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第一話:茶々、覚悟完了。お市、ブチ切れ。信長、保護対象。

 炎が城を舐めていた。

 

 土の匂い、煙の匂い、血の匂い……

 全部まじって鼻の奥が痛い。


 悲鳴はすぐ消えて、代わりに崩れる音だけが響いていた。


 母上の帯にしがみつきながら、私は必死に後ろを見た。

 あの大きな小谷城が、まるで紙みたいに燃えていく。


 私は茶々。五歳。

 浅井三姉妹の長女。


「あなたは生まれたときから大人びてた」

 昔、母上が言った。


 5歳児が世界を救う話もある。

 私もたぶん、そういう枠だ。

 

 燃えてる小谷城を見ると喉の奥が熱くなって、

 泣きそうになった。


 でも──私は帯を握る指に力を入れた。



 ──そのとき。



「……お市、怪我はないな」


 空気が変わった。

 炎を背負って馬を降りた男──

 圧が違う。息が詰まるほどの存在感。


 織田信長。


 私たち三姉妹の叔父であり──父を討った張本人。


「……あの男……ただ者ではないな。闇が濃い……」

 三歳の初が小声で震える。


(この子は昔から不思議で、

 何か言うと大体ほんとに何か起こる。怖い)


「おじちゃん、目こわーい。怒ってる?」

 一歳の江が続く。


(この子は……世界をおもちゃだと思ってる)


「初も江も静かにして」


 信長は、燃える城を背に私たちを見下ろした。


「市……長政は……わしが──」


 信長が母上に声をかけたその時──


「──んん?????」


(母上の声が裏返った。嫌な予感しかしない)

 私は初と江を連れて、物陰に避難した。


「ちょ、ちょっと待ってね兄上……

 一回だけ確認させて……

 ……あなた……旦那殺したんだよね……?」


「……戦の理だ」


「ことわりッッッッッッッッッ!!!」


 母上が笑った。

 

 笑いながら──地面を殴った。


 ──ドパァン!!


 地面を叩いた瞬間、砂と灰が輪っかになって跳ねた。

 輪っかは広がり──


 信長のマゲが、ほどけ──

 家臣の兜が、浮き──

 次の瞬間、その兜が吹っ飛んだ。


「……!?」

「……!?」

 何が起きたか分からず、周囲を見回す信長と家臣たち。

 家臣たちが、誰ひとり呼吸してないような顔をした。


(母上の拳の衝撃波だよ)


 信長が一歩引いた。


「市ィ!! 落ち着け!! 理が割れる!!」


 信長の声だけは強い。

 でも足が、半歩ずつ後ろへ逃げてる。


(割れてるのは地面だよ)


 ──母上が髪をぐしゃぐしゃにかきむしりながら続ける。


「理ィ!?理ィ!?

 なんで!?アンタ毎回、理のせいにすんの!?」


「……誰よアンタに理を教えたの!?

 むしろ理って何!?殺したって事実は変わらんけど!?」


「市、落ち着け」

 信長が引きながらなだめる。


「え!わかった!落ち着く!整理しよう!?」


 母上が一瞬止まる。


 ……止まった。

 私は息を吸った。たぶん、ここが助かる分岐点。


「えっとー? 旦那が切腹しました。原因は“兄”でしたぁ?

 私の幸せを壊したのは、私の心を殺したのは──

 戦の理とか言って正当化しようとしてる兄でした! 笑う。

 はい、整理終わり!」


 母上が肩で息をしながら続ける。


「こんな仏様も助走つけて鼻っ柱を打ち抜くレベルの案件、

 落ち着いてられるのかよぉああああああ!?」

 

 そして──母上暴走モードに突入した。

 

(……母上の言ってることは、九割ぐらい正しいと思う)


「母上、息して」


「茶々ァァァ!

 人は息なんかしなくても生きてける!!」

 

(いや、死ぬ)


「市、頼むから落ち着け」

 信長からカタカタと音が聞こえた気がする。


「頼むから?……あは。

 お前が私に何か頼める立場かァァァ!!!」


 立ち上がって、髪振り乱しながら地面を踏みつける。

 

 ドパァン!! ドパァン!!

