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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第78話

 缶はぴたりとその動きを止めた。水滴が水面の手を伝って畳へ染みを作った。それから不意に、水面は顔をあげた。真面目な顔で、じっとたまかを見つめる。艶めく紺色の髪の先、いつもは鋭く光っている瞳は、今は鳴りを潜めて穿鑿するようにたまかの姿を映している。純粋な、どこまでも透き通る色をしていた。

「お前、自覚あるかわからないけど……林檎に似てるんだよな」

「え?」

 チョコレートの後味をグレープソーダで流し込んでいたたまかは、思わずむせそうになった。慌てて缶を卓袱台に置き、呼吸を整える。

「な……なんて?」

「林檎に似てる。自分で思わない?」

「ぜ……全然思いませんよ! 林檎さんとは似ても似つきません! すべてが違います!」

 ある意味でこれは暴言だ。信じられない言葉に、たまかは全力で拒否を示した。

「逆に似ている要素、ありますか!?」

「うーんと、変に頭をこねくり回すところ?」

 妙に焦るたまかとは対照的に、水面は悠然と答えた。

「……頭脳に頼るところ、ってことですか? 確かにまあ、私は腕っぷしもないし狂気もないので、使うとしたら情報になってしまいますが……。全てを見通して掌握しているような林檎さんと比べるのはそもそも違うと言いますか」

「あと目的のためなら、どこまでも諦めずに喰らいつくところ」

「……確かに、そういうところはありますが。組織単位で動かす林檎さんとは規模が違うというか……」

「あと、肝が据わっているところ。無駄にな」

 水面はくつくつと笑った。たまかは納得いかないながらも反論を避けた。林檎と似ているとは微塵も思わないが、確かにどれも三組織で似たようなことを言われた覚えのある言葉だった。

「性格は全然違うけどな。あいつもお前くらい素直になってくれればいいんだけど」

 それはそれで気持ち悪いか、と勝手なことを言うと、水面は酒を呷った。

「たぶん姫月も同じこと思ってるよ」

「絶対思ってませんよ」

 呆れて突っ込む。肌が赤くはなっていないが、もしかすると既に相当酔っているのかもしれない。たまかはそんなことを懸念した。

(でも……)

 楽しそうに笑う水面は、過去に想いを馳せて、目を細めた。

(大切な思い出なんだなっていうのが伝わりますね)

 三者会談で言っていたように、水面が二人を憎んでいるのは事実だろう。大切な仲間を殺され、敵対した相手に対する憎悪。そして旧友に対する友愛。相反する二つの感情を持って、それらは複雑に入り組んでいる。それでも、二人を語る水面の瞳は、明確に輝いていた。

(たぶん……水面さんは、また三人で笑い合いたいんですね)

 それが許されないことで、現実に起こりえないことだとしてもだ。口には出さないし、彼女自身自覚がないのかもしれないが、水面の表情を見ていたたまかには、それが痛い程伝わった。

 知らず眉尻を下げたたまかに気付かず、水面は四本目を空にしながら話を続けた。

「姫月は昔から写真を撮るのが好きだったんだけど、技術的にも結構上手くてね。こんな世の中じゃなければ、たぶん写真家とかになってたんじゃないかな。構図とか被写体の表情とか光の捉え方とか、そういうのが上手いって林檎が絶賛してた。あたしも詳しいことはわかんないけど、すっげーいい写真撮るなって思ってたんだ。本人はあんまりそういうの気にしていないらしいんだけどね。『記念に撮る』のがいいんだって」

