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おれの恋にはライバルが-【絶対】-あらわれる ~小四から高三まで~  作者: 嵯峨野広秋


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2/2

小五の恋

 女のパジャマをはじめてみた。

 うすいピンクの上下で、上は三つぐらいボタンをあけている。


(こいつ……気にならねーのかな)


 おれのほうが気になる。

 みてると思われないようにするので必死だ。

 まあ、さっさと用事をすませてかえっか。


「えーと、これ。プリントな。それと給食のあげパン。あとこれ」

「なに?」ベッドの上で半分からだをおこしている女子が、首をかしげた。

「みればわかるよ」


 それは、今日一日授業でならったことを一枚にまとめた紙だった。

 先生にいわれて、今日から授業のまとめもおれが書くことになったんだ。

 はじめてでよくわからなかったが、おれなりにちゃんと書いたつもりだ。


「………………字、きれいだね」

「そうか?」

「漢字も上手」

「おれ、国語は得意だからな」


 そこでガチャッと部屋のドアがあいて、お母さんがはいってきた。

 ゆっくりしていってね、とゆげがたつお茶をひくいテーブルの上において出ていく。


(! あっつ!)


 さっさと一気飲みしてタイサンしようと思ったが、こりゃあつい。舌が焼ける。

 そのとき、くすっ、と笑う声がきこえた。

 くす、くす、と笑い、それがそのまま、こほっ、こほっ、とセキになった。


「だいじょうぶか」

「うん平気。これでもだいぶ、よくなったから」


 おれは――――サイテーなやつかもしれない。

 セキしてるこいつを心配するより前に、パジャマのスキマから〈あれ〉がみえやしないかと思ったんだ。


(まあ、オスガキはこんなもんかもな)


 表の表札は「UTOKU」とローマ字で、部屋のドアのプレートも「IZUMI」とローマ字だった。


 宇徳(うとく)いずみ。


 クラスでおれと同じ班で、おたがいの家も近い。

 だからこそ欠席の届けものをおれがやってるわけだが。


(体がよえーのかな……)


 一学期の五月で、もうこれで五回目だ。

 最初は玄関でモノを受け取るだけだった宇徳のお母さんも、いまじゃこうして部屋まであげてくれるようになった。



「食べていーよ」



 おれはドキッ! とした。

 前かがみのポーズでそんなことを言うから。


「へっ!? た、たべ……」

「あげパン」肩までの髪を耳にかきあげる。「わたし、食欲ないから」

「そうなのか? じゃあ」


 袋から出しざま、口を近づけてパクッとたべた。

 じつはこれ、食べたかったんだよな。


「わー、おいしそうに食べるねー」


 感心したように言う。

 おれはかまわずに食べ続けた。

 と、


(なんだコレ……むずかしそうなのばっか)


 壁ぎわの本棚に目がいった。

 ほぼマンガはなく、大人が読むような小説がずらっとならんでいる。


「スバルくんは、SFってわかる?」

「え? まーなんとか……。それってカガクの話とかだろ?」

「タイムスリップってわかる?」

「あー、過去にいったり未来にいったりするやつ?」

「スバルくんは、どっちにいきたい?」


 いつのまにか、宇徳はフトンのなかに入っていた。

 目の玉だけをおれのほうに向けている。

 パンを食べ切り、お茶をごくんと飲んでおれは言った。


「だんぜん未来だ」


 くすっ、と笑う。


「そうなんだ。どれくらい未来?」

「2030年」

「どうしてその年?」

「それぐらいだと、おれはもう50をすぎてる。きっともうけっこんして、こどもだっているはずだ」


 急に、宇徳は体をおこした。


「それを確認しにいくの?」

「そうだ」

「意外。キミって、けっこんとかもう考えてるんだ」

「わるいかよ」

「んーん、ステキだと思うよ」


 あはっ、と笑ってみせた。

 ただなんとなく、顔にチカラがないように感じた。

 おれはパンが入っていた袋をくしゃりとにぎりつぶして、そばにあったゴミ箱に投げ入れた。

「じゃあな」と部屋を出るとき、



「2030年か……そのころには、わたしはもう……」



 宇徳がそうつぶやいた声を、おれはたしかにきいた。

 (しん)ぞうがドクンと鳴った。ドクドク、とすこしはやくなる。

 もうドアはしまっている。

 もう二度とあけられないような、そんな気がした。


「あら、おかえり?」

「え? は、はい……お茶、ごちそうさまでした」

「あの……もしかして来生(きすぎ)くん、ムスメからなにかききました?」


 ドキン! となって()すじがピン! となった。

 いえいえ、とおれはけんめいに否定する。

 そうしたほうがいいと思ったからだ。


 そして、二学期になった。


 あいつのパジャマのピンクは、ちょっとうすくなっていた。

 きっとあのパジャマが、お気に入りなんだろう。



「いつもごめんね」

「いいよ。ぜんぜん」

 

