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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第71話

「では、たまかさんの処遇はまとまりましたね。主菜に行くとしましょう」

 少し声色を落として、淡泊に林檎が言った。あっさりと次の課題へと進行する。

「主菜、って……。財団について?」

「はい。二人はどの程度財団の情報を握ってます? というかそもそも」

 林檎は少し身を乗り出して、姫月との距離を縮めた。

「桜卯は財団と敵対する意思が明確にある認識でいいですか?」

「向こうが潰しに掛かっているなら、そりゃあ敵同士だよねえ」

「……」

 のらりくらりとした回答に、林檎は眉根を僅かに寄せた。特に空気を読むことなく水面が口を開く。

「財団の情報なんてないよ。九十九たまかってやつを捕まえてこい、代わりに借金帳消しにする金をくれてやるって言われただけ。そうだ、蘇生の話はその時にされたかな。蘇生の力が欲しいからそいつを生け捕りにしたいって話だった」

「……流れとしては、『レッド』も大体同じですね。財団からいきなり賞金首の話を持ち掛けられて、たまかさんを捕まえてくるよう言われました。蘇生能力なんて眉唾物の話を真面目な顔で説くので、頭でも沸いたのかと思ってきいていました」

 始終澄ました顔でそう言うと、林檎は姫月へと顔を向けた。

「桜卯は、財団が蘇生を求める理由を知っていたそうですね? それは誰からききましたか?」

「ああ、財団が取引をしているお偉いさんの娘が死んだって話? その娘さんを生き返らせたいから蘇生を必要としている、っていう」

「そうです」

「うちも財団からきいたんだよ」

「具体的には」

 姫月は口を噤んだ。対する林檎は止まらなかった。

「お父様からですか?」

「……。うん、パパからきいた。……信用出来ると思う」

 じっと見つめられ、観念した姫月はため息交じりにそう言った。水面が眉根を寄せる。

「財団の、さらにお偉いさん? それって一体どこだ?」

「いえ……そもそも、蘇生能力なんてたまかさんにはないですし、財団も最初からそれがわかっていたはずです。たまかさんを捕まえる口実だった。つまり、蘇生は財団のでっち上げ」

「えっと……つまり、どういうことだ?」

 水面が半笑いで困惑を見せる。姫月が長い二つ結びを揺らして、僅かに身を起こした。

「その財団よりさらに上っていうお偉いさんに、嘘をつこうとしていたんじゃない? 九十九たまかに蘇生能力があるという看板を引っ提げさせて渡して、代わりに利益を得る。財団にとっては蘇生能力があろうがなかろうが関係ない。見返りを貰えればこっちのもん」

「つまり、あたし達と同じことをしようとしていたってことか」

 水面は肩を竦めた。その隣の林檎は、気難しい顔のままだった。

「いえ、そもそもそのお偉いさんの娘云々の話自体が、でっち上げなのではないですか?」

「どういうこと?」

 姫月はマスカラのばっちりかかった睫毛をパチパチと瞬かせた。

「蘇生の話に信憑性を持たせるための嘘なのではないか、という話です。蘇生能力がないとわかっているたまかさんを取引先に渡したって、生き返らせることが出来ないことは相手にすぐにバレてしまいます。偽物を渡したところでケジメを取らされることになることくらい、財団だってわかるはず。その流れからすると、たまかさんを渡すのは財団にとって悪手となります。蘇生能力がたまかさんにないとわかっていながら取る行動としては、些かおかしい」

「じゃあ何? パパがうちに法螺吹いてたって言いたいの?」

「そう考えるのが自然です。財団が三組織を潰そうとしているのなら、その一組織のトップであるあなたを掌握しようと思うはずです。だから話に信憑性を持たせるために嘘の理由を用意した」

「……」

 姫月は口を閉じた。その表情は少し悲し気にたまかには映った。言葉尻に感情が滲む姫月に対して、林檎はあくまでも淡々としていた。辞書を紐解くかのように、一言一言を諭すように語り掛ける。

「桜卯。あまりお父様を信用しすぎないように」

「……根拠は?」

「ないですね。ただ、桜卯のきいた話は不自然で、わたしには違和感にしか映らない」

「それだけ?」

「それだけ」

 姫月は林檎の顔をひたと見つめた。心中を探るような顔付きだった。林檎もじっと姫月を見つめ返した。曇りのない、真っ直ぐとした視線だった。

 部屋に静寂が訪れた。水面が自身の紺色の髪を耳にかける。たまかはおずおずと二人の顔を見渡した。机に置かれたペットボトルの側面を、つうと水滴が流れ落ちていった。

「そういえば蘇生なんて嘘、一体どっから生えてきたんだ? もしそのお偉いさんの娘どうこうがでっちあげだったとして、蘇生なんてファンタジックな単語、一体どこから?」

 姫月と林檎の見つめ合いなど全く気に掛けず、一緒に入った飲食店で新しい話題を出すときのような気軽さを以って水面は尋ねた。これについてはたまかにも答えられる。素早く反応して、口を開いた。

「実はその話は一度、林檎さんとしているんです。林檎さん曰く……私が助けた猫さんが出所ではないか、と」

「猫、さん?」

 水面は意味がわからないというように繰り返した。林檎は漸く姫月から視線を逸らし、たまかの言葉を汲むように続けた。

「はい、たまかさんは一度、猫を助けているのです。瀕死の状態の猫をです。治療は外で行ったということでしたので、誰かに見られていた可能性は高いと思います。その猫が治療中に一度死んだということを、状況的にたまかさんには否定することができません。蘇生という話はそこから……」

 説明していた林檎の言葉が、ぴたりと止まった。まるで電池の切れた人形のように静止した林檎を、三人は訝し気に見つめた。やがて、その二つの瞳がぱちぱちと瞬いた。視線が忙しなく泳いで、その口元に白い手がゆっくりと当てられた。彼女の頭の中で、点と点が線で繋がったかのように、その大きな瞳を見開いた。

「そうか……。なるほど……!」

 彼女にしては珍しく、その言葉は感情に溢れていた。三人はまだ状況についていけず、林檎の次の言葉を黙って待つより他なかった。

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