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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第65話

 建物から一旦外に出て、『ラビット』の敷地の隅へと赴く。そこは狭い更地になっていて、雑草に混じって数多の物が埋まっていた。人形やストロー、割り箸、果ては水鉄砲まで、多種多様な姿が土から顔を出している。これらはすべて墓標である。この街には死者の遺骨を埋める先として墓地が存在しているが、訳あってそちらに埋葬出来ない場合は、『ラビット』ではここの更地に埋めることにしているらしい。数多の有象無象が突き刺さっている中、たまかはレースのリボンが結んであるスプーンの前でしゃがみ込んだ。緻密な模様が広がるリボンの先は長く、肌寒い風に揺れて靡いている。スプーンの壺部分の歪んだ光沢に、たまかの厳かな表情が映った。たまかはそっと手を合わせた。

 この二日間、ナナもノアもほとんどポポの話題をあげなかった。もちろん二人にとってポポは大事な友達であり、悲しんでいた様子は本心に見える。また目の前で死んでしまった衝撃も強かっただろう。しかし二人はそれ以降、特にポポについて言及することも追悼することもなかった。三組織の者にとって、仲間の死は日常なのだろう。悲しむけれど、そこに執着はしない。そして『ラビット』はそれが特に顕著なようにたまかは感じていた。『ブルー』や『レッド』のメンバーを見ていると、この二組織の各メンバー間は仲間意識が強そうだった。それに比べて『ラビット』は個人個人で楽しいことを追求していて、同じ組織に所属する仲間という概念が希薄そうだった。きっと哀悼の意はあっても、友達との別れという感覚であり、彼女達が生きる上での障害になったりはしない。ならば、たまかもそれに倣うべきだ。『ラビット』の一員であるポポも、きっとその感覚を持ち合わせて生きていたのだから。

(どうして庇ってくれたのかは、やっぱりわかりませんが……)

 彼女も咄嗟の行動だったのだろう。ポポは初対面にも拘わらずたまかのことを友達だと思ってくれていて、友達を守ろうとした行為だったのかもしれない。あるいは蘇生の力しか眼中になくて、蘇生の力を財団の者に横取りされそうになって、何がなんでも渡すものかと思った故の行為だったのかもしれない。もちろん、真相はポポに訊いてみないとわからない。だから、永遠にわかる日はこない。

(理由がどうあれ、私の命がポポさんに救われたことは事実です。生き延びた私が出来ることは……きっと、一人でも多くの命を守ること。ポポさんのような犠牲を、これ以上出さないこと)

 こんな悲しい思いは、もう沢山だ。

(それがポポさんのために、私が出来ることです)

 たまかはポポのことをほとんど何も知らない。彼女の好きなものも、嫌いなものも知らない。会話すら数える程しか出来ていない。それでも、たまかにとってポポはもう、ほんのわずかな一時を共にした、大切な友人だと言えるだろう。

(もう……誰も死なせたくありません)

 そんな彼女に恩返し、あるいは罪滅ぼしをするならば、助けて貰った命で自分の出来ることを一生懸命やっていくしかない。そして第二第三の犠牲を防いでいくことこそが、きっとたまかの出来ることであり、ポポへの可能な限りの償いだ。ポポがそれを望んでくれているかはわからない。けれど遺された者が死人の望みを訊く術もない。ならば、『ラビット』流に前を向いていくしかない。

 たまかは顔をあげた。スプーンに映り込んだ瞳には、光が宿っていた。しばらく風に靡くリボンを見下ろしたあと、身体の向きを変え、その隣に埋められた尖った石へと手を合わせた。この墓標の下には、財団の三人の遺骨が埋められている。これはたまかがお願いして実現したものだ。敵ではあるが、彼女達だって生を全うしていた人間だったのだ。

 黙祷を終えて、たまかは立ち上がった。そして踵を返し、建物の中へと走って帰っていった。たまかなりのポポへの別れの挨拶を見届けたリボンは、白い制服が消えたあとも風にその身をゆらゆらと動かし続けていた。