 

 正直いうと、おれはつかれていた。

 運動会の練習でヘトヘトだ。

 だいたいなんだよ、あの組み立て体操ってのは。

 客からカネとるわけでもねーのに、なんであんなピラミッドとかやんなきゃいけないんだ。


(行進の練習とかさ……何周もまわらせやがって)


 家からもっていった水筒のムギ茶もカラだ。

 と、そこに氷がはいったグラスのムギ茶が。

 ゆっくりしていってね、とお母さんが出ていったらすぐに、おれはそれを一気に飲んだ。


(今日は大事な話があるんだ)


 だがアセっちゃいけない。

 いつもどおり、プリント、給食の中でもって帰れるやつ、一日の授業のまとめをこいつに手わたす。


「ありがとう。このスバルくんのまとめ、読みやすくて助かるよ」

「そ、そうか……?」

「運動会、来週だね」

宇徳(うとく)は、これるのか?」

「どうだろ」


 宇徳は窓のほうに顔を向ける。

 窓の外には夕焼けが広がっていた。

 家のまわりは静かで、なんかいい感じの空気だ。


「あのさ、宇徳」

「なに」

「け、けっ、け、け」

「え?」


 なにやってる――おれ!

 おれは「わかってる」はずだろ!

 レースははじまってるんだ。

「いい女とのけっこん」のためには、おれはまわりのヤローみてーに、ファミコンやゲームボーイにウツツをぬかしてる場合じゃねーんだよ!


「ちゃんというぜ。けっこんをぜんていに、おれとつきあってくれ」

「…………!!!」


 おれの気持ちにウソはない。

 あのとき、あのつぶやきを耳にしたとき以来、おれはたしかに宇徳を好きな気持ちになってる。

 たとえ「2030年」にはいなくたって、そんなの気にしない。 

 おれと「けっこん」して、すこしでもこいつを幸せにできればいい。


「スバルくん……それ」にこっ、と明るいカオになった。「男子の間ではやってるのかな? おもしろいね」

「え……いや……」

「お芝居じょうず。ちょっと、本気かと思っちゃったよ」


 だめだ。

 もうムシ返せるような空気じゃない。

 仕方ない。また、つぎのチャンスをうかがうか。


「宇徳それ、また本読んでんのか?」

「うん」ひょい、と本をもちあげて表紙をおれにみせる。「主人公が2000年にタイムスリップするお話」

「へー。おもしろい?」

「うん」


 宇徳はそのまま本をひらく。

 ジャマしちゃいけないと思い、おれはランドセルを手に立ち上がった。

 すると、



「2000年だったら……どっちかな……」



 部屋を出ようとしたら、またそんなフオンなことを口にした。

「どっち」ってなんだよ。「どっち」って。

 生きてるか死んでるか、「どっち」かわかんないってことか?


 くっ……なかなか、つらい宿命しょってやがる。


 ますますおれは、おまえが好きになったぜ。


 運動会が終わった。当日、宇徳の姿はみえなかった。


 また、今日もあいつは欠席していた。


 家の前の植木は、葉っぱがどれも真っ赤になっている。


(今日こそは)


 おれは心に決めていた。


 そこに、出鼻(でばな)をくじくようにあいつは言ったんだ。



「わたし、男の子を好きになったこと、ないの」



 そういう宇徳の髪には、すこしネグセがついていた。

 なんでもないことのようだが、気になった。

 ネグセもなおせないほど、わるくなってるんじゃないかって。


「SFが好きな子なら、きっと気が合うと思うんだけどな」


 そうか……おれはある意味、選択をミスったのかもしれない。

 宇徳がそういうの好きなのわかった時点で、がむしゃらにそういうのを読んでたらよかったんだ。


 いや、まだ今からでも()に合う。


 小学五年生で、こんな小難しい本読んでるヤツなんて、そうは……いな……


(あれ? 体がちょっと、熱っぽい……)


 きっと宇徳からカゼをもらったんだ。

 はっ。まー、カゼぐらい、どってことないぜ。

 学校休めてラッキーぐらいのもん――――



「あー……今日は、スバルくんなんだ」

(あ、あれっ?)


