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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第79話

「一昨日、お前といろいろ話したでしょ」

 少し照れ臭そうにしながら、それでも持ち前の真っ直ぐさでたまかを見下ろす。

「それで……自分でも気づけていなかったことに気付けた。あたし、やっぱり林檎と姫月と話したい。たとえ昔のようにはいかなくても、良好な関係でなくとも、許されなくても、二人と話す事で何か変えられる未来が少しでもあるんじゃないかと思った、というか……」

 水面は言語化に苦戦しているようで、紺色のセミロングをわしゃわしゃとかいた。

「今更笑い合えるとは思っていない。それでも、三人の理想の未来のために、話し合うことで何かを進展させることは出来るんじゃないかって思ったんだ。あたしは今まで二人を避けてきたけど……今後は一歩を踏み出そうと思う。だって、やってみなくちゃ結果なんてわからないもの。怖がってらんない」

 水面は「お前のお陰」と結んだ。

「お前に話をきいてもらって、自分の気持ちに正直になれた。ありがと」

「そんな、私は何もしていませんが……」

「きっと、完全中立のお前だからこそあたしも話せた。自分やあいつらの組織の奴に、こんな話は出来ないもの」

 水面ははにかんだ。

「だから、礼を言わなきゃって思ったの。それで来た」

 思い立ったら即行動。水面らしい。

「……本当は、一昨日はお前の心身を心配して来たんだけどね。甘いものなら喉を通るかなとか、酒飲んだら眠りにつきやすいかな、とか。話してたら不安が紛れるかなとか……結局どれも杞憂だったみたいだけれど。逆にこっちが励まされちゃった」

 そう言って笑うと、今度こそたまかから離れ、背を向けた。軽く振り向いて、片手をあげる。

「んじゃ、『レッド』の件頑張って。こっちも暴れてくるからさ」

 凛々しい顔付きに戻って、彼女は自信に溢れたいつもの笑みを見せた。それから紺色の髪と長く垂れた袂、そして短いスカートを揺らして、扉の向こうへと消えていった。たまかの顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。水面はきっと、前を向けたのだろう。結果がどうなるかはわからないが、それはきっと、喜ばしいことだ。




 それから十分ほどして、再びチャイムが鳴らされた。ドアスコープから覗くと、薄群青色の制服に身を包んだ見覚えのある人物が立っていた。扉を開け、中に招き入れる。ベリーショートの髪先を揺らし、彼女は辺りを慎重に確認しながら扉を閉めた。

「ああ、あの時の……」

 彼女は何度か見た記憶がある。ソラに理不尽に暴力を振るわれていたところや、『ラビット』から贈られた『不可侵の医師団』の少女を模した人形を持って駆け込んできたところが脳内で蘇った。

「カイといいます。今日はあなたの護衛を任されています」

 短く用件を伝え、口を閉じる。その顔に一切笑みは浮かばない。いくつか痣の浮かぶ手を差し出し、「出かける準備は?」と問いかけた。

「出来ています。私、九十九たまかです。改めて、今日はよろしくお願いします」

 たまかもお辞儀で応じ、その後靴を履いて彼女の横へ並んだ。カイは小さく頷き、不愛想な顔のまま扉を開けた。慎重に辺りに視線を這わせている。最大限に警戒しているようだった。

(確かに水面さんの言う通り、この慎重さは『レッド』の方には受け入れられやすいでしょう)

 社交性は不器用そうだが、仕事には真面目に取り組むタイプのようだ。イロハとはまた別の意味で、『ブルー』には珍しい人材だろう。

 アパートのエレベーターを降りると、下には車が用意してあった。運転席には当然のようにカイが座った。たまかは後部座席へ乗り込み、シートベルトを締める。カイは辺りを確認したあと、これまた慎重にエンジンをつけた。あまり運転慣れしていなさそうな動きだったが、先日のナナとノアの運転を経験しているたまかにとってはどんな運転でも受け入れる自信があった。

 もちろん後部座席で飛び跳ねて猛スピードを体験するようなことにはならず、カイはぎこちないながらもきちんと安全運転を貫いた。その間、たまかとカイの間に会話が発生することもなく、二人は始終無言だった。

 やがて車で数分程移動し終えたあと、彼女は一つの建物の前で車を止めた。

「ここで『レッド』の方と合流するのですか?」

「はい」

 久方ぶりに発生した会話は、一瞬で終わった。それでも気まずい雰囲気は不思議とない。たまかは自身の疑問に答えを得られたことに満足し、窓の外から建物を見上げた。アパートというわけではなく、いくつかのテナントが入っている小さいビルのようだった。ぼんやりと入っている店舗を見上げていると、反対側の窓からこんこんこん、という音が響いた。何気なく振り向いたたまかは、思わずぎょっとした。窓から覗く小顔は、『レッド』の長のものだった。

「り……林檎さん!?」

「開けてくださいますか?」

 林檎はカイへ向かって外から尋ねた。驚駭していたカイは、その声にはっと我に返り、後部座席の扉を開けた。林檎は開いていた油紙傘を閉じ、後部座席へと滑り込んだ。扉が閉められたのを確認して、林檎は乱れた紅色の髪を耳へと掛けた。いつもの人形のような笑みを浮かべる。

「本日はよろしくお願い致します」

 二人に向けられた言葉に、二人は同時にあんぐりと口を開けた。

「え……猫さん探しの同行者って、林檎さんなんですか?」

「あら、何かご不満がおありですか?」

「そ、そういうわけではないのですが……!」

 てっきりサクラかアカリ、はたまたアカネが同行するものだとばかり思っていた。猫の情報はたまかの命運を握っているとはいえ、『レッド』にとってはただの雑務に過ぎないはずだ。もちろん財団に対抗しうる大事な情報であることはたまかも承知しているが、わざわざ長が自ら出てくるような事案とも思えない。

「それを言うならば……」

 林檎はくすりと笑って、運転席へと視線を投げる。

「『ブルー』の同行者が縹でないことの方が驚きました」

「え? ……あ、ご期待に添えていないのであれば、大変申し訳ございません。本日はその……人手が必要な大規模な作戦がありまして」

「……ああ、成程。例の件、決行日が本日だったのですね」

 銀行強盗に人手を持っていかれていると察したらしい。林檎は頷いてみせた。林檎は作戦会議に出席していなかったため、決行日を知らないのは当然だ。……普通ならば。

(ううん。いろいろとおかしいです。まず、林檎さんは本気で猫さん探しに水面さんが付いてくるなんて思っているはずがありません。いくら大事な情報とはいえ、その足で猫さんを探すだなんて本来部下の仕事のはず。さらに言えば、『レッド』にとって盗聴はお得意の技のはずであり、銀行強盗の作戦の詳細はともかく、作戦決行日なんて情報『レッド』に筒抜けに決まっているんです。林檎さんがそれを知らないはずがない)

 林檎の真意が読めない。たまかはこっそりと眉をよせた。

「さて。それでは早速本題に入りましょうか」

 林檎は優しく両手を合わせ、柔らかく笑みを浮かべた。

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