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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第92話

「まず、前提からとなりますが……御三方は、現場で一体どのような任務をなさっていたのですか?」

「猫探しです」

 もう猫と接触したことも猫の居場所も財団にばれてしまった。猫の情報を隠す必要はないだろう。言い換えれば、財団にとってたまかを生かす理由は完全に無くなり、現在は『レッド』の長の肩書によって守られている状態だということになる。

「猫探し……? どうして朱宮さまは猫探しなんてしていたんですか? それに、そんな任になぜ朱宮さま自ら向かったのでしょう?」

「……私が財団に狙われていたのは、猫さんの情報を持っていたからなんです。本当に財団が追っているのは、私ではなく猫さんでした。それで、その猫さんから財団の情報を得るために、猫さんを探していたんです」

 たまかは一度躊躇ったが、柩を一瞥してから口を開いた。

「林檎さんが自ら赴いたのは……その時、私の身に危険が訪れると予測していたからです。私を守るために、同行してくださっていました」

「……私らに向かわせればよかったのに……」

 アカネが、ぽつりと悔しそうに零した。

「なるほど。では……その任務は結局どうなったのでしょう。件の猫はどこに?」

 サクラは事務的な流れで次の質問に移った。流れとしては当然であり、最もな疑問である。

「……。あ……」

「?」

 突然固まったたまかに、サクラは小さく首を傾げた。アカリとアカネが顔を見合わせる。頭が真っ白になって、視界から三人の表情が消えた。

 そうだ。林檎の死に気を取られ過ぎていて、全く気付かなかった。血の気が引いたまま、呟く。

「ど、どうなったんでしょう……」

「え?」

「あ?」

 顔を青くしたたまかへ、三人は眉を寄せた。たまかは頭を抱え、ぽつりぽつりと吐き出した。

「私、林檎さんが撃たれて動揺してしまって……。それで、猫さんのことがすっかり頭から抜け落ちてしまって……それで……」

 ……あのあと、猫は一体どこへ消えたのだろう?

「なんとなく、察してきました。朱宮さまが撃たれたことに気が動転して、探していた猫を見失ったのですね。たまかさんは三組織に所属していたわけでもない一般人でしたから、無理もありませんよ」

 サクラは咎める事もなく、冷静にそう言った。

 たまかの血の気が引いた頭の中で、林檎の最後の言葉がフラッシュバックした。彼女は最期、猫、と言い掛けていたのではないか。たまかの注意が猫から逸れることを、警告しようとしていたのではないか。

「猫を見失ってしまったのは、その状況では仕方ありませんよ。逆に深追いしてたまかさんが死ぬようなことがなくて良かったと見るべきです」

 アカリが手を合わせて、たまかの心情を慮るようにそう言った。

「それに、部分的な情報からでもわかることは多いわ。まず、猫の姿は見たのですか?」

「は……はい。私と、林檎さんが確認しています。財団に繋がる情報は、特にありませんでした」

「ふむふむ……。たまかさんは、その猫を捕まえましたか?」

「はい。猫さんを抱えた時に、一度目の発砲がありました。猫さんか私を狙ったものでした。その時、林檎さんが庇ってくれて……林檎さんは腹部に銃弾を受けました。ただ、致命傷ではありませんでした」

「つまり、一度目の発砲の時は、確実に猫がたまかさんの腕の中にいたのね」

 アカリはそのおっとりとした顔付きを真剣なものに変えて、状況を整理する。アカネが横から、「その後二度目の発砲が?」と続きを促した。

「はい。その時は負傷した林檎さんを支えていましたから……既に猫さんは私の腕から逃げていたことになります」

「銃声に驚いて、現場から逃げてしまったのかもしれませんね」

 アカリの言葉に、アカネが険しい顔で続ける。

「それだったらまだいい。そのあと財団に捕まった可能性も高い。現場に財団の奴らがいたのは確実なんだから」

「……確認なのですが。財団は猫を探していたのですよね。探し出して、どうするつもりだったのですか?」

 サクラがたまかへと神妙な顔で尋ねる。

「殺すつもりだったんじゃないかと思います。そもそも私がその猫さんに出会った時、瀕死の状態で……それが財団の仕業だったんじゃないかと、林檎さんは推察していました。ならば財団は、猫さんを始末しようとしていたことになります」

「つまり捕まえる必要がない、ということですよね。ならば現場に猫の死体が残っているか、猫が無事に逃げおおせたかの二択となるんじゃないでしょうか」

「いや、例えば猫の死体に利用価値がある場合、話が違ってくる。死体が目的なら財団に連れて帰るはずだ」

「それならたまかさんが猫と出会うのはおかしくありませんか? ……いや、猫が財団から脱走していたと仮定すればあり得るか。その場合、財団は随分とお間抜けですが……」

 サクラは肩を竦めたあと、「猫については、現場周辺で死体がないかだけ確認しましょう」と結んだ。

「それより……今の話で、不自然な点がさらに増えました」

「え?」

 サクラは、ぴんと人差し指を立てた。

「一回目の銃撃。これは猫……か、たまかさんを狙っていたんですよね?」

「はい。銃弾は、猫さんを抱く私へ向かってきていました」

 人差し指の隣で、続けて中指も伸ばされる。

「二回目の銃撃。これは朱宮さまの胸部に当たったのですよね?」

「はい。……致命傷でした」

「おかしくないでしょうか?」

 サクラは二本の指を引っ込めると、掌を天へと向けた。

「一回目は猫を狙っていたのに、なぜ二回目は猫を狙わなかったのでしょう? そして、一回目は狙わなかったのに、なぜ二回目は朱宮さまを狙ったのでしょう?」

 二か所の銃創を思い起こす。一つは林檎の腹部、そしてもう一つは林檎の胸部だ。

「胸部が精確に狙われていますから、これは狙って朱宮さまを殺そうとしています。たまかさんや猫へ撃った流れ弾ではありません。たまかさんの話を聞く限り、財団の狙いはあくまで猫とたまかさんだったはずですよね? どうして朱宮さまが殺されたんでしょうか?」

「一度目の弾が朱宮さまに当たって手負いになったから、チャンスだと思ったのかしら? 『レッド』の長が無防備になる機会なんて、そうそうないもの」

「確かにその展開になるのはわかるのですが、それならなぜたまかさんは生かされたのでしょうか? 本来のターゲットは猫とたまかさんであり、猫は逃げてしまったと仮定しても、たまかさんを殺さない理由がありますか?」

 一度言葉が途切れ、白い制服に身を包む少女へと視線が集まった。

「……あんたのことをよく知らなかったら、『つまりこいつが朱宮さまを殺したってことだ』って言ってたところだったよ」

 アカネは腕を組むと、鼻を鳴らした。たまかは何も言うことが出来ず、口を閉じたまま顎を引いた。

 ……確かにそうだ。財団にとって、自分は用済みのはずだ。なのにどうして、もともと狙われていなかった林檎が殺されて、狙われていたはずの自分は生き延びているのだろう?

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