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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第83話

 朝四つ時の『レッド』内部は、曠前空後の混乱に見舞われていた。周章狼狽に溢れ、心慌意乱のさまを極めている。慌ただしく走り抜ける者、怒号を飛ばす者、泣き出して蹲る者、放心する者、様々な者が入り乱れて、その騒乱は混沌を極めていた。長を失った『レッド』をまとめ上げられるものは、誰もいなかった。

 林檎の遺体は柩に納められた。カイはたまかの状況説明に立ち会った後、車で『ブルー』へと帰っていった。たまかは『レッド』に残ることを選択した。『レッド』の皆を残して、このまま去るわけにはいかなかった。

 柩が置かれた部屋で、たまかは項垂れて突っ立っていた。部屋には『レッド』の少女達が十数名、集められていた。サクラやアカリ、アカネという見知った顔もいる。どの表情も、かつてないほど暗かった。静まり返った部屋の空気は、今の空模様よりも重くどんよりとしていた。

「お前が……っ」

 部屋に集まったうちの一人、『レッド』の制服に身を包んだ少女が、窓際からたまかへと銃を突き付けた。彼女は涙を流していた。

「お前が朱宮さまを殺したんじゃないのか!?」

 たまかは項垂れていた顔を僅かにあげた。銃口よりも、その奥で絶望に染まった泣き顔をさらす少女の方に、たまかは悲し気に顔を歪めた。

「やめろ。頭を冷やせ」

 制止の声をあげたのはアカネだった。鬱陶しそうな顔で、銃を突き付ける少女を睨んだ。

「……そうよ。朱宮さまは、そんなこと望まれていないわ」

 続けて声をあげたのはアカリだった。その声は暗く、覇気がない。

「……銃を下ろしなさい」

 まるで地の底から響いたような暗く冷たい声が続き、部屋の者達は震撼した。声の主は、サクラだった。彼女は黒髪の間から重い瞼の奥の瞳を覗かせ、窓際の少女を睥睨した。

「聞こえなかったのか? 下ろせと言ったの」

 有無を言わせない圧があった。窓際の少女は一度嗚咽を漏らしたあと、ゆっくりと銃を下ろした。

 再び静寂が部屋を支配した。この部屋にいる者達を導いてくれる声は、もう響かない。その主は今柩の中で永遠の眠りにつき、口を開くことはない。

「……幹部の皆を集めたのは、伝えるべきことがあるからです」

 サクラは覇気のない声を、絞り出すようにしてあげた。皆の視線が、小柄なおかっぱ少女へと集まる。

「朱宮さまが、何者かに殺されました。ご存じの、通り……」

 サクラは柩へと視線を向けた。彼女の目に涙が溜まって、しかしそれが流れるのを懸命に堪え、皆へと顔を戻した。

「現場には、そちらの『不可侵の医師団』の九十九たまかさんが同行しておりました」

 たまかへと軽く掌を掲げる。たまかは反応を示すことなく、ただ突っ立ってサクラの言葉に耳を傾けた。

「まず言っておくと、今回の襲撃は『ブルー』や『ラビット』のものとは思えません。本日は……二つの組織は大規模な作戦の決行日で、今まさに、現場に集っているからです」

 たまかはぼんやりとした頭で、懸命にサクラの言葉を咀嚼した。……確かに、そうだ。今日は銀行強盗の実行日。『ブルー』や『ラビット』の要員は、そちらへ向かっているか、アジトで準備に追われているはずだ。

「じゃあ、その作戦に参加しない奴が襲撃した可能性は?」

 部屋に集った一人から、疑問があがる。

「確かに、否定できません。ただ、朱宮さまは銃の腕が立ちますし、作戦から外れるような戦闘に不慣れな者に殺せるとはとても思えません。腕の立つ者はほとんど作戦に召集されているようでしたから……殺害の実行は難しいのではないかと。どうやらその作戦を立てたのはこちらにいるたまかさんのようですから、人員の采配も彼女に任されていたはずです。つまり二組織の思惑が関与する余地なく、戦闘慣れしたものは皆作戦に練り込まれているというわけです。リストに載っている人物が現場に来なければもう片方の組織が不審に思うでしょうし、この二つの組織が朱宮さまを狙うなら今日を避けるはずです」

「二組織の作戦を立てた……?」

 部屋の中が俄かにざわめく。疑惑と邪推の視線が、たまかに集まった。

「それなら……この方が朱宮さまを殺すために作戦を操作した可能性は?」

「それはありえません。彼女はどこかの組織に肩入れするような人物ではありませんので、朱宮さまを討つ理由がありません」

「そんなの……」

 別の声があがりかけたのを、サクラは言葉を被せて遮った。

「その疑惑は次の話で解決します。次に……皆が疑っているであろう、たまかさんによる現行犯の線ですが。それは有り得ないことが、既に朱宮さまの試験によって証明されているのです」

