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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第85話

『わたしはあなたの内面を知った時からずっと、あなたを『レッド』のリーダーの座へ着かせようと策を巡らせてきました。姫月に会わせたのは長と顔合わせをさせ、あなたと『ラビット』に繋がりを持たせたかったからです。桜や椛、茜や灯といった『レッド』の者達と交流をさせたのは、皆にあなたという人となりを知ってもらい、あなたへの忠義を芽生えさせるためです。あなたに蘇生能力の有無があるかを試したのは、あなたの価値観の証明を残したかったからです。あなたを『ラビット』に残し、三組織の人員を付けさせたのは、犠牲者を出さないあなたの策とその実行力を測る為です。三者会談を開いたのは、あなたがいれば平和的に話し合いの場を誂えられるということをこの目で確認するためです。あなたの意に沿うように行動していたのは、あなたに特別な席に座って頂いた時、その席を降り辛く感じさせるためです』

 少し間を開けて、他の字よりは小さめに、『いよいよもって、幻滅しましたでしょうか』と綴られていた。その無機質な文字は、なんだか不思議と寂し気に映った。たまかは静かに、紙を捲った。

『財団は、虎視眈々とあなたを狙い続けています。普段は泳がせておき、然るべきときにその牙を剥き出しにする。段々とあなたの安全な場所は狭まっていて、逃げ場が限られてきました。そう、あなたは目の前に安全を担保された席が現れたならば、飛び込まざるを得ない。そういう状況です』

 今のたまかの状況は、財団が作り出したものだ。財団がたまかをどこまでも追い、最終的には命を奪おうとしているからこそ、たまかは自由を失った。けれどそれは本当に、財団だけが生み出したのだろうか? 自身の思惑を抱え、知謀に長けた一人の少女が介入し利用する余地は、本当になかったのだろうか?

『ならば、あとはそのような席を空けるのみです。わたしがすべきことは、占有している席から降りること。そしてたまかさんを席へと安全にエスコートすることです。財団が本当に追い求めるものをたまかさんが見つけた時、必ず財団はたまかさんと猫を始末しようとします。わたしに残された利用価値は、精々その時にあなたの弾避けになることくらいです。ならば、喜んでその役に徹しましょう。わたしが死ぬことによって、わたしは自身の策を完遂し、初めて望んだ結果を得られるのです。これ以上のことはありません』

 ……嘘だ。林檎の少し強張った顔を思い起こす。待ち望んだものが目前だというときに、あんな表情はしない。あれは、死への恐れを懸命に堪えていた表情だ。

『あなたは奸悪な長の掌上に運らされた、憐れな駒でした。自身の不運を嘆き、境涯を受け入れるしかないのです。わたしを好きなだけ憎み、恨むと同時に……嵐が過ぎ去るのを待つ間だけでも、『レッド』の頂点へ立って頂けないでしょうか。わたしに誑かされたと思って、その間だけでも、あなたなりのやり方で平和な世界を実現して頂けないでしょうか』

 紙を捲ると、達筆な文章の羅列は存在しなかった。一文、『組織図』といった見出しが中央に鎮座しているだけだ。さらに捲ると、見出しの通り手書きの組織図が細やかに記載されていた。さらに捲っていくと、周辺の『レッド』の建物の情報、『レッド』の部下についての情報、他組織についての情報などが丁寧に記載されていた。分厚い束の残りは、全て手書きの『レッド』の内部資料らしかった。

 ——「期待していますよ」。

 治療目的以外で初めて、『レッド』の組織に足を踏み入れた日の翌日。起きがけに訪ねてきた林檎が、最後に薄く笑って告げた言葉。作り物でない笑みで、真っ直ぐとたまかの目を見て言った、恐らく彼女の本心。あれは、この未来を見据えて紡がれた言葉だったのだろうか。

「……これだけ……」

 林檎の脅迫とも懺悔とも懇請ともとれる達筆な字達へ、視線をスライドさせる。林檎の心の内は、彼女が生きている間だってあまりきくことが出来なかった。彼女の本心が綴られた手紙は、まるで林檎と対話しているかのようだった。永遠に読んでいたかった。あっけなく終わりを迎えた手紙を、たまかは寄せ集めた。内部資料とともに机へとんとんと優しく叩いて整え、横へと置く。

「奸悪な長の掌上に運らされた、憐れな駒か……」

 たまかは記されていた一文を呟き、その背を背もたれへと預けた。ぼうっと天井を眺める。林檎の纏っていた花の香りが、僅かに鼻に届いた。

「林檎さんって全知全能だと思っていましたけど、人の気持ちを汲み取るのは下手くそなんですね」

 確かにたまかは財団に追われる身であり、命の危険が常に付き纏っている状態だ。常人なら恐怖で気が狂っているかもしれない。しかし、今のたまかは震えて怖がってなどいない。自身の安全が担保された椅子に飛びつくような焦燥感に苛まれてはいない。もちろん財団への恐怖も存在するし死への恐れもあるが、目の前の席の重圧や責任と天秤に掛けるくらいの理性は保っていた。

「駒としては残念ながら機能していませんでしたが……」

 身体を起こし、整えられた分厚い紙の束に顔を戻すと、眉を寄せて笑みを作る。

「友達としてなら……その願い、お引き受けします」

 たまかへの手紙からは、彼女が本心を綴っていることが伝わってきた。いつも本音を幾重にも包み隠して話す彼女が、初めて見せた心の内だった。心の奥底では平和な世界を渇望し、実現を目指して真剣に向き合い、そして人知れず悩んでいたことが文面から伝わってきた。たまかは、その気持ちに応えたいと思った。林檎と関わりを持ち、彼女に生かされた一人の人間として、……つまり、友人として。脅されたからでも保身からでも成り行きでもない。林檎の遺志を継ぎたい、ただそれだけだった。

 自分に何が出来るのかはわからない。それでも、彼女の期待を一身に受けた身だ。やれるだけのことをやってみるべきだ。

 慈しむような声色は、本人がきいたら一体どのような返事をしていただろうか。今となっては、もうわからない。たまかは紙の束へ手を伸ばした。親指と人差し指で角を支えると、一番下の紙からパラパラと捲って流し見た。

「『レッド』の長は代えがきいても、水面さんと姫月さんの友達は林檎さんだけだったのに……」

 呟かれた言葉は、部屋に溶けてすぐに消えた。紙が捲られる音は、やがて一番上の紙の着地を以ってして止まった。

 たまかは紙の束から手を引っ込め、手紙の入っていたデスクの引き出しを開けた。中にはまだ、いくつか封筒が入っている。その宛名の多くが、たまかの見知った名前だった。いくつかの封筒を腕に抱え、引き出しを優しく閉じた。椅子を回転させて立ち上がり、部屋を去ろうと一歩を踏み出す。白いレースカーテンの横を通り過ぎようとした時、たまかはふと窓の外へと視線を向けた。

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