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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第76話

 銀行強盗作戦会議から帰り、既に半分我が家のような心持ちとなっている『ブルー』持ちのアパートへと戻る。重圧から解放され、部屋の中で大きく伸びをしたところで来客を告げるチャイムが響いた。たまかがドアスコープから覗くと、そこには先程まで会議で一緒だった『ブルー』の長の姿があった。キャップを目深にかぶり、バイザーによって顔に影が差していた。簡易的な変装なのだろう。扉を開けて彼女を招き入れる。隠れている都合上、部屋への正式な来客はこれが初めてだった。

 水面はコンビニのものと思われる袋を下げていた。彼女が部屋の中央へ進んで座り込むまで、中でいくつもの缶の当たる音が響いた。

「いやー、銀行強盗の立案、ご苦労様!」

 水面は笑顔でそう言った。ご満悦そうに畳に座り込む。帽子を横へ置くと、フリルが縁取る短いプリーツスカートから魅惑的な太ももを覗かせて、長い脚を投げ出した。

「水面さん、どうしてここに?」

「ん? ああ、大丈夫。追手につけられるようなヘマはしてないし、財団側も動きがないからね。襲撃されるようなことはしばらくないはず。まあ誰が来てもあたしがいる以上指一本触れられないだろうけど!」

 ご機嫌に豪語すると、振袖の先を白い袋の中へと突っ込む。そこから出した手に握られていたのは、アルコール飲料の入った缶だった。

「酒!?」

 思わずたまかは叫んだ。

「お前の分もあるぞ」

 部屋に置かれた卓袱台の上に缶を置くと、袋から新たな缶を取り出してその横へと置いた。袋の中には、まだまだ缶が入っているようだった。

「いやいや……。私、お酒は飲みませんよ。というか、若いうちからお酒はやめたほうがいいと思います。健康上」

 これは『不可侵の医師団』の医療従事者としての忠告である。

「若いうちから、って……」

 水面はきょとんとした表情で、たまかの言葉を意にも介さずリングプルタブへ指をかけ、プシュッという小気味いい音を響かせた。しゅわしゅわと炭酸が弾ける音が続く。

「あたし達に若いうち以外があるの? そんなこと言ってたら一生飲めないよ。大体の奴が抗争で命を落として、長生きなんて出来っこないんだから」

 そのまま缶を口へ持っていき、豪快に傾けた。中のアルコールは、みるみるうちに水面の胃袋へ収まっていった。

「そういう話ではなくてですね……。そもそも、昔は法律で若い人は飲めないって決められていたそうですよ」

 缶の半分程を空にした水面が、ぷはーっと息をつく。目の前の長は、こちらが惚れ惚れするほど美味しそうに酒を嗜んだ。緻密な模様が彩る袖の端で乱暴に口を拭うと、水面は笑みを崩さずたまかへと純真な目を向けた。

「でもそれ、昔の話でしょ? 今は違う」

「……」

「時代に合わせて何事も変わっていかないとね」

 軽くなった缶を卓袱台へと置くと、缶を一本戻すついでに、袋をガサゴソと鳴らしてスナック菓子を取り出した。雑に真っ二つに開けると、それも卓袱台へと乗せる。

「酒は飲めなくてもお菓子は食べられるでしょ?」

 そう言ってコンビニ袋の中をしばらく探ると、「ん」と言いながら一本の缶をたまかへと差し出した。ポップなパッケージデザインが目を引くそれは、グレープソーダだった。たまかはおずおずと受け取った。

「ここに来たのはね、今日のお前の功績を労うため。見事策を考えて『ラビット』の奴らへ披露したじゃんか。すごいことだよ。林檎の奴もさぞ悔しかろうね。あいつの十八番を奪ってやったんだからさ」

 意地悪く笑って見せる水面は、まるで子供のようだった。最後の発言はきかなかったこととして、どうやら水面はたまかを労うためにわざわざ訪ねてきたらしかった。

(いや……それを理由に、お酒を飲みに来ただけでは?)