「朱宮さまの……試験?」

 部屋の中が、今度は困惑で溢れかえった。サクラは淡々と続ける。林檎の遺志を継ぐように、胸中の感情を必死に抑えながら。

「彼女は、皆もご存じの通り、財団によって蘇生の力があるとされて賞金首になっていた人物です。朱宮さまは彼女の蘇生能力の有無を確かめるために、彼女の元に死体を用意しました。彼女には蘇生能力がないため、彼女が死体を蘇らせることは当然出来なかったわけですが……その際、彼女は死体が傷つくのを良しとせず、自らの身体を差し出しました。彼女は例え死体であろうが、本能的に他人を傷つけることが出来ないんですよ」

「そんなのただの演技では?」

「詳細は省きますが、朱宮さまはその可能性はないと断言されています。演技と仮定すると、彼女には矛盾となる行動が多すぎるのです。その後、わたくしやそこの灯、茜が彼女に同行することがありましたが、彼女が他人を殺せるような人間だとはとても思えませんでした。性格というより……彼女の理念や価値観とでも言いましょうか。彼女は例え人を殺すように脅されたとしても、真っ先に自殺を選ぶような……とにかく、そういう人なんです」

 理解に苦しむような顔をしながらの説明には、説得力はあまりなかった。

「そもそもそれ以前に、彼女には銃を扱う技術がありません。朱宮さまが素人に遅れを取るとはとても思えませんし、銃創は精確に胸部を捉えています。医療従事者であるたまかさんはどこを撃てば致命傷になるかの知識はありますが、そこを精確に撃ち抜けるような技量は備わっていないはず。第一、至近距離にいたのならば、扱ったことのない銃ではなく刃物を選択しているはずです」

 たまかは、集う視線が変わり始めたのを感じた。

「つまり、結論として……朱宮さまの殺害された状況、そしてたまかさんの人物像、それらを考慮すると、たまかさんが犯人の可能性は著しく低いということです。たまかさんが朱宮さまを討った時のメリットもほぼゼロです」

 サクラは目を細めた。

「それよりも……朱宮さまを殺すメリットのある組織があります。財団です」

 部屋の中が、ざわめいた。

「財団は、『レッド』へ莫大な金を要求していました。恐らく、明確にこちらを潰す意思があった。そのアプローチが資金面から長の命に変わったと考えれば自然です」

 紅色の制服に身を包んだ少女達の顔付きが変わる。

「財団の者と対峙したことがありますが、彼女達は戦闘に関して手練れのようでした。朱宮さまを殺す技量を持っていたとしても、特に不思議ではないと思います」

 それに、とサクラは続けた。

「現場近くで財団の者が一名、死んでおりました。恐らく朱宮さまが殺したのだと思います。これでたまかさん達の周りに財団の者がいたことは確実です。となれば、やはり財団の者が朱宮さまを殺したと見るのが自然でしょう。死んだ者の銃からは弾は一発しか撃たれていませんでしたから、恐らく朱宮さまの致命傷は財団の仲間の手によるものと思われます」

「なら……すぐに乗り込みましょう。朱宮さまを殺されて黙っているわけにはいきません!」

「そうです。サクラさんの指揮のもと、策を練って財団に報復しましょう!」

 部屋の中は叫び声で埋め尽くされた。林檎を失った悲しみと敵への怒りが渦巻いて、それが財団への報復へと後押しをする。『レッド』の面々は、その瞳を燃やしていた。憎しみと辛さ、悲しみ、様々な感情は、今すぐにでも部屋を飛び出しそうな勢いへと形を変えて少女達を支配していた。

 血の沸き立つ一同とは対照的に、サクラは一人、静かに俯いた。真っ黒のおかっぱを揺らし、その小さい肩を震わせる。縁取られ丸みを帯びた半袖から伸びる先で、掌を握りしめた。彼女の中で、躊躇いと葛藤が渦巻いて、そして最後に、林檎の顔が想起された。その瞳を揺らして、サクラは顔をあげた。自分が今から言う言葉の重みに一度口を閉じかけ、しかし怯むことなく、前を向いた。

「……朱宮さまの」

 サクラの声は、震えていた。今から財団への報復の実行を宣言するにしては、違和感のある声色だった。言外の些細な変化に敏感な『レッド』の面々は、怒りに支配されていた身体を静めた。次々に口を閉じ、サクラの言葉の先を、慎重に待つ。

「朱宮さまの……」

 今度は震えていなかった。淡々とした落ち着きのある、しかし少し舌足らずの口調。真面目な、いつもの口調。

「朱宮さまの、後任は…………」

 若干上擦った。それでも、その先を続ける。林檎の意志を賜った、サクラが伝えないといけないのだ。林檎はもう、いないのだから。

 サクラが紡ぐしか、ないのだ。

「…………九十九、たまかさんです。彼女が、次期『レッド』の長の席に座ります」

 部屋は静まり返った。物音ひとつ立たず、この世から音が消えたのかと錯覚しそうな静寂ぶりだった。

「これは、朱宮さまの指名です」

 サクラによって、再度部屋に音が戻った。

「財団への報復は、たまかさん。貴女のお考えによって、決まります」




***




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