 

 おれは変化を感じとった。

 つめたい、ってわけじゃないが、なんとなくよそよそしいような。


(気のせいか?)


 帰るとき、宇徳のお母さんにたずねた。


「あの」

「えっ? どうかしたの来生(きすぎ)くん」

「きのうは、学校に行ってたんですか?」

「あの子のこと? うーん、それがね、きのうも休んじゃってて」


 ドッキン! といやな予感がした。

 きのうは「おれも欠席した」んだ。


「だれが持ってきたんですか? その……プリントとか」

「すこし家が遠いんだけど、同じクラスの男子の級長さんよ」


 あいつか。

 あの黒ぶちメガネの。

 勉強バリできるやつ。


(まさかまさかまさか)


 おれは走った。あいつの家まで。

 級長……名前はなんだっけ。でも名前なんかどうでもいい。


「よう! 遊びにきたぞ!」

来生(きすぎ)くん……? どうしたんだい、いきなり」

「いいから! 部屋にあげてくれっ!」


 おれは押しこみ強盗のように中へはいった。

 スリッパもはかず、こいつの背中を押して、部屋まで向かわせる。


 がちゃっ、とドアがひらいた。


 おれはヒザからくずれおちた。


(――――壁一面の本棚っっっ!)


 ぎっしり、みっちり、そこに本がつまっている。


 おれは、



「SFに興味あるの? 何冊かかりていくかい?」



 敗北をさとった。


 三学期になった。


 宇徳さんはこれまでの体調不良がウソのように、毎日登校するようになった。

 おれは、仲良く話している二人の会話に、きき耳をたてることぐらいしかできなかった。



「すごーい。あなたってなんでも読んでるのね」

(『あなた』ーっ!?)


「この前かしてくれた本、すごく面白かったよ。ダーリン」

(『ダーリン』ーーーっ!!?)


「今度、いっしょに映画見に行こうね、マイハズ」

(『マイハズ』ーーーーーっ!!!?? …………マイハズってどういう意味だ?)



 しらべたら「わたしの夫」という意味らしい。

 おれの心はボロゾーキンになった。

 とどめがこれ。


「あ……おはよう、宇徳さん」

「おはようございまーす」


 敬語!

 敬語なんて……

 いや……

 きっと、これは彼女なりのサインか。

「わたしは忘れてくれ」って。きっと、パジャマ姿だって忘れてほしいにちがいない。


 帰り道。

 家の前に、宇徳のお母さんがいた。


「あら、おかえりなさい。いまね、来生(きすぎ)くんのおうちにお礼をもっていったところなの。いろいろお世話になったから」

「はあ……」

「もうあの子は大丈夫みたい。『学校に行くのがたのしい』なんて、人が変わったみたいになっちゃった」

「そ、そうですか……」


 おれは一つ、気になっていることを思いきってきいた。


「あの……宇徳は、おもい病気だったりするんですか……?」


 きいたとたん、あはは、とお母さんは大きく口をあけた。


「まあ病気といえばねー、あの子ったら、ナマケグセがひどくてねー」


 ナマケ?

 あの欠席つづきは、たんにナマケてただけってことなのか?

 ほんとに体調がわるいときもあったとは思うんだが……。


「あと、悲劇のヒロインっぽいのにあこがれてるみたいで、ときどきそういうことを口走るのよねー。来生くんも、なにかそういう、病気をほのめかすようなこと言われなかった?」


 おれは首をふった。

 プロペラみたくして空をとべるほど、ふりたい気持ち。

 とんでどっかへ行っちまいたいぜ。まったく。


(?)


 家のポストになにか入っていた。

 絵ハガキだ。

 アニメの。

 下のほうに「元気?」と手書きの文字。

 送ってきたのは「近山(ちかやま) (はるか)」。チカだ。あいかわらず、近いのやら遠いのやらって名前だな。


(元気じゃねーよ)


 おれは年賀状のあまりをつかって、

 この転校先での一年をかんたんにまとめて、

 登校のときにポストにいれた。


 まとめる文がスラスラ書けたのは、

 たぶん宇徳さんのおかげだと思う。


 そして春がきて、

 おれは六年生になった。


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