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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第70話

「ですが、今回の会談でたまかさんを求める重要性はどの組織も薄らいだのではないですか? 結局たまかさんを求める理由の大部分が、『三組織に属せず中立』であるからこそだったと思います。こうして三組織で顔を突き合わせて実際に話し合いが出来る今、たまかさんに拘る意味はさしてない」

 たまかはそれぞれの組織がたまかを手に入れたがる理由を思い起こした。まず『ブルー』は『他の二組織の情報が欲しい』というものだった。さらに言えば、水面は他組織の長達を特に意識していたため、正確には『林檎と姫月の情報』が欲しかったはずだ。たまかは他組織に出入りした外部の人間であり、他組織の内部情報を得るのに格好の人物だった。そのため本来ならば、たまかに訊けば二組織の情報とそれぞれの長についての情報が仕入れられるはずだった。しかし林檎の言うように、今はその情報を盗みたい相手が目の前にいる。もちろん二人はすべてを教えてくれるわけではないだろうが、それでもたまかを介して情報を得る必要性は大分下がったはずだ。

(というか、水面さんが二人を嫌に意識していたのって、昔仲が良かったからだったんですね……。敵対組織を意識していたというより、林檎さんと姫月さんに執着していたんでしょう)

 ちらりと水面を見る。水面は難しい顔をして林檎の話を脳内で咀嚼しているようだった。

 姫月は写真を飾って毎日見るくらいには意識していたようだが、水面は水面で大分二人に執心していたのだろう。結局皆、敵対組織となった今もお互いが気になっていたというわけだ。

(えっと、次に『レッド』は、財団の思惑の把握のために私の身柄を求めていましたね)

 財団の動向が読めないため、まだ多くの謎が残るたまかを野放しにしたり他組織に渡したりするのはしたくない、といった主張だった。しかし今回の会議で財団の件を話し合い、『レッド』の持っていなかった情報を『ブルー』や『ラビット』、たまか本人からききだすことが出来て何か得るものがあれば、わざわざたまかの身柄を置いておく必要もなくなるだろう。どの程度話し合いだけで財団のことを知ることが出来るかによるが、それ次第でたまかの必要性が相対的に下がる。

(最後に、『ラビット』は私と遊びたいから他に渡したくないという感じでしたが……もともと姫月さん自身は私を求めてはいないんですよね)

 蘇生の力をそもそも信じていなかった姫月は、たまかの身を求めようともしていなかった。ただ『ラビット』に所属する者達は蘇生の力を信じ、その能力を所有していると思いこんでたまかをどこよりも欲していた。結局蘇生の力がないことは知れ渡ったが、三組織に属していない存在は貴重で新鮮らしく、さらにたまか自身を気に入られたのもあって、未だに『ラビット』はたまかの身を求めている。そして『ラビット』の長たる姫月は『ラビット』の子達の『楽しいこと』に非常に協力的だ。『ラビット』の子達がたまかを求めているのなら、最終的に姫月もたまかを求めることになる。ただ、今は三組織のどこもたまかを欲しがっている。他の組織と敵対することや今の状況を天秤にかけてなお、姫月がたまかを求めるのかは未知数だ。さすがの姫月もたまかを求める他組織の長二人を目の前にして、諦めることも視野に入れ始めるかもしれない。

「確かに……そうかもしれませんね。私、もしかして自由の身になったりしますか?」

「何言ってんだお前。財団に狙われている以上、自由なんて雲の上だぞ」

 水面はそう言って、腕を組んで背もたれへ踏ん反り返った。

「り……朱宮の言う通り、もともとこいつを確保しようとしていた目的はあんまり重要じゃなくなったな。本来はこいつからお前らの情報を盗もうと思ってたんだ」

「あら、『ブルー』の蛮人にもそんなことをする能があったのですね」

 林檎は片手を口に当てて驚いたような表情を作った。水面は林檎へと睥睨したが、無視を決め込んだらしく反論はしなかった。

(組織の情報を盗もうとしたのではなく、林檎さんと姫月さんの様子を窺おうとしただけだと思いますが……言わないでおきましょう)

 話がややこしくなって再び口論が始まってしまう。たまかは静観に徹した。

「お前らのその腹立たしい顔を前にしたら当初の目的はどうでも良くなった。……ただ、あたしの意見は変わらない。たまかは『ブルー』預かりとする」

「なんで?」

 姫月が不思議そうに尋ねると、水面は当たり前だろ、という顔を向けた。

「いやいや、だってよくわからんけど今こいつは財団に狙われてるんだぞ? 何処かが守ってやらないと。お前らじゃあ頼りないからうちで匿う他ないでしょ」

 人差し指で指されたたまかは、きょとんとして水面の横顔を見つめた。

(水面さん的には、私を守ってもメリットは特にないのでは……?)

