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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第69話

 突然飛び出した言葉に、水面と林檎、そしてたまかは呆けてその笑みを見つめ返した。しばしの静寂を挟んだあと、三人は思い切り眉根を寄せた。

「正気ですか?」

「頭おかしいんじゃないか?」

 まるでそれぞれの組織の部下のようなことを言って、二人は姫月へと呆れ混じりの視線を向けた。姫月は笑みを崩さずに続けた。

「別に二人が降りるってんなら、『ラビット』だけでやるからいいよ。どうせお金を集める手段なんてないんでしょ? なら、楽しいことをやらなくちゃね」

「……具体的には?」

 水面は肩を竦めてみせながらも、一応興味を示す。姫月はミニハットを揺らして首を傾げた。

「具体的って、何が? 財団お抱えの銀行を襲って、金を全部ふんだくる。それがすべてでしょ」

「どこの銀行を襲うかとか、どのように襲撃するかとか、どうやって足がつかないように撤退するかとか、何か計画はないんですか?」

「そんなもんないない。楽しければいいんだから、その場で臨機応変にいい感じにすればいいよ」

 林檎は「いい感じ……」と繰り返した後押し黙った。

 姫月の提案は、金集めの案としては今までになかったものだ。楽しさをモットーとする『ラビット』や姫月だからこその発想だろう。たまかは真面目な顔で、小声で零す。

「確かに……お金をちまちま回収したり、このままにしておくよりは……いいのかもしれないですね?」

 たまかの言葉に、水面と林檎が難しい顔をする。

「もう少し計画性を大事にしないと、ただ単に失敗して財団に目をつけられるだけですよ……」

「財団の奴らってかなり訓練されてるって話じゃないか? 殺されて終わりじゃない?」

 二人の言うことは最もだった。たまかはうーんと唸った。他に有効な案があるわけでもなく、財団の返済の要求には期限があるはず。ならば、案を捨てるのではなく、成功率を高める策を取った方がいい。

「では……『レッド』が計画を立てて、『ブルー』が財団員の引き付け役となるのはいかがでしょう?」

「え?」

「は?」

 林檎と水面の姫月への視線が、そのままたまかへと移り変わった。

「実際、莫大なお金をいきなり用意する手段なんて存在しません。財団の銀行に大量のお金があるのなら、奪うしかなくないですか?」

「三組織に所属しているわけでもないたまかさんがそれを言うのですか?」

 林檎が困惑を滲ませて言う。

「このままいけば三組織は潰されちゃうんですよね? そして林檎さんは、それはすべて財団が仕組んだことだと思っているんですよね? ならば、やるべきことは一つでしょう」

「状況は理解しております。ですが、前も一度言ったと思いますが……『レッド』は規律を重んじます。ルールを自ら無視してしまえば、それは無法地帯への第一歩を助長するようなものです。『レッド』としては、それは避けたいのです」

「ですから、『レッド』の仕業だと悟られないようにすればいいんですよね? 今回の実行役は『ラビット』です。『レッド』が人員を割く必要はありません。敵対組織同士なんですから、財団もまさか繋がっているとは思わないでしょう」

「……。策だけ提供しろ、と?」

「その代わり、『ラビット』は協力した『レッド』や『ブルー』へ得たお金を山分けするのです。三組織が裏で協力し、その代わり利益も等分配することで、借金返済に充てて組織が潰れることを防ぐのです。いかがでしょうか」

 沈黙が訪れる。恐らく内心では開いた口が塞がらない状態だろうことが長達の表情から透けて見えたが、しかし全員きちんと胸中で算段を立てているようだった。案の成功率、実行するリスクと得られる利益の天秤、財団に悟られる懸念、組織の存続と他組織への影響……。いろいろな要素が三人の頭の中で渦巻いているに違いなかった。

「まあ、暴れられるならいいかもね」

 様々な要素が頭を渦巻いているとは思えない簡潔さで、水面はそう言った。

「それに、お前の策なら信頼できる」

 無遠慮に指を林檎へと突き付けた。林檎は難しい顔のまま人差し指の先を見つめた。

「いいじゃん、楽しそうじゃん」

 姫月はけらけらと笑った。こちらはしっかり頭の中で計算しての結論のようだった。残る林檎は、すぐには口を開かなかった。全員の待つような視線を向けられて、ようやく顔をあげる。

「……大きな懸念があります」

「懸念、ですか?」

「こいつらが隠し事を上手く隠し通せるとは思えません。莫迦なので」

(林檎さんも意外と口が悪いんですよね……)

 苦笑いをするたまかの前で、林檎は訝るような顔で長二人を見渡した。

「『レッド』との繋がりもすぐにバレて、結局財団に報復されるだけなのでは?」

 たまかは二人の長の顔を見、そして林檎へと視線を戻した。

「そう、なんですか?」

「そうです。『レッド』として悪手かと思います」

 たまかの案に乗る気はないようだ。たまかは少し残念がった。なかなか名案だと思ったのだ。これはたまかが間に入ったこの機会だからこそ生まれた案でもある。三組織が手を組めば、財団に対抗できるかと思ったのに。

 林檎はわざとらしく小さい咳払いを挟んだ。「そこで」、と続けられる。

「『レッド』の代わりに、たまかさんが策を用意してはどうでしょう?」

「……えっ?」

 予想のつかない方向へ話がシフトし、たまかは思わず声をあげた。林檎は紅色の内巻きの髪に彩られた小顔で、真っ直ぐとたまかを見つめていた。その目は底が見えない色に満ちていて、冗談を言っているような雰囲気ではなかった。

「私が『レッド』の……林檎さんの代わりを務める、ということですか? 無理ですよ、私にはそんな叡智はないですし、治療専門の人間なので……」

「何を仰いますか、あなたは三組合同の銀行強盗という案を提案してのけたじゃないですか。今までの財団からの逃避行を見ても、勘考するのはあなたの得意とするところでしょう」

(本気で言ってます……!?)

 林檎レベルの策の発案など、たまかには絶対に無理だ。しかし林檎は大真面目な顔をしていた。

「いやいやお前、たまかにだけ働かせて金を掻っ攫っていく気か?」

 水面が苦笑しながら割って入る。

「いえ、金は『ブルー』と『ラビット』とたまかさんで分ければいいでしょう」

「えええ? 何言ってるんだお前……? それじゃあ『レッド』の借金分はどうするんだよ」

「……大丈夫、金の工面の当ては出来ました」

「え?」

 林檎以外の誰も話についていけていなかった。しかし説明する気もないようで、パン、と小気味良い音を鳴らして当人は手を叩いた。

「はい、借金の件はこれでひとまずおしまいです。たまかさんが計画し、『ラビット』が実行し、『ブルー』が敵を引き付けて銀行強盗で金をふんだくる。たまかさんが策を考えるのに時間が必要でしょうから、詳細な話し合いはまた後日すればよろしいでしょう。ちなみにその時はわたしは呼ばなくて結構です」

 澄ました顔で続ける。

「では、次。たまかさんの処遇についてです。確認ですが、どの組織も財団を敵に回してでもたまかさんを求めているという認識でよろしいですね?」

「そ……その認識で合っていると思います」

 未だ話についていけていなかったが、たまかはなんとか林檎へと返事をした。林檎は輪っか状に留めた髪と髪飾りを揺らし、頷いた。

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