とある公爵令嬢の初恋
『…参考までに言うけれど、私の好きな人は、私が困っているときに颯爽と助けに来てくれる、素敵な人よ。あなたみたいな、ウジウジメソメソ悩んでるヘタレとは違うわ』
私はエドワードの、翡翠色の瞳をしっかりと見ながら言い放った。察しが良い幼馴染に、忘れろと伝えたくて。告白の時に私がチラついては困る。
⦅私は、二人の幼馴染でドミニクの婚約者⦆
そう言い聞かせ、剥がれかけた仮面を修復したところで、エドワードが口を開いた。
『ヘタレ、か。俺のそんなはっきり言うのはお前らくらいだよ…そうだよな。いい加減、素直にならなくちゃな……ありがとう、シャーロット』
私の意図は伝わったのだろう。そう言って、エドワードは屈託ない笑顔を浮かべた。不意にその笑みが、いつかの王子様のものに重なって見えて、僅かに鼻の奥が痛んだ。
⦅あぁ、やっぱりダメか⦆
今すぐに諦めるのは無理そうだ。でも、何がなんでもこの背中は押さなければ。あの意地っ張りで、素直になれない親友のために。
『ほら、早く行きなさい。そうこうしているうちに、他の男に掻っ攫われるわよ』
『それはダメだな…行ってくる』
そう言って前を向いたエドワードの瞳に浮かぶのは、もうあの子の事だけで。胸の奥がチクリと痛んだけれど、そんなものは知らないふりをした。
だって私は、確かにこの人が好きだったけれど、あの子の幸せの方が大事なのだから。誰も幸せになんてなれないこの感情を貫き通すよりも、ずっと。
(さようなら、王子様)
何年も前から四人で過ごした庭園。思い出の詰まったその場所に、ただ一人突っ立って、私は心の中で別れを告げた。
(私の、初恋)
☆☆☆
私達は、物心つく前からの幼馴染だった。国王の一人息子、王太子エドワード殿下の遊び相手として、よく王城に集められて遊んだものだ。
いつもメンバーは、
第一王子エドワード、
アンバー公爵令嬢である私、シャーロット、
ローラント侯爵令息のドミニク、
そしてルーナス侯爵令嬢のエリザベスだった。
あの頃は、毎日のように四人一緒で、庭園を駆け回ったり、同じ家庭教師のもとで勉強していた。
どちらかと言えば、外で遊ぶのが好きだったのはエドワードとエリザベスで、私とドミニクは木陰でその二人を見ていたり、本を読んでいたりする方が好きだった。
外から見ていれば、あの二人がお互いを想っていたことなんて、本人たちが自覚する前から気付いていた。だから、私たちは意地っ張りな彼らの言い合いを、笑いながら見ていた。
『シャーロット、ドミニク、二人も遊ぼうよ!』
『本をずっと読んでてもつまらないだろー?』
そして結局は二人に手を引かれ、一緒にかくれんぼをしたりすることになったのだけれど。
そんなただ純粋に、彼らに幼馴染として向けていた好意の種類が変わったのはあの日だろう。
あの日はいつも通りかくれんぼをしていた。けれど、いつも同じ場所ではつまらないと、護衛たちの目を盗んで、近づかないように注意されていた池の方まで、エドワードと二人で隠れに行ったのだ。
私は彼の後ろを歩いていて、池のすぐそばを通っていたのを覚えている。何かのそばを歩きたくなるのは子供の性なのだろうか。わざわざ私たちは池の周りの石の上を歩いていた。
『ねぇ、シャーロット、っ!』
エドワードが私に何かを伝えようとして振り返った。けれど、その拍子に彼の腕が私にちょうど当たってしまったのだ。振り向いた勢いで押された私はそのまま池に落ちた。
『っ』
大して深く無い、立てば体半分が出るくらいの池だったが、パニックになった私は、溺れてしまった。上に上がろうと必死にもがいても、息がくるしくなるばかり。水を含んだドレスが体に纏わりついて、思うようにいかなかった。
⦅く、るしっ⦆
そう思った瞬間、一気に誰かに引き上げられた。
『シャーロット‼︎』
『っ!ゲホッ、ゲホッ、っ』
池の縁に座らされた私は激しく咳き込み、与えられた空気を目一杯吸った。
『落ち着いて、ゆっくり、ゆっくり呼吸するんだ』