「なるほど。では、桜卯はどうですか?」

「んー……。微妙なんだよね」

 姫月は考える素振りを見せ、悩ましく唸って見せた。

「『ラビット』的にはさ、九十九たまかの身柄は欲しい。虹とか方舟とかがすごく興味持ってるからね。『ブルー』や『レッド』の奴らとは違って珍しいおも……相手だし、さっき言った二人は特別に目を掛けているようだし。せっかく仲良くやってるんだから、なるべく引き離したくないとは思ってる。……だけど財団と、ついでにあんたらを敵に回すのは、ちょっとめんどい」

 黒のレースに包まれた手でぽりぽりと頭を掻く。

「それに縹の言ったように、財団の手から守る必要が出てきた場合、『ラビット』だとちょっと心許ないんだよね。うちは楽しさをモットーとしているわけで、ガチバトルは専門外なわけ。虹や方舟は守ろうとすると思うけど、他の子達がどういう行動に出るかもわからないし。小規模組織だから財団に襲撃されて負傷者が多く出るのも痛い……また『不可侵の医師団』に頭下げにいくの嫌だし」

 話途中に手にしていたペットボトルを口元に持っていき、オレンジジュースでのどを潤す。キャップのフタを閉めながら、姫月は続けた。

「正直それ程のリスクをとってまで『ラビット』で九十九たまかを預かる必要があるか? といえば、答えはノーかな。おもちゃだって友達だって、代わりはいくらでもいる」

 ペットボトルを机にとんと置きながら、「ねえ?」と姫月はたまかへと陰のある笑みを向けた。事も有ろうに何故自分に、とたまかは苦笑いだけを返した。

「これはあんたのためでもあるよ。縹の言う通り、『ラビット』にいるより『ブルー』に居た方が生存率はあがる」

「よっしゃ、んじゃ決まりだな。たまかは『ブルー』で預かるってことで」

「勝手に話を進めないでください」

 林檎の制止の声に、水面が面倒そうに振り向いた。

「『レッド』としては、たまかさんがどうして財団に求められているのかわからない以上、慎重を期して臨むべきだと考えています。確かにたまかさんを匿う上で、腕が立つ『ブルー』が最も適任であるというのは同意です。ただ、自分達の力に溺れ、ただ単にたまかさんの身を置いておいて返り討ちにすればいいという単純な考えを持つのは浅慮と言わざるを得ません」

「でも、財団が何をしてこようが結局はボコして解決するしかなくないか? あいつらが何を考えているのかは知らないけど、結局は戦いになるんだ。下手に何かするより、襲撃してきたら返り討ちにする。これが単純明快でいいんじゃない?」

「財団の動きは不透明で、たまかさんを追う理由も目的もわかっていません。念には念を入れて対策しておかないと、足元掬われますよ」

 水面は肩を竦めた。

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「たまかさんが『ブルー』にいるという嘘の情報を流し、実際は別の場所に置いたほうがいいでしょう。もちろん、場所を変えるだけで『ブルー』預かりという点はそのままで構いません。財団の動きがわからない以上、不用意にターゲットの居場所を教えてやる必要はありません」

「なるほどな。まあホームで戦えないのは癪だけど、それぐらいなら……」

「あともう一つ、『レッド』として譲れない点が一つ」

 林檎は細い指を一本立たせた。

「『レッド』が財団の動きを探るためにたまかさんを必要とする場合、共に来て頂きたいです。もちろん、『ブルー』の者をつけても構いません」

「『ブルー』預かりじゃなかったのか?」

「ですから、『ブルー』の監視下でいいって言っているでしょう。財団を探るのに、恐らくたまかさん自身ではないとわからないことがいろいろと出てくると思います。その場合、ご本人にお力添え頂くしかありません」

 財団は謎に満ちている。明確に三組織を潰す意図があるのだとすれば、財団は三組織にとって共通の敵となる。そして財団について唯一はっきりしているのは、たまかを求めているということだ。財団と抗争するにあたって、たまかが何かしらキーになると林檎は見ているのだろう。

「まあ……、わかったよ」

 少し不満そうだったが、水面は渋々了承した。それから、たまかに向けて強気な笑みを向ける。

「よし、大船に乗った気でいろ。『ブルー』がいれば百人力だ。勝ったも同然」

「あの……、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「ん?」

 口角をあげたまま、首を傾げられる。

「『ブルー』にとって、私を助けるメリットってないですよね? 最大の目的だった他組織の情報の入手だって、お二人に晒した以上期待していないのでしょう?」

 水面は意味がわからない、という顔をした。そして、当たり前だと言わんばかりの口調で言う。

「メリットとかどうでもいいよ。前も言わなかったっけ? あたしはお前の度胸や勇猛さを買っている。自分の気に入った奴を守ることに、理由が必要?」

 心底不思議そうに言った水面の鋭い瞳は、この時ばかりは純粋な色をしていた。そのためたまかは、思わずゆっくりと首を横に振った。水面は満足そうに笑んで見せた。少し子供のような無垢さが透けていた。

「あの、ありがとうございます」

「礼は財団の奴を皆殺しにしてから言いな」

「殺しは、あの、しないでください……」

 辟易しながら言ったあと、たまかははにかんだ。財団への恐れ、命を狙われている恐怖……そんなものを全部吹き飛ばす魔法みたいなものが、水面にはある気がした。

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