第一話 仲間その7
見るからに操り人形の状態だ。謁見の間での一連の行動、特に貴族たちを追い詰めた時の様子から考えて、どこかに潜んだ術者がリアルタイムで操っているわけではない。となると、答えは一つに絞られる。先ほど俺が破壊した、貴族街にあった《支配の宝玉》だ。あれには、万が一破壊された場合の報復措置として、近くにいる最も強い魔力を持つ者――この場合はフェーデル――を暴走させる呪いが仕込まれていたのだろう。
魔法が使えない俺には、呪いを解く繊細な芸当はできない。選択肢は「殺す」ことのみ。フェーデルを元に戻す術は、もうないと悟った。
フェーデルは聖剣レルダルスエイリーの切っ先を床に引きずりながら、生気のない瞳でゆっくりと俺に近づいてくる。その体からは、先ほどの細い糸とは別に、禍々しい魔力が立ち昇っていた。魔法を専門としない俺の肌すらピリピリと刺すような、異常な魔力量と邪悪な気配。微かに残る痕跡を辿って大本の術者を探ろうとしたが、その気配は完全に消え失せていた。
悲観的な思考が頭をよぎるが、ここで俺が止めなければ被害は城外へ拡大する。やるしかない。
フェーデルがゆらりと動きを止めた一瞬、俺は防御を捨てて踏み込み、奴の間合いに侵入した。首筋目掛けて戦斧を薙ぎ払う。
――ガギィッ!
あと数センチというところで、聖剣に防がれた。その瞳は依然として虚ろだ。だが、この攻撃が引き金になったかのように、フェーデルの動きが激変した。以前とは比較にならないほど凶暴で、速い。
理性のかけらもなく、ただ目の前の「俺」という障害物を破壊するためだけに動く、殺戮マシーンそのものだ。その猛攻を避け、受け流すことは俺の技量でなんとか可能だが、反撃となると手が鈍る。心のどこかで「これが本当に最善なのか」「何か他に手はないのか」という迷いが、コンマ数秒の遅れを生んでいた。
長い攻防が続いた。時計を見れば十分程度だったのかもしれないが、極限の集中状態にある俺にとっては永遠にも等しい時間だった。 これ以上長引かせるわけにはいかない。フェーデルがこれ以上、化け物として自身を汚す前に、終わらせてやるのが最後の情けだ。
俺は一瞬の隙を突き、フェーデルの防御を強引にこじ開けた。できるだけ苦痛がないようにと渾身の力を込め、戦斧を振り抜く。 確かな手応え。時間差でフェーデルの頭部が胴体から離れて床に転がり、巨木が倒れるようにその体が崩れ落ちた。
「……すまない、勇者。」
そう吐き捨てて一息ついた、その直後だ。 フェーデルの遺体に、黒いモヤのようなものがまとわりついた。モヤは切り離された頭と胴体を引き寄せ、強引に繋ぎ合わせていく。
「なっ……!?」
モヤは急速に膨れ上がり、おぞましい咆哮と共に、フェーデルの体を核として巨大な魔獣へと姿を変えていった。獣のように醜く歪み、鋭い爪と大きな翼が生えたその姿に、かつての面影は欠片もない。
俺は舌打ちした。目の前の魔獣は、自分より五、六倍はあろうかという巨躯だ。その上、元勇者フェーデルの身体能力と魔力を取り込んでいるとすれば、厄介ごとなんてレベルじゃない。
思考する間もなく、魔獣は反応できないほどの速度で突進してきた。強烈な一撃が城の床ごと俺を打ち抜く。俺はなすすべもなく何層もの床を突き破り、城の地下深く――石造りの貯蔵室らしき場所まで叩き落とされた。
「ぐっ……!」
すぐに体制を立て直すが、頭上から咆哮と共に魔獣が降ってくる。俺を見つけるや否や、その口から極太の熱線が放たれた。 左右に跳躍して必死に回避し、奴が降りてくるのを待つしかない。その間も熱線の雨あられだ。何度も防がれ、遠距離では無意味だと判断したのか、奴が翼を畳んで急降下してきた。
好機。俺は追撃を恐れず、接近してきた魔獣の懐に飛び込み斧を振るった。だが、魔獣はその攻撃を巨大な爪で軽々と防ぐと、間髪入れずに俺の腹へ重い一撃を見舞った。
「がはっ……!」
俺の体は三枚もの壁を破壊しながら吹き飛ばされた。全身を襲う激痛に呻きながら、瓦礫の中でゆっくりと立ち上がる。 その時だった。天井の破れ目から偶然差し込んだ月光が、俺のすぐ横に転がっているものを照らし出した。
不気味な紫色の光を帯びた宝玉。 以前破壊した《支配の宝玉》とは明らかに違う。表面には精緻な木の葉と、天に昇る龍の姿が彫り込まれていた。




