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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第94話

「それでも、まだ疑問は残るけどね」

 アカネは怒りの中でも冷静さを失っていなかった。

「最後、『ブルー』の奴が戻ってきたからって撤退する理由がよくわからん。もちろん『ブルー』の人員という戦闘慣れした奴を敵に回すのを避けたんだろうけど、あの朱宮さまを相手取った連中が、手練れが一人追加されたぐらいで逃げることを選ぶのは違和感が残る」

「そうですね。それに……財団はもちろんですが、……わたくしは、なにより朱宮さまの行動が解せないのです」

 サクラは言い辛いのを誤魔化すように、自身の指先を摩った。

「猫探しが財団に繋がる重要な任務だったことは理解しましたが……朱宮さま自ら行くことは、本当に必要だったのでしょうか? たまかさんに身の危険が迫っていると予測していたのなら、わたくし達を盾にさせるべきだったのではないでしょうか? それに、万全な装備を用意して自らとたまかさんに装着すればよかったのに、それもなさいませんでした。一体、どうしてなのでしょう? もちろん、朱宮さまの為すことにはすべて意味があると理解してはいるのですが……」

 サクラは顔を伏せ、「あの時、止められていたら……」と小さな声で吐き出した。

「違和感はあったのです。出かけ際に突然、手紙の場所を言い残したり、お顔が優れなかったり……」

 今にも消え入りそうな声は、後悔に溺れていた。アカリは慰めるようにサクラの背中を摩った。

「……朱宮さまが自ら赴いた理由は、ある程度予想出来るわ。猫の情報は、たまかさんの命運と財団に繋がる極秘情報だったんだもの。例え『レッド』の仲間であるうち達に対しても、猫の情報が漏れる事を避けたかったのよ。だから、朱宮さま自ら向かうしかなかったんだわ」

「その割には、『ブルー』は普通に部下をつけさせてたけどな。縹の情報に対する意識があまりにも低すぎる」

 アカネは舌打ちをしそうな勢いでそう言った。

「猫さんの、情報……」

 たまかはぽつりと零した。たまかにとって、猫の情報は財団から身を守る、自分の命に等しい価値を持つものだった。当然その重さは量り知れないものだが、それはあくまでたまかにとってなのだと思っていた。しかし、今ならわかる。そのたまかを次期長に据えようとしていた林檎にとって、たまかが死ぬことは何よりも避けたいことだったはずだ。つまり、林檎にとっても猫の情報は極めて重要なものだった。『レッド』の部下にさえ、誰一人にも洩らせない程に。……誰一人にも?

「では、朱宮さまはなぜ万全な装備をなされなかったのでしょうか? 今日は防弾チョッキも着ておられなかったようでした。危険な場所に行くと知っていながらです」

 思考の海に沈んでいたたまかは、サクラの言葉にはっとして顔をあげた。

「それは……」

 たまかはそこで言葉に詰まり、口を閉じた。その先をサクラ達に口にするのは憚られた。

 林檎が巡らせた策は、最後に自分が死ぬ必要があった。防弾チョッキを着ていて万一生き残ってしまったら、狙い通りにたまかを長の席に据えることは出来ない。

(いえ、でも……本当に?)

 達筆な文字が並ぶ手紙が、頭の中で花の香りとともに蘇る。

(私を長の席に座らせるために……林檎さんは、本当に死ぬ必要があった?)

 胸部を真っ赤に染め、項垂れた長の頭が過る。

(長の席を空けるのに……何も死ぬ必要なんてない。最初から期間を設けることを前提としていたのなら、林檎さんが怪我で動けなくなるだけでいいはずです。腹部を撃たれた時点で、もう目的は達成していたんじゃ……?)

 俯き、黙り込んでしまったたまかの頭上部、綺麗なつむじへと、三人の視線が集まっていた。それを振り払うかのように、たまかは勢い良く顔をあげ、その薄桃色の髪を揺らした。

「サクラさん」

「は、はい。なんでしょう?」

「林檎さんが次期長についてサクラさんに意思を打ち明けたのは、いつですか」

 サクラは一瞬呆けたあと、記憶を辿るようにその視線をあげた。

「……えっと、たまかさんが朱宮さまの言伝を持って『ラビット』へ向かった時がありましたよね? たまかさんが初めて『ラビット』を訪れた時です。あの時、たまかさんを救出した報告をした後に告げられました」

「……思っていたより随分前ですね。林檎さんの様子と指の胼からして、遺書を書いていたのは昨夜のはず……。きっとその間に、怪我をして身動きが取れなくなることから撃たれて死ぬことに策を変えざるを得なくなった」

「?」

「そもそも、今回猫さんが見つかる可能性だって絶対じゃありませんでした。猫が見つからなかった場合、財団が手を出すこともないわけで……それなのに林檎さんは遺書を書いた。まるで今日死ぬことがわかっていたみたいに」