『ぅ、』
優しく背中をさすられ、エドワードの言う通りに深呼吸をしながら、私は涙で滲む視界のまま、彼の方を見た。
『っ!』
その光景は、思わず息が止まってしまうほどに、衝撃的なものだった。
太陽の光を受けて、キラキラと輝く、豪奢な金髪。濡れてボロボロになってしまった私を映すその瞳は、まるで宝石のような、見るもの全てを惹きつけてしまいそうな、美しい新緑色。彼が浸かってしまっている水までも、光を反射して、ひどく、神秘的な、暴力的なまでな美しさ。こちらを心配そうな表情で見つめるその姿は、まさに御伽話の中の王子様で。
『落ち着いた?』
その一言で幼い私は、恋に落ちてしまった。
それは、絶対に叶わない初恋だった。
☆☆☆
想いは早々に自覚したものの、傍目から見てエドワードとエリザベスは互いへ好意を持っているのは明らかだった。だから、何もしなかった。あの二人のやりとりを見ているのが好きだったし、彼らの幸せを邪魔する気など、毛頭なかったから。
けれど、どれだけ願っても私の中の恋情は消えてくれなかった。彼の一挙一動に目を奪われ、鼓動が早くなる。子供ながらに、大好きだった。
月日が経ち、私達が12歳の時に、エリザベスとエドワード、私とドミニクで婚約を結んだ。順当な決定だろう。戦争もなく平和な時代。彼らの婚約にも利点があった。本人達は認めていないけれど、二人は想い合っている。どこにもデメリットの無い。エリザベスもエドワードも、口では文句を言っていたが、裏では喜んでいたことは知っている。なんともお似合いなカップルだった。
一方、私たちの婚約も表面上は良好なものだった。いつも隣で二人を眺めていたのはドミニクだし、全く嫌いでは無い。むしろ好きな方だろう。けれど、私達の間に恋愛的な感情はなかった。
私も彼も、別の幼馴染が好きだったから。なんとなく、お互いに婚約が決まる前から気付いていたのだ。ドミニクはエリザベスに恋をしていた。表情はいつも通り無表情に近かったけれど、彼女を見る目には明らかに熱がこもっていた。
『そんなに熱い視線を向けていたら、気づかれてしまうわよ?ドミニク』
『さっきまで彼に見惚れていた君に言われたくないな、シャーロット』
『そうね、気をつけるわ………邪魔なんてするつもりはないのだから』
『あぁ』
そう返事をして、ドミニクは切なげな微笑を浮かべた。彼だって百も承知だろう。この気持ちが報われることなど、絶対にないことを。彼らを引き裂きたいわけではない。でも、好きな気持ちは消えない。
そんな私たちは、まるで鏡写しのように、皮肉なまでにそっくりだった。
☆☆☆
さらに時が流れ、特に進展もなく、私たちは学園へ入学した。正直、王城でエドワードと同等の教育を受けていたため、学園での授業くらいは履修済みではある。行く必要もなかったが、他の同年代の子女たちとも関わった方がいいと、それぞれの両親から勧められ、四人とも入学することになった。
学園での生活は新鮮でとても楽しかった。今までの私の世界は、ほとんど彼らだけだったから。新しい友人もでき、学業も順調。私はとても充実した日々を送っていた。
『シャーロット!一緒にランチに行きましょう!』
やっぱり、一番の友達はエリザベスだった。明るて、意地っ張りなところもあるけれど、根は素直な、可愛らしい私の親友。
『えぇ。今日は何を食べようかしら』
確かに、私は彼が好きだったけれど、それ以上に彼女と過ごす時間が大好きだった。それは、それだけは本当だった。
ある日、私たちは生徒会主催のパーティーについて話していた。エリザベスは王妃教育で先に帰ると言っていて、ドミニクは先生に呼ばれて不在だった。その他の役員も仕事で出払っていて、珍しく二人きりだった。
『これで俺たちが主催するのも最後だからな。時間の流れが早過ぎて驚いてるよ』
『本当にあっと言うまだったわね…サプライズ企画も面白い案が出たし、手配しておかなくちゃ』
『エリザベスらしい案だったな』
