教え)
(猿は喜んで走り回り)
(旧浅井領は、今日も少しずつ整っていく)
*
秀吉が走り去った、その直後。
母上がスッと、通り過ぎた。
白装束に頭に蝋燭を二本刺して、木刀の二刀流。
(刺してる)
(刺してるっていうか、立ってる)
(誰も突っ込まないのが一番怖い)
(火は誰が点けたの?)
通り過ぎたあとにうめき声のようなものが聞こえた──。
「……兄上……どこ……」
(つづく)




