第67話
二人が座ったのを確認し、入れ替わりで林檎が立ち上がった。ふんわりとした長いスカート、輪っかを作った紅色の髪、それを留める小さい花々と細長い装飾が垂れる髪飾りが揺れた。
「皆様、この場にお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。この度、『レッド』の提案した三者会議を開催する運びと相成りまして、三組織にとって喜ばしい第一歩となったと確信しております。今回の会談は、三組織のどこにも属しておらず完全中立、そして会議の焦点の人物でもあるたまかさんの存在により実現致しました。彼女がわたしたちの友好的で平和な話し合いを確約してくださるでしょう。つきましては、本日の議題ですが——」
「そういうのいいから」
林檎の挨拶の途中で、水面が呆れ半分に片手を振って粗略にあしらった。水面はテーブルへ片肘をつくと、顔を預け、立ったままの林檎を豹のような鋭い目で見上げた。
「こいつは『ブルー』が貰う。以上。終わりだ」
空いている方の手で親指を立て、つい、とたまかへと向けた。林檎は張り付けたままの笑顔で停止していた。
「んじゃ、財団の相手もしてくれる、ってこと? 潰しておいてくれると助かるなー」
姫月がフェイスペイントを歪ませ、にこにこと水面へと笑い掛けた。たまかの見たこともないような満面の笑みだった。笑みを消した林檎が、割って入る。
「そんな単純な話じゃないからこの場を設けたのでしょう? 財団は『ブルー』のような暴力だけで勝てる相手ではないわ。まずはそれぞれの持つ財団についての情報を——」
「やってもいないうちから決めつけるなよ。乗り込んでみなくちゃ結果なんかわからないじゃないか」
「そんな調子だから『不可侵の医師団』に攻撃なんかしちゃうんだよ。長がこれだから下は大変だねー、まじで! あははは」
「……なんだと? 殴られたいようだな?」
「ちょっと……抗争はご法度って決めましたよね? たまかさんの手前、暴力行為は……」
「なんだよ、お前ずーっとこいつに媚び売ってばっかりでさ。こいつに取り入るしかない弱者は黙ってろよ」
「……はあ?」
三組織の長三者による会談、それが開始して僅か数分。たまかはこの短い間に悟ったことがあった。
(この三人……、滅茶苦茶仲が悪いです…………!)
しかも思った方向性とは違う感じに仲が悪い。暴力や武力、脅しに発展する組織間の争いという感じではなく、単純に性格の相違と口の悪さが害をなしている感じだ。
(わ、私が纏めないと駄目だ……!)
たまかは新たな決意を胸に、勢いのまま立ち上がった。三者の視線が集まる。
「わ、私に進行を任せて貰えませんか」
「却下。お前は捕虜みたいなもんなんだから出しゃばるな」
「そうして頂けると助かります。たまかさんになら安心して任せられるかと」
林檎と水面は同タイミングで返事をし、そしてお互いの発言の内容に思う所があったらしく、顔を見合わせた。
「お前な、余所者にそこまでさせる気か? こいつは今までこういう立場は経験がないんだぞ、無理やりやらせるなよ」
「まずたまかさんは余所者ではないですし、無理やりでもありません。彼女はどの組織にも属していないのですから、公平に判断ができる人材です。ここで三人で主張ばかりしていても埒が明かないでしょう、こうして取りまとめ役に名乗り出て頂けるのは僥倖です」
「こいつは『ブルー』預かりなんだから、あたしが決める」
「いつ『ブルー』預かりになったんですか」
「ねえ」
口論に割って入った声に、二人は姫月を向いた。姫月は相変わらずガムを噛みながら、気怠そうに毛先を指に巻き付けた。
「飲み物欲しいんだけど、ないの?」
「……」
「気が利かなすぎじゃない?」
林檎が「毒入りと疑われるだろうから敢えて用意しなかったんです!」と呆れ半分に叫んだ。姫月は特に動じず、「ふうん」と生返事を返した。
「廊下に自販機あったよね? 買ってきていい?」
「勝手にすればいいだろ」
水面も呆れたように言う。椅子を引いた姫月へ、たまかが慌てて「ついていきます!」と言って続く。三組織の何れかの人物を一人にする機会を作るのは、まずいだろう。姫月に限ってまずないとは思うが、スナイパーへの指示、罠を仕掛ける、仲間へ突入の合図をする……一人になってやれることは多い。その疑惑を防止するためにも、中立の立場であるたまかが付き添うのは必要なことだ。部屋に林檎と水面を残すことになるが、二人はお互いを監視出来る。二人きりで口論になる可能性は高いが、たまかの身は一つしかないためそれには目を瞑るしかない。
二人は部屋を後にし、廊下へと出た。自販機の前まで来ると、姫月はガムをポケットから出した紙へと捨てた。それをポケットへと戻し、次はスマートフォンを取り出した。スマートフォンで決済が出来るときいたことがある、そのためだろう。ボタンを押す姫月の背中を、たまかは後ろからぼんやりと眺めた。
「……やっぱり駄目だね」
「え?」
ガコンという飲み物の落ちてきた音に、姫月は屈んで取り出し口へと手を突っ込んだ。立ち上がると、たまかを振り向く。
「何がいい?」
どうやら奢ってくれるらしかった。たまかは「えっと」と言って少し迷ってから、お茶の入ったペットボトルを指差した。レースに包まれた指がボタンを押し、程なく飲み物が取り出し口へと落ちてくる。たまかはそれを取り出し、姫月へと礼を言った。たまかが飲み物を手に退くと、姫月は再び自販機の前に立った。迷いなくボタンを押す。
(姫月さん、いつも通りに見えてましたけど……心の中ではいろいろと思うところがあるのでしょうか)
飲み物を購入し続ける姫月の背を見ながら、たまかはぼんやりと考えた。
(そうですよね、姫月さんはあの写真を飾って、毎日見ていたわけですから……。思う所がない方がおかしい、ですね)
どんなことを考えているのかは、たまかにはわからない。しかしその背中は、いつにも増して小さいように感じた。
姫月は自販機へ背を向けると、一本のペットボトルをたまかに預けた。甘み少なめの文字が躍るコーヒー飲料だった。姫月の腕の中には、オレンジジュースといちごミルクが収まっていた。




