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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第88話

 少し軽くなった腕の中を抱えなおして、たまかは休憩スペースを後にした。遠ざかったところで角を曲がると、「たまかさん、たまかさん」と名前を呼ばれた。顔を向けると、桃色の長い髪を垂らしながら、アカリがこちらへ手招きしていた。たまかがアカリのもとへ向かうと、彼女はさらに奥へ進み、最終的に視界一面に白い机と椅子が並ぶ広い部屋へと案内された。どうやら食事スペースらしく、アカリが勧めた席にはチーズケーキと紅茶が二セット用意されていた。たまかは遠慮がちに座った。金の縁に小さな花模様がついている皿とカップはとても上品で、温かな湯気をあげて出迎えてくれた。

「辛いことがあったときは、美味しいものを食べて立ち直らなきゃ」

 アカリはそう言って、頂きます、と手を合わせた。彼女の瞳は、未だ悲しげに伏せられていた。

「たまかさんもよかったら、ぜひ」

 ぎこちない笑みを向けてくれる。たまかは頷き、封筒を横へと置いた。アカリに倣って、食事の挨拶をして手を合わせる。金色に光るフォークでチーズケーキを切り分け、口に運んだ。濃厚な感触と甘さが、口の中でとろけていった。

「……美味しいです」

「よかったわ」

 アカリは嬉しそうに顔を綻ばせた。彼女もチーズケーキを口に運んだあと、紅茶を口に含んだ。そして、たまかの顔を覗き込むようにして尋ねる。

「……答えは決まりましたか?」

「はい」

 たまかは真っ直ぐとアカリを見つめ、はっきりと言った。

「私……『レッド』の長になります」

「そう。……良かった」

 アカリは安心したようにそう言った。ティーカップをゆっくりとソーサーの上におろす。

「たまかさんを間近に見てきて……たまかさんは、争いのない世界を実現できる人だって思っていました。誰も傷つけず、平和的に物事を解決しようとする姿勢は、朱宮さまの目指す形に近い。きっと、朱宮さまも同じことを思っておられたのだと思います。たまかさんが『レッド』のトップに立つことを引き受けてくださって、とても嬉しいです」

 穏やかな口調で、ゆっくりと感謝の言葉を述べる。アカリは最後に、柔らかく笑った。

「平和が訪れたら、きっと誰もが『自分らしく』生きていける世界が広がるはずだわ。その時は、たまかさんに手作りのお菓子をご馳走させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、ぜひ。きっとアカリさんの作ったものならば、絶品でしょう」

「ふふ、なら沢山練習しないとね……」

 アカリはくすくすと笑った。紅茶を飲んで、温かくなった息をふうと吐く。

「……朱宮さまが亡くなって、今、『レッド』は大きな道標を失った状態です。ここから再起することは、困難を伴うでしょうけど……きっとたまかさんなら大丈夫です。なるべく犠牲を出さず、前へ進んでいきましょう」

「はい」

「すっかり長の顔ね。……梅ちゃんにも見せたかったわ」

 アカリはフォークをチーズケーキへと入れて、一口大に切り分けた。口へ運ぶのを目で追いながら、たまかは温かい紅茶で喉を潤した。

「……朱宮さまが亡くなったって、なんだか全然実感が湧かなくて」

 アカリはぽつりと、そう零した。

「朱宮さまのことだから、これすらも策で、今頃どこかに身を隠しているんじゃないかとすら思っちゃうわ」

「……わかります」

 柩の中に遺体を横たえたというのに、だ。あれすらも偽物なのではないかと、そう錯覚してしまう。

「『ラビット』に『ブルー』の方とたまかさんと一緒に残った時があったでしょう? 朱宮さまは、たまかさんが三組織の者達を集めて、自分を担保として殺戮なく共に過ごさせることを、予測していらっしゃったんです」

