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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第91話

 その時、控えめに扉がノックされた。たまかが返事を返すと、ゆっくりと扉が開き、アカリが姿を現した。彼女はお盆を持っていて、その上には湯気の立つ三つのマグカップが鎮座していた。サクラは慌ててそっぽを向いた。真っ赤な目と鼻を見られたくないようだった。

「マシュマロ入りのホットチョコレートです。よかったら」

 アカリは柔らかな笑みを浮かべて、桃色の髪をふんわりと揺らした。机に御盆を置くと、真っ先にサクラへと差し出す。

「桜ちゃんの分よ」

 そっぽを向き続けているわけにはいかなくなった。サクラは決まり悪そうな表情で顔の向きを戻し、視線を逸らしながら小さく「ありがとうございます……」と御礼を言った。

「気にする必要ないわよ? うちも沢山泣いちゃったもの」

 自分の赤い目を指差し、アカリは恥ずかしそうに笑った。それから御盆の上のマグカップを一つとり、今度はたまかへと差し出す。

「こちらはたまかさんの分。桜ちゃんがすっきりした顔になったのは、たまかさんのお陰よね。ありがとうございます」

 チーズケーキと紅茶だけに留まらず、ホットチョコレートまで。たまかは恐縮したが、しかしこれはアカリなりの御礼の形なのだと気付いて、両手を伸ばして受け取った。きっとアカリも、サクラを心配していたのだろう。

「いえ、そんな。……頂きます」

 マグカップを傾けると、濃厚な甘さと、包み込むような温かさが口に広がった。しばらく三人で、ホットチョコレートの甘さに浸った。言葉はなかったが、身体にじんわり染みるような心地よい時間だった。

 マグカップの中の残りが少なくなったとき、サクラが真面目な口調でアカリの名を呼んだ。

「そろそろ皆を呼び戻しましょう。『レッド』の次期長について、伝えなければ。わたくしはこの階にいる者達を担当するので、灯は——」

 その時、再び扉がノックされた。素早く短い間隔で叩かれた音は、意外にも律儀に室内の返事を待ってくれた。

「はい。どうぞ」

 サクラの言葉を受け、扉が開けられる。そこにはアカネが立っていた。サクラとアカリは少し驚いたような顔をした。アカネは姿勢悪く扉にもたれかかった。

「朱宮さまを安置している部屋に、幹部たちを再度集めておいた」

 部屋の者はその言葉に目を丸くした。そんな三人の手にあるものをアカネは一瞥する。

「それ飲んだら来な。以上だ」

 それだけ言うと、アカネはすぐに背を向け、部屋から出て行った。颯爽と消えた姿から遅れて、支えを失った扉が静かに閉まった。

「流石ね」

 アカリは柔らかく笑った。サクラも頷いて、マグカップに残ったチョコレートを飲み干した。

「手間が省けましたね」

「……アカネさんも、ホットチョコレート、飲みたかったでしょうか」

 残ったブラウンを見下ろしながらたまかが零すと、アカリとサクラはきょとんとして顔を見合わせた。

「どうでしょう。茜は過干渉を嫌いますからね」

「茜ちゃんは一匹狼タイプなんです。きっと欲しかったら声をかけてくれるから、そうしたら作ればいいと思うわ」

「なるほど……」

 『レッド』の皆にも適切な距離感があるのだ。そんな気付きを得ながら、たまかはマグカップの中を空にした。

「では、行きましょうか」

 三つの空のマグカップが御盆に並んだ時、サクラは椅子を引いて立ち上がった。

「新しい『レッド』の長の、お披露目です」




 たまかの長就任の周知は、恙無く終了した。期間限定の臨時の長であること、またサクラがその後釜に就くこと、何より今回の余所者の長は林檎の指名した人物であることから、反発の声はあがらなかった。今はまだ林檎が死んでから間もなく、たまかにもやることがある。そのため、詳しいことは改めてということで、たまかは一度解散を指示した。

(さすがに緊張しました……)

 無事に終わって安堵のため息をつく。しかしこれはスタートラインに立ったに過ぎないのだ。林檎の言う『平和な世界』実現への尽力は、まさにこれからだ。

 部屋を見渡すと、三つの人影が残っていた。サクラとアカリ、そしてアカネだった。三人の表情は真剣で、唇は固く結ばれていた。その視線は、全て柩へと向けられていた。たまかも、悲し気な瞳を同じ方向へと向けた。

(林檎さん……最初の一歩を踏み出しましたよ)

 彼女はこの光景に、満足してくれるだろうか。そんなことを思案するたまかへ、サクラが静かに近づいた。

「たまかさん」

「はい」

 名前を呼ばれ、顔を上げる。サクラはいつもの真面目な顔で、真摯な目を向けていた。

「朱宮さまが撃たれたときのこと、詳しくきいてもよろしいでしょうか」

「え?」

 アカリとアカネもたまかのもとへと集まって来る。どうやら皆、このために残ったようだった。

「情報は何にも優る武器となります」

 柩の中の人と同じことを言って、サクラは毅然と続けた。

「『レッド』の主力武器は情報です。朱宮さまの敵討ちにおいて、まずは情報を集めることが何よりも先決。これが『レッド』のやり方ですから」

 三人の顔を見渡す。どの瞳も、静かに闘志に燃えていた。その気持ちに応えるように、たまかも表情を引き締める。

「わかりました。ですが……カイさんと一緒の時にした状況説明で、ほぼ全部ですよ」

「……たまかさんの話を聞く限り、不自然な点が多いのです」

 サクラは強張った顔で、しかしきっぱりとそう言った。かく言うたまかも、林檎の死亡後『レッド』の長の件にばかり頭が占領されていた。静かに振り返る時間は与えられていなかったため、確かに見落としがあってもおかしくない。

「お伺いしても?」

 『レッド』は知略に長けた者達の集団だ。彼女達の意見は、何かの突破口になるかもしれない。たまかの言葉に、サクラは小さく頷いた。

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