 水面が顔をあげてたまかへと視線を向ける。紺色の髪がさらさらと流れて、その間から整った顔を覗かせた。

「たまかは趣味とかはあるの? 好きなものは?」

「趣味……なんだろ……」

 しばし悩んで、卓袱台の上の缶を再度手に取り、残り少なくなったグレープソーダを口に含む。幾分かぬるくなっていた。

「ぼーっとすること、ですかね。部屋の照明を消して椅子に座って何時間でもいられます」

「一人遊び極めてるなあ……」

「あとはやっぱり、治療ですかね。治療すること自体が趣味ってわけじゃなくて、治療に関する勉強をしたり、学びを得たりすることが趣味です。強いて言えば」

「なるほど。じゃあ、『不可侵の医師団』は天職だな」

「はい」

 窓の外では夜の帳が下り、すっかり冷えた風が吹いているようだった。街の喧騒は鳴りを潜め、外からは静けさのみが伝わってきている。借りている部屋のカーテンの隙間から明かりを漏らし、『ブルー』の長直々による二人きりの慰労会は暫く続いた。お酒を大量に含んだ水面と、グレープソーダを酒代わりにちまちま嗜むたまかの他愛のない話は、ちょうどグレープソーダの缶が空になったところでお開きとなった。たまかの心の中の財団への不安は、すっかりと取り除かれていた。




***




 『ブルー』の長がたまかの借りている部屋を再来したのは、早くも秘密の慰労会の翌々日だった。チャイムはまるで学校の登校時間の如く、太陽がまだ眠そうな顔をしている時間に鳴った。驚きながら、たまかは慌てて来客を出迎えた。

「『レッド』からの要請だ。お前を借り出したいんだと」

 開口一番、水面は簡潔に用件を告げた。

「借り出したい? つまり……」

「財団に関して、何か探りを入れたいってことだろうな」

 水面は一通の封筒を取り出した。縦長の、皺ひとつない真っ白な封筒だった。封は切られていない。

「開けて見ろ。『レッド』からだ。あたしも中身を見ていない」

 たまかがはさみを取ってこようと後ろを振り向いた時には、既に水面が封筒の上部を乱雑に破いていた。音に振り向くと、水面は一直線に切れた先をたまかへと向ける。たまかは浮かしていた足を戻し、黙ってボロボロの切っ先に手を伸ばした。中から取り出して広げると、模様のない、罫線のみが並ぶシンプルな一枚の便箋が姿を現した。

『件の猫を探しましょう』

 短い一文が、中央に達筆で認められていた。水面が反対側から覗き込み、たまかの額に自身の頭をくっつけながらそれを見下ろした。

「林檎の字だ」

 水面はそう言うと、乗り出していた頭を戻した。

「件の猫……財団が追っているっていう猫か。実際に会いに行くってわけだな」

 それから、水面はぽんとたまかの肩を叩いた。彼女なりに大分手加減したようだが、たまかは反動で少しよろめいた。

「核心に迫るってことか。何、安心しろ。『ブルー』の奴を付けるから」

 財団に狙われている状態で、たまかは外に出ることになる。それはたまかの身の危険を意味する。しかし、たまかが複雑そうな顔をしたのはそれが原因ではない。思わず便箋に綴られた文に視線を落とす。

「ただ、お前はあんまり話したことがない奴かもな。カイっていうんだ」

「カイ……さん」

 聞き覚えがあるような気がする。たまかは水面に向かって頷いて見せた。

「実は今日、例の銀行強盗の作戦決行日なんだ。だからミナミやソラやイロハは全員そっちに行ってもらってる」

「ああ……なるほど」

「あとはまあ、『レッド』の奴との相性も考慮してこうなった。あいつらはあんまり馬が合わないだろ?」

 ミナミやソラは、確かにサクラ達とよく啀み合っているイメージがある。つまり、水面の口ぶりからするに、イロハは水面に全く悟られることなく『ブルー』に溶け込んでいるらしい。

「わかりました。『レッド』の方とカイさんと合流して、猫さんのもとに向かいますね」

「おう」

 水面はそう答えたが、すぐにその場を去ることはなかった。

「……あのさ。一つ伝えたいことがあって」

 水面は珍しく歯切れ悪くそう言った。たまかはぱちぱちと目を瞬かせた。確かにこれまでの内容を伝えるだけならば、長直々にたまかを訪れる必要はないはずだ。

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