『えぇ。慣習なんて関係ない、そう言っている様なものだったもの…』
そこまで話して、ふとエドワードが窓の外を微笑んで眺めているのに気がついた。
⦅何を見ているのかし、ら⦆
そこには、友人とおしゃべりをしながら馬車へ向かう、エリザベスの姿があった。太陽を背にまるで花の様な、楽しそうな笑顔を浮かべていた。そんな彼女に、エドワードは蕩ける様な甘い視線を向け、見惚れていた。
⦅あぁ嫌だ⦆
それに気づいてしまうと、私に中に、ドロドロとした黒い感情が渦描き始めた。身勝手で、見当違いな嫉妬。けれど、一度でもそう感じてしまったら、止まらなかった。
⦅あの子がいなければ…⦆
嫌なことを考えてしまった。
⦅なんで私じゃないの⦆
当たり前だ。
親友の婚約者相手に、横恋慕している女なんて。自分にだって婚約者がいるのに。勝手に嫉妬なんかして。こんな、不誠実で自分勝手な女を誰が好きになってくれると言うのだ。彼女に自分が嫌過ぎて反吐が出そうだった。
⦅最低…⦆
書類を強く握り過ぎたのか、クシャっと紙が歪む音がした。
『シャーロット?』
『っえぇ、大丈夫よ』
ダメだとわかっているのに、こんな気遣いひとつにもときめいてしまう私がいて。そんな自分を消してしまいたくて。
⦅大っ嫌い⦆
私は、私をずっと許せなかった。
☆☆☆
『……ット』
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。そこまで経っていない気もするし、数時間は過ぎている気もする。一体私は何をしていたんだっけ。
パーティの話をしていたら、エリザベスが窓の外にいて、エドワードが見惚れてて…
⦅エドワードは…あぁ⦆
そういえば、エドワードの従者が公務がどうのって言って、王城に帰る彼を見送った気がする。それで…
⦅真っ赤ね…⦆
ふと、空が茜色に染まっているのが見えた。思考が纏まらない。見当違いなことばかり考えている。
『…ロット、シャーロット!』
『…ドミニク?』
肩に手を置かれ、そこで初めてドミニクがいるのことに気がついた。いつのまにか目の前に回っていた婚約者の、エドワードとは系統の違う、けれども恐ろしく整った顔を見つめ、ポツリとこぼす。
『………ごめんなさい』
『……お互い様だろう』
彼は、一言で全てを察したらしい。私の、主語のない謝罪が何に対するものなのかを。そして、まるで幼子をあやすみたいに私の頭を撫ではじめた。
その温かい、男性らしくゴツゴツとした手は、ひどく心地よかった。
⦅いつの間にこんな大きくなったのかしらね⦆
私よりも30cmは高い彼を見上げながら考える。庭で二人を眺めていた日々は、つい最近の様だけれど、私たちはもう17、あと一年で成人だ。いい加減、こんな恋情は捨てなければ。
⦅まぁ無理、か⦆
消えてくれるなら困っていない。それができたらとうの昔に捨てている。叶わない初恋なんていらない。
部屋に重い重い沈黙が落ちる。
⦅いやね⦆
行き場のない想いは、どこへ向ければいいのだろうか。少なくとも、今の私たちにはわからない。
その時ふと、頭の上にあった温もりが消えた。どちらともなく顔を寄せ合う。
静かな生徒会室に、控えめなリップ音が響いた。瞼を開けると、至近距離に綺麗な黄金の瞳と目が合う。でも、その瞳に映っているのは私ではなかった。まるで、遥か遠くにいる誰かを重ねているみたいに。かく言う私も、目の前の婚約者に彼を重ねていた。絶対に報われない想いは、婚約者に彼を、彼女を重ねて向ける。正しいやり方ではないことは自覚していたけれど、私達は、これしかやり方が分からなかった。だって、この想いは告げてしまったら、周りを不幸にしかできないのだから。
そんなことを考えながらまた、唇を重ねた。
お互いに想い人を重ね、口づけを交わす。私達の関係は、とても歪な形で均衡を保っていた。
☆☆☆
『あなたなんて大っ嫌い!』
『エリザベス‼︎』
