#7『悪戯の静かな余波』
暫くは連続投稿続きます。
朝が来るたびに、私は少しだけ安心できるようになった。
昨日、聖奈姉ちゃんが「普通の姉ちゃんに戻るよ」と言った言葉が頭に残っていて、初めて穏やかな気持ちで目覚めた。
イルミネーションもヘリコプターもマーチングバンドも、もう終わりだ。
目を開けると、部屋は普通だった。
カーテンから朝日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。
「……平和だ」
私はベッドから出て、リビングに向かった。
姉がトーストを焼いてて、ニコニコしながら私を見た。
「おはよー、那奈ちゃん。よく眠れた?」
「おはよう。うん、久しぶりにぐっすり寝たよ」
「ふふ、よかった。ほら、朝ごはん食べてね。普通のトーストだよ?」
「……普通って強調されると逆に怖いんだけど」
私は目を細めたが、姉は笑って肩をすくめた。
「疑り深いなー。姉ちゃん、昨日約束したでしょ? 普通に戻るって」
「……信じるよ。とりあえず」
トーストをかじると、本当に普通だった。
ジャムも甘くて、変な仕掛けもない。
私はホッと息をついた。
でも、心のどこかで少しだけ物足りなさを感じてる自分に気づいて、慌ててその気持ちを振り払った。
学校までの道すがら、姉と並んで歩いた。
いつもならここで何かド派手なサプライズが待ってるけど、今日は静かだ。
商店街のおばちゃんが「那奈ちゃん、おはよう!」と手を振ってくるくらい。
「ねえ、姉ちゃん。昨日までの騒ぎ、みんなまだ覚えてるみたいだね」
「ふふ、那奈の応援キャンペーン、大成功だったからね。お姉ちゃんの愛、ちゃんと届いたでしょ?」
「……恥ずかしかっただけだよ。でも、まあ、嫌いじゃなかったかな」
私は照れ隠しにそっぽを向いた。聖奈姉が私の頭を撫でてくる。
「那奈ってほんと可愛いね。お姉ちゃん、幸せだよ」
「……やめてよ、気持ち悪い」
私は笑いながら姉の手を振り払った。
普通の姉妹の会話。
これでいいんだ、と思った。
学校に着くと、少しだけ違和感があった。校門に風船も紙飛行機もない。
生徒たちも普通に登校してる。
でも、友達の岬が駆け寄ってきて、いきなり目を輝かせた。
「那奈、見た!? 校舎の掲示板!」
「……何? また姉ちゃんが何か貼ったの?」
「違うよ! 見てみて!」
嫌な予感に駆られながら掲示板に行くと、そこには手書きのポスターが貼られていた。
『那奈ちゃん応援クラブ発足! ~聖奈先輩公認~』
「……何!?」
絶対犯人は姉ちゃんじゃねぇか。
ポスターには、私の似顔絵(今回はブタ鼻じゃない)と、聖奈姉のサイン。
そして、「那奈ちゃんを応援したい人、募集中!」と書かれている。
「姉ちゃん、普通に戻るって言ったよね!?」
私が叫ぶと、後ろから聖奈姉の声がした。
「戻ったよ? これは悪戯じゃなくて、那奈への愛だよ!」
振り返ると、聖奈姉ちゃんがニヤリと笑って立っていた。
「愛って何!? 私、クラブのマスコットにされるの!?」
「ふふ、那奈が主役のクラブだよ。昨日までの応援が好評だったから、みんなで続けようって話になってさ」
「……みんなって誰!?」
すると、三年生の友達や商店街のおばちゃんたちまで現れて、「那奈ちゃん、頑張ってね!」と拍手し始めた。
私は頭を抱えた。
「普通じゃないよ! 姉ちゃん、嘘つき!」
「嘘じゃないよ。派手な悪戯はやめたじゃん。今回は穏やかでしょ?」
「穏やかじゃないよ! 私の人生、まだカオスだよ!」
岬が笑いながら肩を叩いてくる。
「那奈、姉ちゃんの愛が止まらないね。応援クラブ、私も入ろうかな!」
「やめてくれー!」
昼休み、屋上で聖奈姉と向き合った。
「ねえ、姉ちゃん。応援クラブって何? 私、恥ずかしいんだけど」
姉は少し真剣な顔で私を見た。
「那奈、ごめんね。やりすぎたかなって思って、悪戯はやめたんだ。でも、那奈のこと大好きだから、みんなにも那奈の可愛さを知っててほしいなって」
「……姉ちゃん」
また胸が締め付けられた。
姉の気持ち、分かるよ。
でも、こんな形で表現されると困る。
「私も姉ちゃん大好きだよ。だから、こんな派手なことしなくても、私、姉ちゃんのこと忘れないから」
「……那奈」
姉の目が潤んだ。
「でもさ、応援クラブ、ちょっと楽しそうじゃない?」
「……え?」
私がポツリと言うと、姉が目を丸くした。
「那奈、乗ってきた!?」
「乗ってないよ! でも、みんなが笑ってくれるなら、まあいいかなって……少しだけ」
「那奈ー!」
聖奈姉が抱きついてきて、私は笑いながら逃げた。
放課後、家に帰ると、聖奈姉がニヤリと笑った。
「ねえ、那奈。応援クラブ、明日から本格始動だよ。期待しててね?」
「待って! また何か企んでるの!?」
「ふふ、企んでないよ。那奈が主役の穏やかなクラブだよ」
「……信じないけど」
私たちは笑い合った。
姉の悪戯は終わった。
でも、その余波はまだ続きそうだ。
私の人生、これからも姉ちゃん色に染まりそうだけど——それも悪くないかも、と思った。
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