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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第97話

「作戦に、変更箇所があるんです」

「変更箇所?」

「今……雨が降っているんです」

 建物内部にいた『ブルー』の面々が雨に気付いているかどうかわからなかったため、たまかは念のため説明を入れた。

「だから……」

 ごくりと、唾を呑み込む。努めて、冷静に。淡々と。落ち着いて。

「……履き物を……変えてください」

「履き物?」

 軽い調子で、ミナミが訊き返した。その群青色のショートカットを揺らす。

「『ブルー』の二枚歯は……跡が残ると、特徴的でバレてしまいますから。ですから……他の靴に、変えるんです。そうすれば……」

 たまかを捉える、双眸。そちらには、視線を合わせない。ごくんと唾を呑み込む。大丈夫。……冷静に。

「『ブルー』の仕業だと、わからないでしょう……? 現場には、靴跡だけが残るんですから……」

 鼓動が、どくどくと五月蠅かった。ミナミが自身の履き物を見下ろして、「ああ……」と呟いた。軽く片足をあげて、裏の二枚歯を確認する。

「確かにな。てめえは細かいところに気が付くな」

 軽い調子でそう言うと、「わかった」と短く請け負った。ソラとカイは返事をしなかったが、異論もないようだった。

「それと、作戦決行時は必ず三人以上で行動してください。二人以下に、決してならないように……」

 たまかは自身の心臓を落ち着けるように、胸元に手を置いて続けた。ミナミはそれにも素直に頷いた。

「わかった。それで以上か? あとはあっしらに任せろ」

「はい。水面さんは……私に任せてください。必ず、救ってみせます」

 たまかは、倒れたままのソラへ手を伸ばした。

「ソラさんも。私は喧嘩は弱いですが……それでも、私なりの武器は持っているんです」

 ソラの息は、もう乱れていなかった。差し出された手をしばし見つめたあと、ソラは乱暴にその手を取った。立ち上がったソラは、サイドテールを揺らしてたまかを見下ろした。むすっとしている顔付きに反して、何も言葉にはしなかった。その横でミナミが立ち上がる。身長の高いソラと低いミナミのでこぼこに、カイも一歩近づき横へと並んだ。三人は、たまかへと視線を向けた。たまかは気を引き締め、その視線を受け止めた。

「行ってきます」

 そう一言残し、エレベーターホールへと戻るため、背を向けた。駆け出す。後ろから別の少女の声で、「そろそろ時間だ!」と叫ぶ声がきこえてきた。三つの二枚歯の音が遠ざかる音をききながら、たまかはエレベーターへと乗り込んだ。




***




 白と灰に覆われた、昼下がりの空の下。油紙傘から落ちていく雨が、白い制服から伸びた腕に当たって跳ね、地面へと落下していく。濃い紅色から薄い桃色へと変化するグラデーション、そこに散りばめられた花の模様。まるで『レッド』の制服のような表面へ、切れ間なく落ちてくる雨の音。たまかは僅かに油紙傘を傾け、顔をあげた。溜まった水が一気に後ろへと流れ落ちていった。広くなった視界に、見たことのある景色が広がった。『ラビット』の敷地の前、以前コンビニ帰りの姫月と会った場所だ。小さい水溜まりを跳ねて、たまかは足早にその敷地内へ入ろうとした。しかし、中からたまかへと向かってくる人影が目に映り、思わず足を止めた。その少女はフリルとレースとリボンで埋め尽くされた黒と白の制服を着ていた。彼女は必死に、縋るようにこちらへと走っていた。その距離が短くなった時、彼女は叫んだ。

「林檎!」

 桃色と紫色のメッシュの入った長い白髪の二つ結び、頭にちょこんと乗るミニハット。姫月だった。彼女は傘もささずに飛び出してきて、雨に打たれながら愕然とした顔をした。

「あ……」

 傘の下の顔を見て、彼女は顔を歪めた。たまかは歩みを再開させ、ゆっくりと近づいた。姫月の前で足を止めると、油紙傘を前に掲げ、姫月の身体を入れた。

「これ……拝借したんです。林檎さんの油紙傘……」

「……そう、だよね。ごめん……」

 項垂れた姫月の身体は、とても小さかった。

「きいたよ、……林檎が死んだ、って。ちゃんとわかってる。わかってるから……」

 最後は雨の音にかき消されそうなほど、か弱かった。

「……」

「わかってるから…………」

 譫言のような呟きがか細く漏れる。油紙傘から水が垂れて、姫月の白髪を濡らしていった。

「……姫月さん」

 たまかはそんな姫月を見つめながら、強く、はっきりと姫月の名前を呼んだ。

「今……水面さんが財団に一人で乗り込んでいるようなのです」

「……水面が?」

「林檎さんが殺されたから……恐らく敵討ちへ向かったんだと思います」

 姫月は迷子の子供のような瞳で、たまかを見上げた。

「このままでは危険です。一緒に水面さんを止めに行って頂けませんか」

「……」

 ぱっちりとした睫毛の彩る二つの瞳が、横へと逸らされた。

「……うちが行くべきではないよ。『ブルー』の子を頼りなよ」

「今日は銀行強盗の作戦決行日で、『ブルー』の方達はそちらに向かっているんです。それに……きっと水面さんを止められるのは、姫月さんしかいません」

「……」

 姫月は唇を噛んだ。俯くと、首を静かに横へ振った。

「悪いけど、行けない。あいつは『ブルー』の長で、うちは『ラビット』の長だ。あいつの行動に関渉すべきでないし、あいつだってうちに関渉される筋合いはない」

「……」

「うちらはもう、敵対組織の長同士という関係なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。あの写真は過去の話。あいつに関わることは出来ない」

 姫月の表情は、たまかからは見えなかった。たまかは油紙傘を握る手に、力を込めた。

「本当にいいんですか?」

「……」

「本当に……これ以上、友人を失っていいんですか?」

 降り続ける雨は、油紙傘からはみ出した二人の肩を叩いた。冷たい雨が、腕を伝って地面へと流れていく。

「姫月さんは本当は誰よりも、三人でまた一緒に話したいと思っていたんじゃないんですか?」

「……違う」

「じゃあ、なんで……三人の写真を飾って、毎日それを眺めていたんですか?」

 三人の笑顔の写真。きっと三人にとって、一番幸せだった頃だ。

「…………」

 返事は返ってこなかった。雨が傘に当たる音だけが、辺りに響いた。

「……現実は、変えられないんだ」

 やがて、雨の音に混じって、ぽつりと弱々しい言葉が加わった。

「殺した『ブルー』の奴は帰ってこない。それは復讐の名のもと殺された希星、七音、詩が帰ってこないのと同じだ。今更何を言っても無駄。赦されることはないし、赦すことも出来ない。うちらはそうやって生きていくしかないんだ。過去は変えられないんだよ」

「でも、未来は変えられます」

 たまかはその透き通る目を、真っ直ぐと姫月へ向けた。

「そして、水面さんは変えようとしていました。林檎さんだって、それを受け入れようとしていました。……結局三人とも皆、お互いを求めていたんです。本当はもう一度笑い合いたいと思っていたのに、赦されないと信じて皆耐え続けていたんです。……もう、止めにしませんか。そんなの、誰も幸せになれません」

 姫月が、僅かに顔をあげた。その視界に訴えるように、たまかは真摯な瞳で声を張り上げた。

「水面さんを失わない選択は、姫月さん、今貴方が掴める未来です」

「……」

「三人で笑い合う未来はもう失われてしまいましたけど……水面さんまで失って、本当にいいんですか?」

 姫月は眉を寄せ、視線を下げた。その唇は固く結ばれていた。

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