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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第90話

「サクラさんは、頭がいいですよね」

 藪から棒の言葉に、サクラはすん、と鼻を啜った。

「アカネさんやアカリさんを取りまとめていたことからも、サクラさんの立ち位置はかなり高いことが窺えます。林檎さんから唯一次期長についての意思をきいていたことからしても、林檎さんからの信頼も厚かったことがわかります。『レッド』の右腕的存在だったんじゃないでしょうか。知略を武器とする『レッド』でそのポジションということは、サクラさんはかなり頭がいい人物だということが察せられます」

 じいと見上げ、たまかは綽綽と続けた。

「ならばわかるはずです。林檎さんが、どうして死亡状況の報告の任を解いたのか」

「……え?」

「ご自分で言っていたじゃないですか。感情を隠すことが出来ない、って」

 サクラは丸みを帯びた袖から伸びた腕で、静かに涙を拭いた。一度しゃくりあげる。

「死亡状況の報告の度に、その声から悲しみが透けていたからじゃないですか? そのお話は昔のことのようでしたし、仲間が死亡することにまだ慣れていなかった時期だと考えられます。抑えきれない程悲しみに染まるサクラさんを見かねて、林檎さんはその任を解いてくれたんですよ」

「そ……それはあり得ません。朱宮さまは情は切り捨てるお方です。わたくしのことを軽蔑や叱責こそすれ、そんな同情で任の采配を変えるなどと……」

「だから……林檎さんも、感情を殺すのが下手だったってことじゃないですか?」

 眉を寄せて笑い掛けたたまかへ、サクラは唇をわなわなと震わせ、「不敬!」と叫んだ。

「それに、林檎さんは本当にサクラさんに失望していたのですか? 失望していた相手に、次期総長についての伝言なんて預けると思いますか? その遺言を託されたのは、サクラさんただ一人だったのですよ?」

「それは……たまたまその場にいた相手だったというだけでしょう」

「林檎さんは常に正しい判断をされる、って言っていたじゃないですか。林檎さんのすることには、必ず裏に意味がある。サクラさんに任せたのだって、絶対偶然じゃありません。サクラさんを信頼し、期待したからこそでしょう。そしてそれはやっぱり正しかった」

「……」

「次の『レッド』の長を告げたとき、サクラさんの真剣さが、その言葉の端々から滲んでいました。ひたむきで一生懸命なその様は、まるで一人だけ受け取った神託を、一字一句漏らさないように伝えるかのようでした。部屋の人達だって、私だって、そんなサクラさんの姿を見たからこそ、その耳を疑うような話を信じたのです。これ以上の適任者はいませんでした」

 つまり、と続けて、たまかは笑みを浮かべた。

「感情を抑える必要なんてないんです。それはサクラさんの長所として捉え、有効活用すべきなんです。林檎さんだって、そう考えたはず。……林檎さんになろうとしなくていいんです。サクラさんらしくすればいい」

「……自分らしく……」

 涙は止まっていた。頬は相変わらず濡れていたが、サクラは僅かに顎を引き、そして、部分的にくしゃくしゃになってしまった封筒を見下ろした。

「林檎さんは、きっとサクラさんに失望なんてしていません。未熟だとも思っていません。その手紙の中に、恐らく答えが書いてあります」

「……」

 たまかはそれ以上、何も言わなかった。サクラも無言で封筒を見つめ続けた。やがてサクラはすとんと席に座り直した。黙ったまま封筒の中に手を入れる。一瞬躊躇うかのようにその動きを止め、しかし中の便箋を掴み、ゆっくりと外へ出した。サクラは唾を呑み込み、不安な表情のまま、おそるおそる便箋を広げ、視線を動かし始めた。たまかは無言で、その顔を励ますように窺い続けた。

「えっ!?」

 突然サクラが声をあげた。驚愕に染まった声だった。今まで手紙を渡してきた人達にはなかった見たことのない反応に、思わずたまかも目を丸くする。サクラは眉を寄せて、難問の書かれた問題集を前にした時のような顔で続きを読み進めていった。たまかもぱちぱちと目を瞬かせてから、引き続きそれを見守った。しばらく文字を追って、手紙の中でその驚愕や疑問は解決を迎えたらしく、サクラは徐々にその顔を戻していった。それから彼女の顔は歪みはじめ、目に並々と涙が溜まり始めた。次にどうなるかは、たまかにも予想がついた。彼女はその通りに、机に突っ伏して泣き崩れた。涙が引くのを待っては手紙を読み進め、しばらく読んでは泣き崩れることを繰り返し、サクラはようやく、林檎の手紙を読み終えたのだった。