 三人は訳が分からないというように、ぽかんと口を開けたまま、たまかを見つめていた。たまかには、目の前の三人は映っていなかった。

「つまり、例え猫さんを探し出せなかった場合でも、自分が殺される確証を持っていたということになります。死因に猫さんは関係ない……?」

 三人は短く顔を見合わせた。しかし誰も、声をかけてたまかの思考を邪魔しようとはしなかった。

「では、猫さんが関係ないのなら、なぜ林檎さんは今日死ぬと思ったのでしょう? 今日に何か特別な意味があったということ……? 今日……今日は猫探しの任務があって……あとは——」

 一に情報、二に情報。たまかの持つ武器は、頭だ。自身の今いる、この知略を武器にする地と同様に。

「…………銀行強盗の決行日……!」

 見開いた瞳が、僅かに震えた。たまかは勢い良くサクラへと向き直った。

「サクラさん! 『レッド』が銀行強盗の決行日の情報を得たのは、いつですか?」

「……バレてましたか」

 一応、『レッド』は銀行強盗の件に干渉しないスタンスを取っていた。しかし盗聴はお手の物、情報を主力武器とする『レッド』が黙っているわけがない。

「昨日です。『ブルー』にいる椛とは極力接触を控えているので、情報の入手に少々時間がかかるのですよ」

「昨日……なるほど、恐らくそれが遺書を書いたきっかけです……!」

 銀行強盗の決行日が今日であると知ったから、彼女は自分の死を悟ったのだ。

「でもどうして……? 銀行強盗は直接『レッド』には関係がないはず……そもそもこの件に関わることを断ったのは林檎さんの方……」

 銀行強盗を決行することによって、林檎に一体どんな影響が出る? 直接的な関わりはゼロのはずの、この二つの因果関係は?

「……林檎さんは、猫探しの件の内容を皆さんには伏せていたんですよね? 林檎さんはもともと今日、何をする予定だったんですか?」

「猫探しだということは知りませんでしたが、もともと任務で出かけるとは伺っておりました。そもそも銀行強盗の日程を聞く前から決まっていたのですよ。茜が既に『ブルー』に話をつけに行っておりました」

「ああ、『ブルー』のいかにも横柄そうな奴に話をつけにいったよ。三者会談の翌日だったかな。『ブルー』は情報の扱いがぞんざいだから、縹まで情報が上がったのはそれより大分後だろうけど」

「三者会談の翌日……つまり猫探しの日程は既に決まっていて、そのあとその日程に銀行強盗の決行日が被ったということ……それが林檎さんにとって死の合図だった……?」

 銀行強盗の決行日が被ることで、猫探しに一体どんな影響が出るだろう。

 銀行強盗の作戦を立てたのはたまかだ。『ラビット』が実行役であり、『ブルー』が敵の牽引役である。林檎に劣るとはいえ、その策は出来る限りを尽くした、たまかにとって最善のもの。

「作戦が失敗すると思った……? ですが車中で林檎さんは成功を確信している素振りでした。では、財団にバレて報復されると思った……? でも作戦が成功したのだとしたら、それこそ『レッド』の一人勝ちです。『レッド』だけは作戦に関与していなかったのですから、報復を免れるはず。……いえそもそも徹夜で遺書を書いたのですから、そんな近い未来の話ではなく、確実に猫探しで命を落とすと予測していたということ……。銀行強盗が、猫探しに影響するもの……? そんなの……」

 たまかははっとして、自身の思いついた言葉を口から叫んだ。その声は、一人によるものではなかった。たまかの独り言を黙ってきいていた三人の声も重なっていて、少女達の四重奏となっていた。三人はたまかに宛てた林檎の遺書の中身も、たまかと林檎の会話も知らないが、たまかの漏らす断片的な言葉達によってその頭を動かしていた。『レッド』は叡智が集まる場所である。三人の知恵は、たまかと同じ結論を導き出していた。

「……つまり、猫さんの情報を出したのは鎌を掛けるため。『不可侵の医師団』襲撃事件の全貌を話さなかったのは、確実に私から自分へと狙いを逸らすため」

 彼女は『不可侵の医師団』襲撃事件の真相を話さなかったのではなく、話せなかったのだ。

「私は文字通り、林檎さんの死によって命を守られた……!」

 林檎は今日、猫探しの最初から最後まで、たまかの命を守ることに全力を注いでいたのだろう。たまか以上に慎重に周りに目を配り、その胸中ではたまかの身を守るために状況に合わせて策を講じ続けていた。そして、彼女の尽力は実を結んだ。

「……私、水面さんのところへ行かないと……!」

 たまかが逸る気持ちをなんとか抑えながら、絞り出すように声をあげた。水面には、沢山伝えなければならないことがある。焦りのまま足を動かしかけた時、サクラの真面目な声が響いた。

「待ってください」

 制止する声は、淡々としていた。その瞳は、大事なことをきいていない、と訴えているかのようだった。

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