#5『悪戯の空中放送』
暫くは連続投稿続きます。
朝が来るたびに、私は自分が何かのリアリティ番組の主人公なんじゃないかと思うようになった。
聖奈姉ちゃんの「明日からはもっとすごいよ」という言葉が現実になるたび、私の日常はどんどん非日常に飲み込まれていく。
目覚めた瞬間、まず窓の外を見た。
いつもなら部屋の中で何か仕掛けられてるけど、昨日は商店街パレードだったから、今日は外に何かあるんじゃないかと思ったのだ。
「……何?」
遠くの空に、小さな点が見えた。
飛行機? いや、もっと小さい。
ドローン? 近づいてくるにつれ、それが何かが分かった。
「ヘリコプター!?」
轟音とともに、家の真上を小型ヘリが旋回し始めた。
窓を開けると、スピーカーから聖奈姉の声が響き渡る。
「おはよー、那奈ちゃん! お姉ちゃんからのスペシャルモーニングコールだよー!」
「……何!?」
ヘリから垂れ下がった横断幕には、でかでかとこう書かれていた。
『那奈ちゃん、今日も可愛く登校してね! ~姉より愛を込めて~』
近所の家からおじさんやおばさんが出てきて、空を見上げて笑ってる。
私は頭を抱えた。
「聖奈姉ちゃん!!! ヘリって何!?」
私がそう叫ぶと、リビングから聖奈姉がニコニコしながら出てきた。
「びっくりしたでしょ? お姉ちゃん、知り合いのパイロットに頼んで特別に飛ばしてもらったんだよ。那奈の朝を最高に盛り上げたくて!」
「盛り上がらない! 近所迷惑すぎるよ!」
「えー? お隣のおじちゃん、喜んでたよ? 『聖奈ちゃんのお姉ちゃんすごいね』って」
それは私を誉める言葉じゃない。
聖奈姉を労う言葉だ。
私は言葉を失った。
確かに、近所の人たちは怒るどころか手を振ってる。
でも、これが普通じゃないことくらい分かってほしい。
学校に向かう途中、私は聖奈姉を睨みつけた。
「ねえ、姉ちゃん。ヘリってどうやって手配したの? お金かかるでしょ?」
「ふふ、心配しないで。お姉ちゃんのバイト代と人脈でなんとかなったから。那奈のためなら惜しまないよ!」
「……私のためって言うけど、私が恥ずかしいだけなんだけど」
「恥ずかしがってる那奈も可愛いからOK!」
聖奈姉の能天気さに、私はため息をついた。
でも、内心、少しだけ感心してた。
ヘリを呼ぶなんて、普通の人にはできない。
学校に着くと、さらにカオスが待っていた。
校庭に着陸したヘリから、聖奈姉ちゃんが降りてきた。
しかも、マイクを持って全校生徒の前でこう叫んだ。
「みんなおはよう! 今日は那奈ちゃんの応援デーだよ! ヘリで那奈の可愛さを全校にアピールしに来たよー!」
「やめてくれー!」
私の叫びも虚しく、ヘリから大量の風船が放たれた。
風船には私の顔写真と「那奈ちゃん最高!」の文字。
しかも、風船が割れると中から紙吹雪が飛び出し、校庭が虹色に染まった。
生徒たちが「うわー!」と歓声を上げ、友達の岬が駆け寄ってくる。
「那奈、姉ちゃんやばいね! ヘリとか映画みたい!」
「映画じゃないよ! 私の悪夢だよ!」
私は頭を抱えたが、周囲の盛り上がりは収まらない。
先生たちまで「聖奈君、すごいね」と笑ってる。
昼休み、校舎の屋上で姉と二人きりになった。
私は意を決して聞いた。
「ねえ、姉ちゃん。なんでこんな派手なことばっかりするの? 私をからかうのがそんなに楽しい?」
彩花姉ちゃんは少しだけ目を細めて、空を見上げた。
「楽しいよ。那奈がどんな反応しても、結局お姉ちゃんのこと忘れないでくれるから」
「……え?」
またその言葉。前にも聞いた気がする。
でも、今回は続きがあった。
「私さ、来年大学で家出るじゃん。そしたら、那奈とこんなバカなことできなくなる。だから、今のうちにいっぱい思い出作りたいんだ」
「……姉ちゃん」
一瞬、胸が締め付けられた。
姉の声に、寂しさが混じってるのが分かった。
でも、すぐに彼女は笑顔に戻った。
「ま、深刻ぶっても似合わないよね。とにかく、那奈が笑ってくれればそれでいいよ!」
「……笑ってないよ。恥ずかしいだけだよ」
「ふふ、そう言いつつ、風船見てちょっと笑ってたじゃん。那奈ってほんと可愛いね」
私は反論しようとしたが、確かに一瞬笑った記憶がある。
認められないけど。
放課後、家に帰ると、私はソファに倒れ込んだ。ヘリ、風船、紙吹雪。
今日だけで私の羞恥心は限界を超えた。
隣に座った聖奈姉が、ニヤリと笑って言った。
「ねえ、那奈。今日楽しかったでしょ?」
「……疲れただけだよ」
「明日も期待しててね。もっとすごいから!」
「待って! ヘリよりすごいって何!?」
私の叫びを無視して、聖奈姉はスキップしながら部屋に戻った。
その夜、私は考えた。
聖奈姉の悪戯、確かに恥ずかしい。
でも、聖奈姉が家を出る前にこんな思い出を作りたいって気持ち、ちょっと分かる気がする。
「明日、どうなるんだろう……」
不安と、ほんの少しの期待が膨らんで、私は眠りに落ちた。
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