 

 ──踏むたびに発生する衝撃波。


(母上……多分いま、ブラジルの人たちも怯えてる)


「兄上のそういうとこぉぉ!!

 “自分は悪くない”みたいな顔してさァァァ!!

 私、許さねぇからなァァァ!!?」


「市──」

 衝撃波に耐える信長。家臣たちはすでに倒れている。


「しゃべんなァァァァ!!!

 いま兄上の声を聞くだけで半分殺意増えてんの!!

 残り半分は悲しみ!!両方で胸がつぶれるわ!!!

 は?潰れるほど胸が無い?最初から潰れてる?

 上等だょぉあああああああああああ!?」


(自分で自分を煽ってどうするの……)

「母上、怖いけど最高に正しい……」


「魂が燃えてる……」

 ガクブルする初。


「まま、がんばれ〜」

 ニコニコの江。


「はい!ママ!がんばるわよォォォ!!!

 この怒りは筋が通っとるんじゃあああ!!

 兄上!!反省しろ!!いや反省じゃすまん!後悔だ!

 落ち着いてから殺すか殺すか考えるから!!」


(落ち着いたら殺すの!?)


「さァァァてェェェ!?

 どれだけ償わせるか考えるわよ兄上ぇぇぇ!!!

 逃げんなよォォォ!!!

 うっかり尾張を焼いちゃうかもねぇあああ!?」


(“うっかり”で済む規模じゃないから母上……)


「信長、これ本気のやつ」

 私がぼそっと言う。

 

「死ぬ覚悟を」

 初が真顔で呟く。

 

「おじちゃん、ばいばい〜!」

 江が手を振った。

 

「……。」

 信長は硬直中。


「茶々ァァァ!!私を!母を止めて!兄上を殺したくない!

 今の私を止められるのあんたしかいない!!!」


「止める気ないよ」


「茶々ァァァ!!この!裏切り者ォォォァァァ!!!

 良い子に育ってくれて母は嬉しぃいいいい!!

 兄上の首、飛ぶ!飛ばせる!いま飛ばすぅううう!!」


 そう言うと、母はゴロゴロと地面を転がり出した。


「過去一キレてるね……母上……戦国最強……」


「母上に鬼が宿っておる……いや、もう“定住”してる……」

 初は観測者として淡々と実況。


「まま、おに〜おに〜!」

 江はニコニコ。平和。


 そして──


 ゴンッ!!


「へぶっ!?」

 転がっていた母上が岩に衝突した。


「岩ぁああああ!?お前も兄上に味方するんかァァ!!?」

 母上がペシペシ岩を殴り始めた。


 そして──母上は息を切らして動きを止めた。


「……はぁ……はぁ……

 とりあえず……娘たちの手前、醜態は晒したくない……

 だから、今日は許す……でも明日は知らん……

 この子たちが笑ってるうちはな……」


 そう言って、母上は地面に突っ伏した。


(母上……しっかり醜態を晒してたよ……)


 信長がホッとした顔で息を吐く。


「市……お前は……相変わらず……」


「黙れ兄上……殺すぞ?」

 母上が信長を睨む。


「……!?」

 信長、固まる。


「ち、茶々よ。今日からそなたらは、わしの庇護下だ」


 その瞬間、私は一歩前に出た。

 怖くなかったわけじゃない。

 足は震えてた。手も冷たかった。


 でも──負けたくない。


「……庇護ってなに? ご飯出る?」


 周囲の家臣が全員固まった。


 信長は眉ひとつ動かさなかった。


「出る」


「風呂は?」


「ある」


「布団は?」


「ある」


「家は?」


「……立派なのがある」


「なら許す!」


 私は即答した。


 でも、これだけじゃ足りない。


 私は信長の袖をつまんで引っ張る。

 家臣たちが「死ぬ! 姫様が死ぬ!!」と目をむく。


(……怖いけど)


(ここで引いたら──浅井はここで終わる)


