#2『悪戯の波状攻撃』
朝が怖い。
昨日、聖奈姉ちゃんが「明日からはもっとすごいよ」と不敵な笑みを浮かべた時から、私の平穏な学生生活は完全に終わった気がする。
目を覚ます前から、すでに何かがおかしい予感がするのだ。
案の定、今朝もその予感は的中した。
「う……何!?」
目を開けた瞬間、視界がピンク一色。
顔に何かが貼りついている。
慌てて剥がすと、それはポストイットだった。そこには姉の達筆な字でこう書かれている。
『おはよう、那奈ちゃん。今日も姉ちゃんの愛をたっぷり感じてね♡』
「……愛?」
疑問に思った瞬間、異変に気づいた。
部屋中がポストイットだらけだ。
壁、机、本棚、天井まで、ピンクと黄色の付箋がびっしり貼られている。
しかも全部にメッセージ付き。
『那奈は寝顔がブサイクだよ』
『宿題やってないよね? 姉ちゃん知ってるよ』
『今日の朝ごはんはパンケーキだよ(嘘)』
「……何!? この労力!?」
私は絶叫しながらベッドから飛び降りた。
すると、足元でカサカサ音が。
見下ろすと、床一面に散らばる大量の紙吹雪。
よく見ると、私の昨日の数学のノートを細かく裁断したものだ。
「聖奈姉ちゃん!!!」
私の叫び声が家中に響き渡った瞬間、リビングから姉の声がのんびり返ってきた。
「起きた? おはよー、那奈ちゃん。朝から元気だね!」
元気なのはお前だよ、と心の中で毒づきながらリビングに駆け込むと、聖奈姉ちゃんはソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
制服姿のまま、まるで何もしていないかのような涼しい顔。
「私のノートを切り刻んだの!? あれ、今日提出なんだから!」
「えー? あんな殴り書きみたいなノート、先生に見せられないでしょ。姉ちゃんが那奈の恥を防いであげたんだよ。感謝してね?」
「感謝!? 殺意しかないわ!」
私は拳を握り潰しそうになったが、姉はニヤリと笑って立ち上がった。
「ま、ノートは私がコピーして学校に持ってくから安心して。ほら、早く準備して。遅刻するよ?」
「……え?」
一瞬、姉の優しさに戸惑ったが、すぐに思い直した。
こいつに素直な親切なんてあるわけない。
絶対何か裏がある。
学校に着いた時点で、私の疲労度はすでにMAXだった。
姉の「ノート持ってくから」という言葉を信じてしまったのが間違いだったのだ。
教室に入ると、友達の岬が目を丸くして私に近づいてきた。
「那奈、見た!? 廊下の掲示板!」
「何? またテストの結果でも貼られたの?」
「違うよ! とにかく見に行って!」
嫌な予感に駆られながら廊下に出ると、そこには巨大な模造紙が掲示板に貼られていた。タイトルはこうだ。
『那奈ちゃんの数学ノート大公開! ~姉が愛を込めて編纂~』
そして、そこには私のノートのコピーが拡大されて貼られ、至るところに姉の赤ペンでコメントが書き込まれている。
『ここ、計算ミスだよ。那奈バカすぎ♡』
『この字、読めないよ。字汚い妹に愛を込めて』
『先生、これでも那奈をよろしくね!』
さらに、ノートの余白には私の似顔絵まで描かれていて、しかもブタ鼻でデフォルメされてる。
「うわああああああ!!!」
私の絶叫が廊下に響き渡り、周囲の生徒たちが笑い始めた。美咲が肩を叩いてくる。
「那奈の姉ちゃん、ほんとすごいね。朝からこれ仕込むとか天才すぎるよ」
「天才じゃない! 悪魔だよ!」
私は頭を抱えたが、内心、姉の行動力に少しだけ感心していた。
いや、感心してる場合じゃない。
昼休み。
私は彩花姉ちゃんを捕まえて文句を言うつもりで、三年生の教室に向かった。
だが、教室に着いた瞬間、異変に気づく。
「……何この匂い?」
教室のドアを開けると、そこには巨大なピザが机の上にドーンと置かれていた。
直径1メートルはあろうかという特大サイズ。
しかも、チーズがとろけて美味しそうな香りが漂っている。
「優奈ちゃん、お待たせー!」
聖奈姉ちゃんが教室の奥から笑顔で手を振ってきた。
「何!? これ!?」
「昼休みのサプライズだよ。那奈が朝怒ってたから、お詫びにピザパーティー開いてあげる。ほら、みんなで食べよう!」
三年生のクラスメイトたちが拍手しながら集まってきて、私は呆然とした。
「え、ちょっと待って……これ、私のため?」
「もちろん! 那奈が主役だよ。ほら、座って座って!」
姉に押し切られるまま席に座ると、みんなが「那奈、いい姉ちゃん持ってるね!」とか「聖奈先輩最高!」とか言いながらピザを切り分けてくれた。
怖えよ、何かの宗教団体かよ。
ーーと思いつつも一口。
「……美味しい」
一口食べて、確かに美味しかった。姉の悪戯にしては珍しく、純粋に嬉しいサプライズ。
でも、油断は禁物だ。
案の定、ピザを食べ終えた瞬間、姉がニヤリと笑った。
「ねえ、那奈。ピザの代金、優奈のお小遣いから出してもらったから。よろしくね?」
「は!?」
私の叫びが教室に響き、三年生たちが爆笑した。
放課後、家に帰ると、私はソファに倒れ込んだ。
朝のポストイット、ノートの公開、ピザの代金請求。
今日だけで悪戯の波状攻撃が3回。
隣に座った聖奈姉ちゃんが、私の頭を撫でながら言った。
「ねえ、那奈。今日も楽しかったでしょ?」
「……疲れただけだよ」
「ふふ、そう言いつつ、ピザ食べてるとき笑ってたじゃん。那奈ってほんと可愛いね」
姉の言葉に、私は一瞬ドキッとした。
確かに、ピザをみんなで食べたとき、ちょっと楽しかった。
でも、そんな気持ちは認められない。
「明日も期待しててね。もっとすごいから」
姉がウインクしながら立ち去った瞬間、私は背筋が凍った。
この悪戯、どこまでエスカレートするんだろう……?