#8『悪戯の逆襲』
次ぐの日、例のクラブが一瞬で廃部になったことが聖奈姉の口から告げられた。
ーーやっぱりか。
そもそもこのおかしなクラブ自体が冗談で、聖奈姉にとっての悪戯だったのだ。
そんな予感はしていたが、いざ無くなってしまうと微かな寂しさだけが残る。
朝が来るたびに、私は少しずつ聖奈姉の悪戯に慣れてきた気がする。
いや、慣れたというより、覚悟ができたというか。
聖奈姉ちゃんが「普通の姉ちゃんに戻る」と約束したけど、そんな言葉を信じるほど私はお人好しじゃない。
目覚めた瞬間、まず部屋を見回した。
異常はない。
静かだ。窓の外も普通。
イルミネーションもヘリも紙吹雪もない。
「……本当に普通?」
リビングに行くと、姉が朝食の準備をしていた。
トーストと目玉焼き、コーヒー。
普通の朝食。
「おはよー、那奈ちゃん。よく眠れた?」
「……うん。姉ちゃん、今日は本当に普通なの?」
「ふふ、疑り深いね。約束したじゃん。普通の姉ちゃんでいるって」
約束破るような姉は普通の姉じゃない。
と言おうとしたが、そもそも聖奈姉の普通はこれだったことに気付かされ口ずさむ。
聖奈姉がニッコリ笑うと、私は少しだけ安心した。
でも、心のどこかで物足りなさを感じている自分に気づいた。
「ねえ、那奈。今日は一緒に登校しようか? 久しぶりに」
「……いいけど」
聖奈姉の提案に、私は少し驚いた。
悪戯なしで普通に登校するなんて、いつぶりだろう。
学校までの道すがら、聖奈姉と並んで歩いた。
商店街を抜けるとき、昨日までのパレードの跡が残っていて、ちょっと懐かしい気持ちになった。
「ねえ、姉ちゃん。昨日までの悪戯、ほんと大変だったね」
「うん。でも、那奈が喜んでくれてよかったよ」
「……喜んでたかな? 恥ずかしかったけど」
「ふふ、那奈の笑顔、お姉ちゃんには分かるから」
聖奈姉が私の頭を撫でて、私は照れくさそうに笑った。
でも、その瞬間、ふと思った。
「そういえば、姉ちゃんが悪戯しないと、私から仕掛けるのもアリかな」
「……え?」
聖奈姉が目を丸くする。
「那奈が私に悪戯するの?」
「うん。たまには姉ちゃんも驚かせたいなって」
私はニヤリと笑った。
聖奈姉の顔が一瞬引きつったが、すぐに笑顔を取り戻す。
姉としての威厳、と言うものだろうか。
「ふふ、面白そう。那奈にどんな悪戯されるか楽しみだね」
「……覚悟しててね」
私は心の中で、密かに計画を練り始めた。
放課後、私は友達の岬と一緒に作戦会議を開いた。
「那奈、お姉ちゃんに仕返しするの!? 面白そう!」
「うん。でも、姉ちゃんレベルに驚かせるの難しいな」
「そうだね。ヘリとかパレードとか度が超えてるもんね」
「でも、シンプルなのが逆に効くかも。例えば、姉ちゃんの部屋に大量の風船を仕込むとか」
「いいね! それか、姉ちゃんの制服にイタズラするとか」
「制服はダメだよ。学校で困るし」
「じゃあ、お姉ちゃんの靴に何か入れるとか」
「うーん、古典的だけど、悪くないかも」
私はニヤリと笑った。
聖奈姉への仕返し、楽しみだ。
まぁ悪戯のアイデアは岬の発案なんだけどね。
その夜、聖奈姉が寝静まった後、私は行動を開始した。
まず、姉の部屋に忍び込み、ベッドの下に大量の風船を仕込んだ。
朝起きたら、風船だらけでびっくりするはず。
次に、聖奈姉の目覚まし時計を30分早めにセット。
早起きさせて、ちょっと混乱させる。
最後に、姉の朝食のトーストに、ジャムの代わりに激辛ソースを塗っておいた。
「ふふ、これでどうだ」
私は満足げに自分の部屋に戻り、眠りについた。
翌朝、私は聖奈姉の悲鳴で目覚めた。
「うわっ! 何これ!?」
聖奈姉の部屋から風船がドドドッと転がり出てきた。
私はニヤニヤしながらリビングに行った。
「おはよー、姉ちゃん。どうしたの?」
「那奈! 私の部屋、風船だらけだよ! しかも、目覚まし30分も早いし!」
「ふふ、悪戯の逆襲だよ。姉ちゃん、びっくりした?」
「……びっくりしたよ。でも、那奈にしては可愛い悪戯だね」
那奈にしてはってどういう意味合いだよ。
次に聖那奈姉が笑いながらトーストをかじった瞬間、顔を真っ赤にした。
「うわっ! 辛っ!?」
「ふふふ、激辛ソースだよ。どう? 私の悪戯」
聖奈姉が水をがぶ飲みしながら、涙目で私を見た。
「那奈、なかなかやるね……」
「まだまだこれからだよ。姉ちゃんの悪戯に比べたら序の口だけど」
私はニヤリと笑った。
聖奈姉も負けじと笑い返した。
「ふふ、じゃあ私も本気出すか。那奈の悪戯に対抗して、もっとすごいの仕掛けるよ」
「え!? 待って! もう悪戯合戦になるの!?」
「そうなるね。姉妹の悪戯頂上決戦だ!」
聖奈姉が拳を握りしめ、私は頭を抱えた。
「私の平穏な日常、戻ってこない……」
でも、内心、ちょっとワクワクしてた。
聖奈姉との悪戯合戦、どんな展開になるんだろう。