ある日、エリザベスとエドワードが大喧嘩をした。王城で、いつかのように四人でお茶を飲んでいる最中だった。昔から意地の張り合いで喧嘩をよくしていた二人だけれど、最近は二人とも成長したのか、口も聞かなくなるくらいの喧嘩なんて滅多にしなくなっていた。
きっかけは、酷く些細なものだったのだ。いつも二人がしている言い合いくらいのものだった。だからいつも通り、ドミニクと二人で眺めていたのだけれど、その時我が国には、隣国の王女が訪れていた。エドワードの妃の座を狙っているらしい王女は、エリザベスと言う婚約者入るにも関わらず、エドワードにベッタリだった。無遠慮に婚約者に絡む王女に、それをやんわりとしか拒絶しない婚約者。国交的にも強く拒絶できないのはエリザベスも理解していたし、特に何も言っていなかった。でも、不満は少なからず溜まっていたのだろう。それが爆発してしまったらしい。
『私はとりあえずエリザベスを追うわ』
『あぁ』
そうドミニクに告げ、私は走り去ってしまったエリザベスを追いかけた。彼女は幼い頃、エドワードと喧嘩をしたときに隠れて泣いていた場所で、変わらず涙を流していた。
『エリザベス』
『シャー、ロット』
私は彼女の隣に腰掛けて、顔を覗き込んだ。見る人によってはキツく感じるのかもしれない、吊り目気味の真紅の瞳は涙に濡れていても、酷く美しかった。どんな表情でも綺麗な彼女が羨ましい。
そんなことを頭の片隅で考えながら、私は言葉をかける。
『大丈夫?』
『っ!わかって、いるの。王女殿下を拒絶できないのはっ!ぅ、でもっ』
『そうね…』
嫌なことには変わりない。お茶会が公式な場だったら、そもそも口論すらしないだろう。彼女は王太子の婚約者。次期王太子妃なのだから。令嬢の模範であることが求められている。普段我慢しているエリザベスの感情が爆発したって、私的な場所ならば問題ない。彼女達が喧嘩するのは昔からよくあることだから。
『ねぇ、エリザベス』
『な、に』
『エドワードは、好き?』
私の唐突なその問いに、エリザベスは驚いたように目を見開き、次の瞬間、フワッと花のような笑みを浮かべて、ハッキリと答えた。
『えぇ、大好きよ』
⦅眩しい…⦆
私は思わず目を細める。こんな子に、私如きが勝てるわけがないじゃないか。
『そう。じゃあ、仲直りしなきゃね。エドワードを連れてくるわ』
『え?いいよ。私が行くわ』
『あなたも意地をはりすぎたと思うけれど、元はといえばエドワードのせいだもの。いくら同盟国の王女といえど、もう少しやりようはあったわ』
『それはそうだけど…』
『私の親友を泣かせといて、すぐに許されるなんて癪だもの。一発ガツンといってやるわ』
『……わかった!私はここで待ってるね』
『えぇ』
そして私は、エドワードとドミニクの元へ戻った。
『エドワード』
彼は、椅子に座って項垂れていた。一国の王太子がなんて姿をしているのだろうか。
⦅ドミニク…いないわね⦆
大方エリザベスのところだろうが。
『シャーロット…』
⦅っ⦆
まるで捨てられた子犬みたいな表情でこちらを上目遣いで見てきた。普段はしっかりしているからこそ、ギャップが刺さる。エリザベスの所に引っ張って行こうと思っていたのに、いちいちときめいていたらダメじゃないか。せめて顔に出さない様に表情を引き締める。
『エリザベスは、なんだって…?』
『さぁ?自分で聞きに行ったら?《王太子殿下》』
座るエドワードを見下ろしながら言う。私にも思うところはある。もっとやりようがあっただろうと。
『無理だ…絶対嫌われた…』
また目線が下がっていく。こんなに弱気なのは珍しい。悪いことをしたと言う自覚があるのか、はたまた大嫌いと言われたショックだ大きすぎるのか。どちらでもいいが、早く仲直りしてもらわないと困る。だって期待してしまうから。
『嫌われるのが嫌ならば、最初から拒否すればよかったでしょう。嫉妬して欲しいからって、中途半端に対応して。エリザベスにも王女殿下にも失礼よ』
『…知ってたのか』
『少なくとも私とドミニクは』