 早くも残り少なくなった缶をちらりと見る。結露により発生した水滴が、缶をつうと流れていった。

「それじゃあ、お言葉に甘えて頂きます。ありがとうございます……」

「おう」

 掌から伝わる冷たさが心地よい。たまかは缶を開け、グレープソーダを一口口へ含んだ。口の中で弾けるポップな感触、グレープの濃い味。確かに、この数日頭を悩まし続けた働きに見合う報酬だった。

 水面は早くも寛いでいて、この部屋に完全に馴染んでいた。部屋を見渡し、「いい部屋だね」と言葉を添える。本心からの言葉のようだった。なにせ手配したのはイロハであり、水面は関与していない。どんな部屋が宛がわれたのか知らなかったのだろう。たまかは部屋への感想へ相槌を打ち、再度グレープソーダを喉に流し込んだ。その冷たさと芳醇さはたまかに安らぎを与え、そして数日間の疲れを流した。ただ人がくれた飲み物を飲んだだけなのに、どうしてこんなに効果的なのだろうかとたまかは思った。差し入れした人が、『ブルー』の最強たる長だからなのだろうか。

「……ところで」

 冴えてきたたまかの頭に、ずっと気になっていた事象が浮かんだ。酒や炭酸飲料の御供だと考えれば、相手が長だろうが些細な事をきいても罰は当たらないだろう。

「ん?」

「ずっと思っていたのですが……。林檎さんはなぜ策を私に練らせたのでしょう?」

 水面は再びアルコールを身体に流し込んだ。「んー?」と宙を見て、おざなりに返される。

「どういうこと?」

「もともと、銀行強盗の作戦立案は林檎さんが担当すれば良かったはずですよね? そもそも私はお金を欲していません、欲しているのは莫大な借金を抱えた『レッド』です。林檎さんが策を考えれば、策も完璧だし、借金もなくなります。丸く収まるはずだったのに……」

 林檎はなぜかその役目をたまかに押し付けた。それにより策も見劣りするものとなり、『レッド』にお金が入ることもなくなってしまった。

「林檎さんは、『レッド』の借金返済の当てが出来た、と言っていました。銀行強盗に関わらないと宣言したにも拘わらずです。一体どういうことなんでしょう……」

「んー」

 水面は缶の中の最後の一滴を口の中へ落とすと、音を立てて卓袱台に置いた。袋から二本目を取り出し、その封を開ける。彼女の顔は普段と同様で、赤くすらなっていない。どうやらお酒に強いらしかった。

「……裏切るつもり、とか」

「裏切る?」

「財団側にあたし達の謀反の情報を売る。それによって、財団と借金帳消しの取引をしようとしているんじゃない」

 二本目もまるで水のように喉の奥へ流し込んで、水面は何でもないようにそう言った。たまかは小さく首を振った。

「私もそれを疑いましたが……それなら作戦会議に『レッド』側も参加すると思うんですよね。私達の情報が欲しいはずですから」

 何より情報を武器とする『レッド』のことだ、どんな情報も欲しいに決まっている。しかし林檎は疎か、『レッド』の人員は一人として姿を現さなかった。まるで『レッド』はこの件に介入しないと言わんばかりだった。詳細な情報がなければ、財団へリークしたところで信用して貰えるかどうか怪しい。

「じゃあ……」

 水面はスナック菓子を口に放って咀嚼した。菓子の粉のついた人差し指を、無遠慮にたまかに突き付ける。

「お前から金をふんだくるつもりなんだ」

「ええ……」

「お前のもとに金が落ちる、それを『レッド』が奪えば借金返済に充てられる。簡単な話じゃんか」

 再度スナック菓子の袋へ手を突っ込みながら、水面はさして考える素振りもせずそう言った。

(確かに単純に考えればそうですけど……)

 いかにも三組織らしい、非道な手段。単純明快な分、可能性は高そうな考えだ。

(まあ別にいいですけどね、大金の使い道もないですし……。『レッド』の為になるのなら、言われずとも全部差し上げますけど。……どうも、林檎さんの考え方っぽくはないんですよね)

 林檎がわざわざ指定したことだ、この裏には必ず意味があるはず。水面もそれがわかっているはずなのに、あまり深く考えようとはしていないようだった。

(林檎さんの真意を見抜くなんて無理だって、諦めてるんですかね)

 二本目も空にしそうなペースでお酒を飲み続ける水面を横目でみやる。

「ペース早いですね、大丈夫ですか?」

「あたし、お酒強いからね」

 そう言って、二本目も卓袱台へ置く。中身のないからんという軽い音が部屋に響いた。

「それよりさ」

 袋から三本目を取り出し、開けながら水面は言った。たまかは思い出したようにグレープソーダを飲んだ。

「お前は大丈夫なの?」

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