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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第77話

「え? 何がですか?」

「何が、って……。財団に命狙われてるんだよ? ちゃんと寝られたり食べられたりしてる? って話」

「ああ……」

 言われて漸く思い当たったというように、たまかは頷いた。

「大丈夫です。というより、銀行強盗の策を考えるので頭がいっぱいいっぱいで……」

「そうなの? じゃあその策を完成させた今は?」

「うーん、特には。水面さんもいますしね」

 暢気な返事に、水面は傾けていた缶を戻し、目を細めた。浮かべた笑みは、なんだか嬉しそうだった。

「やっぱりお前は強いね。『ブルー』にくればいいのに」

 缶を緩慢に揺らし、いたずらっぽく微笑む。耳から零れ落ちた明るい瑠璃色の髪が、室内の光で艶やかに揺れ動いた。

「私は弱いですよ。『ブルー』ではすぐにこてんぱんにされて終わりです」

「拳の力の話じゃないんだけどね」

 静かにそう言って、酒の入った缶を卓袱台へと置いた。三本の缶とスナック菓子の袋が広げられた卓袱台の上は、既にそのスペースの半分以上を占領されている。

「お前には友達はいるの?」

「友達、ですか?」

 意外な話題が飛び出して、たまかは思わず訊き返してしまった。水面は狭くなった卓袱台の上の開いたスペースに両肘を立て、顔を埋めた。たまかの話を待つような視線を向ける。

「いますよ。『不可侵の医師団』の、らんとすずって子です。らんはボーイッシュで友達想いの子で、すずは内気だけど勉強熱心で優しい子なんです」

「そう。いい子達なんだね。……なら、大切にしな。あたしを反面教師にするといいよ」

 自嘲気味に笑いながら、軽口を叩く。

「一緒に遊びに行けるうちに、沢山出かけた方がいい。美味しいものを沢山一緒に食べて、いろんな景色を沢山一緒に見て回って、他愛もない話を沢山一緒に笑い合ってするといい。今のこの世の中、いつ失うかわからないからね」

 自分には、もう出来ないから。そう言外に言っているような、笑みながらも影のある表情だった。

「……水面さんは、姫月さんと林檎さんと、仲直りがしたいんですか?」

「どうだろうね。それがもう無理だってことはわかってるつもり」

 声色が落ちる。水面は中身の残った缶を持ち上げ、片肘をついた先の唇へと運んだ。

「……だからこそ、周りの奴らには自分の大事な人を大切にして欲しいって思っちゃうのかな。結局、エゴなのかも」

 三本目を卓袱台へと置く。その音から、三本目の空の缶が出来たことが伝わった。

「ま、エゴだろうがなんだろうがあたしのやりたいようにするけどね。それが『ブルー』流だから」

 四本目を袋から取り出した水面へ、慌ててたまかが袖を掴んだ。

「飲み過ぎです」

「これくらいで? 何言ってんの?」

 確かに、水面は見た目上素面と全く変わらなかった。まだ赤くなる気配もないし、呂律も普段通りだ。たまかは渋々制止の手を放した。それでも不満そうに小言を漏らす。

「水面さんが健康を害したら、ミナミさんやソラさんが悲しみますよ」

「言う程あいつらも健康に気を遣ってないからね。お互い様でしょ」

 プシュッという音を聞きながら、ミナミの部屋で食べたカップラーメンを思い起こした。

「……今度、『不可侵の医師団』による食事セミナーを開きたいです。いかがですか?」

「あはは、いいアイデアだね。きっと参加者の最低記録を更新する、歴史的セミナーになる」

 水面は笑って、酒を再び口に含んだ。彼女は美味しそうに喉を鳴らした。たまかも釣られて笑みを浮かべ、手に持ったグレープソーダを口元へとよせた。部屋の時計の針が刻む音が、カチコチと部屋に響いた。

「ごめん。……ちょっと、林檎と姫月の話をしていい?」

 水面の突然の申し出に、たまかは傾けていた缶を戻した。水面は照れ臭そうに笑った。

「二人の話を出来る相手ってさ、今までいなかったんだ。ずっと一人で胸にしまって、墓場まで持っていくものだとばかり思ってた。お前が初めてなんだよ。二人の話を出来る人」

 たまかは緩慢に瞬きを挟んだ。それは意外な申し出だったが、確かに考えてみれば水面の言う通りなのかもしれなかった。イロハも三人について知っていると言っていたが、彼女は『レッド』側の人間であり、恐らくその話も林檎からきいたものだろう。つまり、イロハも三人の仲を知っていることは、水面は知らないことになる。

「ぜひききたいです」

 たまかは頷いた。これは本心だった。その返事に、水面は缶を口から離し、ゆっくりと揺らした。中の酒がちゃぷんと音をたてる。それを見つめながら、水面は口を開いた。

「あたし達、同じ学校に通ってて。出会いはそこだったんだ」

「ああ、確かに同じ制服を着ていましたね」

「そういえばお前、写真を見たんだっけ? 姫月、昔から写真を撮るのが趣味だからね」

 懐かしそうに目を細める水面を見つめながら、たまかは缶を傾けて濃厚な味で口を潤した。

「あたしは入学してからずっと、強そうな奴と喧嘩するのが好きでさ。先輩とかと喧嘩して負かしてやると、別の先輩が生意気な奴がいるって寄ってくるわけ。エンドレスでずっと喧嘩してた」

(今と全然変わらないじゃないですか……)

 思わずくすりと笑うと、水面は不思議そうに話を止めた。たまかは「あっ」と声を漏らし、缶を持たない手を振った。「どうぞ、続けてください」と訴えると、水面はさして気にも留めていない様子で、話を再開させた。