エドワードが王女を完全に遠ざけなかったのは、エリザベスに妬いて欲しかったからだ。国交的な面もあったかもしれないが。どちらかといえばそちらの方が大きい。王女だってそれがわかっていたから、少し馴れ馴れしいくらいで辞めていた。元より王女も婚約者がいる王太子なんて、対して当てにしていなかったんだろう。私の目には、面白がっているくらいにしか見えなかった。
『さっさと素直になりなさい。好きでなんしょう?エリザベスのことが』
⦅そうしたら、私も諦めがつくから⦆
中途半端に両片思いだから、淡い希望を持ってしまうのだ。そんな希望、いい加減打ち砕いて欲しい。
『今更、伝えられるわけないじゃないか…素直になれなくて口喧嘩なんて日常茶飯。嫉妬してほしくて王女殿下を使う俺なんて、とっくに愛想尽かれてるだろ…』
エドワードは指を組んで、その上に額を乗せた格好で言う。面倒臭い事この上ない。エリザベスは覚悟を決めたと言うのに。困った幼馴染である。
『…………想いを伝えられるだけ、マシじゃない』
背中を押す様なことを言おうと思っていたのに、気がついたらこんな言葉を呟いていた。
『どう言う事だ?』
『…好きな相手が婚約者なんだから、告白してもなんの問題もないじゃない……世の中には、婚約者以外の人を好きになって、想いを伝えられない人は、たくさんいるのよ』
『それは…』
私は何を言っているんだろう。こんなの、婚約者以外の人が好きだと言っている様なものじゃないか。私の周りにいる男性なんて数えられるほどしかいない。答えは、すぐにでてしまうだろう。
⦅あー、ばかだなぁ⦆
隠し通すと決めたのに、邪魔はしないと誓ったのに。四人で過ごす幸せを崩したくないのに。
『他に好きな人が、いるのか』
『……そうかもね』
『ドミニクは、』
『さぁ』
『…そうか』
エドワードは、私を探る様な目で見てくる。確信を持てないのだろう。
『本当に、仕方がないわね…』
『だって』
『私の好きな人について考えている暇があったら、エリザベスへの謝罪と告白の言葉を考えなさい。いつもの所にいるわよ』
『…わかった』
覚悟を決めた様にエドワードが立ち上がった。その顔も、格好いいと感じてしまって、自分が嫌になる。
『…参考までに言うけれど、私の好きな人は、私が困っているときに颯爽と助けに来てくれる、素敵な人よ。あなたみたいな、ウジウジメソメソ悩んでるヘタレとは違うわ』
私はエドワードの、翡翠色の瞳をしっかりと見ながら言い放った。察しが良い幼馴染に、忘れろと伝えたくて。告白の時に私がチラついては困る。
⦅私は、二人の幼馴染でドミニクの婚約者⦆
そう言い聞かせ、剥がれかけた仮面を修復したところで、エドワードが口を開いた。
『ヘタレ、か。俺のそんなはっきり言うのはお前らくらいだよ…そうだよな。いい加減、素直にならなくちゃな……ありがとう、シャーロット』
私の意図は伝わったのだろう。そう言って、エドワードは屈託ない笑顔を浮かべた。不意にその笑みが、いつかの王子様のものに重なって見えて、僅かに鼻の奥が痛んだ。
⦅あぁ、やっぱりダメか⦆
今すぐに諦めるのは無理そうだ。でも、何がなんでもこの背中は押さなければ。あの意地っ張りで、素直になれない親友のために。
『ほら、早く行きなさい。そうこうしているうちに、他の男に掻っ攫われるわよ』
『それはダメだな…行ってくる』
そう言って前を向いたエドワードの瞳に浮かぶのは、もうあの子の事だけで。胸の奥がチクリと痛んだけれど、そんなものは知らないふりをした。
だって私は、確かにこの人が好きだったけれど、あの子の幸せの方が大事なのだから。誰も幸せになんてなれないこの感情を貫き通すよりも、ずっと。
(さようなら、王子様)
何年も前から四人で過ごした庭園。思い出の詰まったその場所に、ただ一人突っ立って、私は心の中で別れを告げた。
(私の、初恋)
終
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