「……たまかさんの『レッド』の長って、任期を設けていたのですね」

 真っ赤に染まった目と鼻を動かし、サクラは一度しゃくりあげてからそう言った。その手にある便箋を、封筒の中に仕舞いなおす。

「そうですよ。言っていませんでしたっけ」

「聞いていません」

 サクラはハンカチで涙の跡を拭ったあと、ふうと息を吐いた。

「つまり……たまかさんは臨時の長、ということになるんですね?」

「そうですね、その認識で合っています」

 たまかはあくまで『不可侵の医師団』の者だ。林檎の遺志を継いだとはいえ、長らくその席に留まるというわけではない。林檎の手紙にも、財団の脅威が去るまでの間だけでも、との記載があった。林檎ももとより『レッド』の者になれとは言っていない。

「あくまで私は仮の長です。期間は決めていないですけれど……いずれは去りますよ」

「なるほど……」

「……それよりも、林檎さんは、なんと? サクラさんに失望していましたか?」

 サクラの顔つきや反応から、そんなことが記されていたはずがないということは明白だった。すぐに否定の言葉が入ると思いきや、サクラは口をまごつかせて封筒に視線を落とした。たまかが不思議そうに見守っていると、ぽつりと呟かれる。

「……『レッド』の長に、わたくしを据えたい、と」

 どうやら少し照れているらしかった。たまかはその言葉に顔を明るくする。

「良かったですね! 林檎さんはやっぱり、サクラさんを認めていたんですよ」

「朱宮さまのことですから、最初は二枚舌外交でも始めたのかと思いましたが……読み進めていくうちに、たまかさんが一時的な長なのだとわかりました。わたくしは、たまかさんの後釜を任されたということになります」

 サクラは顔をいつもの真面目なものに戻し、僅かに身を乗り出した。

「これは、幹部たちへの伝達の際に必ずつけた方が良い情報です。いきなり外部の者を長に任命することになりますから、それは期間限定であること、またその後『レッド』の者が継ぐことが決まっているという情報は安心材料になり得ます。反発が出ることを避けるためにも、周知を徹底した方がよろしいかと」

 すっかりいつものサクラだった。たまかは嬉しそうに頷いた。それから何かに気付いたように、サクラは少し言いにくそうにして続けた。

「ただ、この情報を言うとき……ちょっと浮かれてしまわないか心配です。立場に拘泥しているつもりはないですが、朱宮さまに認められた証拠ではありますから」

「感情を抑える必要なんてないんですよ?」

「たまかさんはそう言いますけど……わたくしはやっぱり、朱宮さまのようになりたいのです。朱宮さまなら絶対に言葉に感情を乗せず、完璧な立ち振る舞いで告げるでしょう。わたくしもそうなりたいのです。朱宮さまは、わたくしの憧れですので」

 サクラは恥ずかしそうにそう言ったあと、顔をあげた。わざとらしい咳払いを挟んだ後、サクラは椅子の上で姿勢を正した。

「たまかさん。今申し上げましたように、貴女の後任はわたくしです。貴女が例え困難に突き当たったとしてもわたくしが尻拭い出来ますし、どうしようもなければ丸投げすることも可能です。ですからあまり気を張りすぎず……実力を思う存分発揮なさってください。これは朱宮さまの意向でもあります。まあ、そんなことにはならないと朱宮さまは書いておられましたが……これは気持ちの問題ですから、お伝えするべきだと判断しました」

 サクラは真面目な顔付きで、粛々とそう告げた。これがアカリの言っていた『長の顔』というものなのかもしれないと、たまかはぼんやりと思った。

「ありがとうございます。頼りにしています……去る時の心配は不要そうですね」

「もちろんです。それまでは全力でサポートにまわらせて頂きます」

 二人は視線を絡め、笑みを浮かべ合った。次期長と次々期長としての笑みだった。

 『レッド』の桜は、ただ咲き、散ることが出来ない。その花弁を濃く色付かせ、存分に甘い香りを放ち、散る瞬間さえ優雅に舞い踊るのだから。サクラの言葉の端々から、『レッド』を受け継いだ者の覚悟が垣間見えた。その重い瞼の奥の瞳は、未来を見つめて輝いている。彼女の抑えきれていない溢れる感情は、たまかへと信頼感を与えたのだった。

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