(だから──私は、引かない)


「妹たちは?母上は?」


「……初も、江も、市もだ。みんなまとめて保護する」


「ならもっと許す!」



 そして──私はまだ言ってないことがある。



 息を吸い、信長を見上げた。


「……ねぇ。

 ……父上を、殺したんでしょ?」


 空気が固まった。

 

 母上の目から涙が溢れるのが見えた。


 信長は一拍だけ置き、隠さず言った。


「……うむ」


 私は信長から目を逸らさなかった。


 声が、手が震えた。

 涙が目に滲んで勝手に溢れた。


「じゃあさ──」


 グッと唇を噛んだ。


「……責任取って、うちら全員幸せにしてよ。」


 睨んだ。

 仇を──まっすぐ。

 

「“絶対に誰も殺さない”って約束して。

 浅井は、もうこれ以上減らさないで。

 そのくらいやってくれなきゃ、割に合わないでしょ?」


 一粒、涙が落ちる。


 私は慌てて袖で拭った。


「な、泣いてないし……!

 勝手に出るなんて……腹立つ!」


 母上が地面に額をつけ、声を殺して泣いていた。


 初がすぐ言う。

「これは……“憤怒と哀哭の混合涙”……神が見ている……」


 江は江で、

「ちゃちゃお姉ちゃん、涙こぼれてるよ。ふく?」


「自分でふく!」


 信長はしばし私を見つめ──


「……その歳でそんな目をするか。面白ぇ。

 お前たち三人の運命、ぜんぶ織田が背負う。

 逃げも隠れもせん。俺がそう決めた」


 その言葉は、炎より温かく響いた。


 悔しくて、安心して、胸が痛かった。


「……嘘ついたら……燃やすからね……」


「おう」


 信長は笑った。

 あの織田信長が、炎の前で、はっきり笑った。


「……嘘ついたら……母上を解き放つからね?」


 信長の背筋が、カタッと鳴った。


「……それはやめろ……マジで」


(信長、母上には勝てないんだ……

 ……母上、戦国最強説が濃厚になってきた)


 家臣全員が息を飲み震えていた。


「行くぞ。ついて来い」


「うん。妹たち、母上?行くよ!」


「叔父上、その背中……“覇者の気配”がある……」

「おじちゃん、お腹すいたー!」

 初と江が信長に絡む。


「黙れ!! ……ふはは!お市の子たち、こいつら、俺の血か!面白ぇ!!」

 信長の怒号と笑い声が飛ぶ。


 私は涙でにじむ景色を見ながら、燃える城に背を向けた。


 父上はもういない。

 でも──


(……浅井家は、ここで終わらない)


(父上がいなくなったなら──

 うちらが“浅井の続き”を作るんだ)


 泣きそうな自分を叱咤しながら、信長を睨む。


 信長はそれに気づかず、ただ笑っていた。


 私は涙を振り払い、心の中で呟く。


(信長? 利用できるなら利用する。

 だって叔父上は“武”は最強なんだし)


 私はこぶしを握った。


 そして──仇の──織田信長の背中に向かって歩き出した。


 *

 

「ねぇ信長、ご飯って何出るの?」


 信長が馬上で固まった。


「……信長と呼ぶな」


「じゃあ、なんて呼べばいい?」


「……好きにせい」


「信長!」


「……ふん」



(泣くのはあと。浅井の名前を、もう一回ここに置く。)



(つづく)

◇◇◇


あとがき


◇◇◇


第一話を読んでくださって、ありがとうございました。

浅井三姉妹の人生は、史実では波乱ですが、

この物語ではもっと自由で、もっと派手で、もっと笑えます。


戦国を“真面目に滅びる”話にはしません。

滅んだはずの家が、笑いながら、知恵と根性で歴史に食らいつく。

そんな物語を作りたいです。


気に入ってもらえたら、

ブクマでも感想でも、手を振るだけでも嬉しいです。


次話からは、もっと戦国が騒がしくなります。


引き続き、茶々たちをよろしくお願いします。

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