「あたしは無敗で、学校中の腕っぷし自慢を倒しまくってたんだ。で、ある時先輩達に呼び出された。いつもの喧嘩のお誘いだと思って、いつも通りにのこのこと応じてやったんだけど……」

 一口酒を飲んで続ける。

「あいつら、隙を見てなんか薬物を注射してきてさ。きっとどこかの組織の裏ルートで手に入れた、珍しくもないブツだったんだと思うけど。当時のあたしはそんなもの見たことなかったし、もちろん打たれたこともなかったから対処出来なくて。結果、すぐに身体に力が入らなくなっちゃって、袋叩きにあっちゃったんだよね」

 まだ三組織が設立されていない頃から、有象無象の組織が暗躍していた。今だって三組織が設立されてから数年程だろうから、治安が今と変わらないのは当たり前である。

「その時にね、近くにあった飼育小屋の扉が開いて、中の鶏が皆逃げ出しちゃったんだ。普段はしっかり施錠されているはずなのに。でも、暴力を振るってる先輩達はあんまり気にしてなかった。そのすぐあと、小屋の様子を見に来た先生と林檎がやってくるまでね」

 水面はふふ、と微笑んで、缶を傾けた。

「あたしは大事に至るような怪我をせずにすんだ。すぐにやってきた先生に発見されて、先輩達は逃げちゃったからね。それで、先生を連れてきた林檎のことを初めて意識したんだ。あ、クラスメイトだって。一度も話したことなかったけど」

「……もしかして、飼育小屋の扉を開けたのは、林檎さん?」

「そう。先生を自然に呼ぶ口実が欲しかったからって言ってた。あいつ、話したこともないあたしを助けてくれたんだよ。当時はびっくりした」

 喧嘩ばかりやっていたということは、同級生と交流していたのか、そもそも学校へちゃんと毎日出席していたのかさえも怪しい。クラスメイトだったという二人が会話したことがなかったのも、不自然なことじゃないのかもしれない。水面と林檎は年端が異なりそうなためクラスメイトというイメージはなかったが、同級生でも年齢が違うことは常である。たまかが通っていた頃も、学校の学年は通い出した年によって決まっていた。

「それから、あたし達はつるむようになったんだ。ただ林檎曰く、最初のはあたしを助けたわけじゃないんだって。あたしが先輩に呼び出された場所の近くがお気に入りの読書スポットだったらしくて。騒がしいのが嫌でやったって言ってた」

 水面はスナック菓子を口に含んで咀嚼し、別の菓子を取り出した。中身はチョコレートのアソートで、たまかへ鷲掴みにした分を差し出した。

「ただ、あたし達が一緒に行動するようになったせいで、その時の先輩達からグルだったって思われちゃって。今度は林檎が狙われちゃったんだ。あたしがいないときに無理やり人気のないところに連れてかれて、あいつも袋叩きにあいそうになった。あいつ腕っぷしは本当にないから、あの細い腕をちょっと引っ張ればすぐ連れていけちゃうからな」

 たまかはグレープソーダの缶を卓袱台へ置き、水面から受け取ったチョコレートの包装紙を剥がした。口に甘い塊を乗せ、水面の話に聞き入る。

「林檎が殴られていた時、頭上からいきなり大量の水が落ちてきたらしくって。林檎も、先輩達も水浸し。驚いて上を見上げると、上の階の教室から、バケツを逆さにした姫月が顔を出しててさ。悪い手が滑った、今すぐ先生を呼ぶ、って言って駆け付けたらしくって。先輩達はもちろん逃げて、林檎だけが助け出されたんだけど、水浸しの奴らが校内歩いていたら目立つだろ? 林檎を殴ってた奴らは当然先生たちにばれた。さらには姫月は財団のお嬢様だから、先生たちは誰も逆らえないわけだ。姫月の顔色を窺って、自然とその先輩達に対する監視の目が厳しくなった。それであたし達三人は平和を手に入れたってわけ。ちなみに二人もそれまで会話したことがなかったらしい」

 お酒を流し込み、美味しそうに息を吐きだす。水面は遠くを見ながら、機嫌が良さそうにはにかんだ。

「それから三人でつるむようになったんだ。最初は学校で一緒に行動したり話したりするくらいだったけど、そのうち学校外にも一緒に出掛けるようになった。二人は美味いものが好きだから、放課後二人に連れられていろんなところに食べに行ったり。図書館にも連れられたな、あたしはすぐ寝ちゃったけど。ショッピングに行ったときは姫月と金銭感覚が全然合わなかったし、室内プールに行ったときは二人が雑魚すぎて笑いが止まらなかった」

 三人にも、普通に『友達』をしていた時期があったのだ。なんだか信じられないような心地で、たまかはチョコレートを咀嚼していた。

「そのうち、あたし達は自分達の理想の世界について話し合うようになったんだ。これも別に難しいことを話していたわけじゃなくて、何気なく夢を打ち明けるような、そんな感じだった。あたし達三人は性格も才能も全然違うけど、だからこそお互いを補える。だから、あたし達なら出来る! って思ったんだ。少なくともあたしは、三人なら理想の世界を作れるって本気で思ってた」

 くるくると弧を描いて揺らす缶の中身が、ちゃぷちゃぷと音を立て続けた。水面は少し寂しそうに続けた。

「……だけどまあ、結果は御存じの通りだよ。それぞれでお互いの目的に一致する同志を集めたものの、姫月の仲間があたしの仲間を殺す事件があった。あたし達は復讐に走って、その後仲違いしたって感じ」

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