「……はい」

「朱宮さまはどこまでも見通していた。きっと、自身の死期さえも見えていたんじゃないかしら。なんて……」

 鋭い指摘だ。アカリは冗談めかして笑うと、ゆっくりと紅茶を飲んだ。

「それって、幸せなことなのかしら。朱宮さまは……『自分らしく』生きられたのかしらね」

 誰にともなく呟かれた言葉への返事を、たまかは持ち合わせていなかった。だから代わりに、フォークをお皿に置き、横に置いていた封筒を持ち上げた。『灯へ』と記された面を、ティーセット越しにアカリへと差し出す。

「林檎さんからの手紙です。これはアカリさんの分」

「まあ……」

 アカリは驚いたように見下ろし、フォークを置いた。そして両手を差し出し、大事そうに受け取った。中から便箋を取り出し、ゆっくりと読み進めていく。たまかはその間、何も発せず、静かにチーズケーキを口に運び続けた。広い部屋に、小さく食器の音だけが響いていた。

 皿の上が空になり、残り少なくなった紅茶の温さを舌に転がしていたときだった。正面から鼻をすする音がきこえ、たまかは顔をあげた。

 アカリは手紙を片手で握りしめ、静かに涙を零していた。顔に添えた片手だけでは、涙の流れる顔を隠すことは出来ていない。雫がポタポタと落ちて、テーブルを濡らした。

「うちも……朱宮さまに尽くせて、本当に幸せでした……」

 嗚咽を漏らすアカリを、たまかはぼんやりと眺めた。上に立つ重圧、一身に受け止めなければならない尊敬の念、失敗なく皆を導く選択の連続。林檎は全てを完璧にこなしていたのだろう。アカネやアカリを見ていると、それが身に染みて伝わった。

(私に、それが出来るでしょうか)

 ティーカップを、両手で包み込む。紅茶に映った自分の顔は、不安に苛まれた暗い表情をしていた。

「……たまかさん。ごめんなさい、うち……」

 しばらくして泣き止んだアカリは、手紙をしまい、ハンカチで目元を抑えながら謝罪の言葉を口にした。たまかは緩やかに首を振った。

「お気になさらず。……林檎さんが亡くなって寂しい気持ちは、皆一緒ですから」

「ありがとうございます」

 アカリは赤い目元と赤い鼻で、微笑みを浮かべた。

「朱宮さまは手紙の中で、たまかさんを支えてあげて欲しいと仰っていたわ」

「え」

「うちは戦闘面というよりも後方支援で魅力を発揮するから……いつも通りにあなたらしく、って」

 すっかり冷たくなった紅茶を飲み、アカリはカップをソーサーへと戻した。今は亡き人を思い起こしていたであろう寂しげな笑みを引っ込め、アカリは顔をあげた。

「たまかさん。もし何か悩み事が出来た時は、よかったらうちと一緒に甘いものを食べましょう? 不安も多いかもしれないけれど、長って一人で進んでいくものではないわ。うちらのことも、頼ってくださいね」

「……はい。ありがとうございます」

 包み込むような柔らかな笑みに、たまかも釣られて微笑みを浮かべた。

(アカリさんの言う通りです。何をなる前から不安がっているんでしょう……)

 自身に叱責を入れてから、ティーカップの中身を飲み干した。

「ご馳走様でした。美味しかったです。……残りの手紙を届けに行かないと」

「宛名は……ふむ、桜ちゃんの分ですね」

 残り一つとなった封筒を確認し、アカリが「それなら……」と続ける。

「桜ちゃんはここを出て、突き当たりの部屋にいると思うわ。さっき見かけたから」

「わかりました。では、失礼します」

 たまかは封筒を手にして立ち上がると、ぺこりとお辞儀をした。アカリはにこやかに手を振って見送ってくれた。甘いものを補給して満たされた身体は、なんだか不思議と足どりが軽くなったような気がした。部屋を離れるとき、後ろから小さく「……しょっぱいわ」と呟きがきこえてきた。たまかは思わず笑みを浮かべ、しかし振り返ることなく歩み続けた。




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