***




「ふーん。なんか……変な事になってきたねえ」

 姫月はストロー越しにメロンソーダを啜った。緑色がストローからすっと消えて、アイスクリームの乗った表面を泡がぶわりと覆った。

 たまかは姫月と二人きり、応接室で対面していた。写真を撮ったあの日のように、お互いソファに座り対峙する。姫月は桃色と紫色のメッシュの入った二つ結びの長い髪を、レースに覆われた手でかき上げた。白い髪がふさりとソファの手摺り部分に着地する。

「変なこと、ですか?」

 ナナとノアと別れたたまかは、簡易的な墓参りを終えたあと、姫月を探して応接室へと向かった。丁度姫月は一人で応接室にいて、彼女へと『レッド』の提案の内容を伝えることが出来た。メロンソーダの入ったグラスを片手に話をきいた姫月は、参加については直接答えず、一言感想を漏らしたのだった。たまかは言われた意味がわからず、思わず訊き返す。

「三組織のトップが会談なんて、曠前空後じゃん。というか朱宮が一番嫌がりそうなのに、意外だなって」

「え……そうなんですか? でも、今回の会議の発案者は林檎さんですよ?」

「だから変な事になってきた、って言ったの。まあ、そうせざるを得なかった、ってことなのかな」

 言いながら細長いスプーンを手に取り、アイスを突っつく。クリーム色のアイスは適度に柔らかくなっていて、スプーンに掬われた部分が丸く抉られた。そのまま姫月のリップの艶めく唇へ運ばれ、その口の中に収まった。

 たまかは話し合いといえば、それこそ『レッド』の本領発揮の分野だと思っていた。林檎の得意とするところだと思っていたため、姫月の言葉に少なからず驚きを隠せなかった。

(あ……いや、もしかすると会議自体が嫌なのではなく、水面さんや姫月さんに対面するのが嫌、ってことなんですかね)

 林檎の胸中を推し量っていたたまかは、アイスに舌鼓を打つ姫月をちらりと見やる。

(三人が一堂に会するなんて破天荒解なこと、初めてでしょうし……他組織のトップに知られたくないことがあるとか? ……えっと、初めて、ですよね……?)

 姫月の部屋で見つけた写真が脳裏に過った。三人で笑顔で写っている写真。あり得ないはずの、幸せそうな一時。

(いやあれは恐らく姫月さんの用意した偽物で……。あれっ、でもそういえば、三人で会議をするなら、姫月さんにとってあれを使用出来る大チャンスなのでは?)

 たまかははっとして眉間に皺を寄せた。もしあの写真が他の組織の勢いを削ぐフェイクニュース的な役割を持ったもので、姫月の隠している切り札なのだとすれば、対面した時に二人の長への脅しに使うのにぴったりではないか。どれほどの効果があるのかはわからないが、少なくとも他の長を一段と意識している水面は確実に嫌がりそうだとたまかは思った。

(これは、姫月さんを会議に参加させるための説得に使えそうです!)

 一人ころころと表情を変えるたまかを、姫月はもくもくとクリームソーダを食しながら観察していた。たまかが顔を上げたため、その手を止める。

「姫月さん。会議への参加のお返事、どうしますか」

「どうしますかって言われてもね」

「会議に参加すれば、抗争では出来なかったような、ずっと使いたくても使えなかった戦法が取れますよ。とっておきの切り札が」

「ふーん、うちにそんなものがあるんだ?」

「あるじゃないですか。姫月さんにしか思いつかないような、とっても楽しそうな奴が」

 グラスの中で、炭酸が弾けた。アイスが溶けて、それによりさしていたスプーンがグラスにあたってカランと音をたてた。

「なんだそれ?」

「ええっ?」

 すぐに察してくれると思っていたたまかは、思わず眉尻を下げた。

「フェイク画像ですよ……!」

「フェイク画像?」

 姫月はメロンソーダをストローで吸いながら、小さく首を傾げた。頭のミニハットが揺れる。

「部屋に飾ってあった写真です! 水面さんと林檎さんと姫月さんが、仲睦まじく写っている奴!」

「あんた、うちの部屋に勝手に入ったの? ……ああ、そういえばマスターキー渡してたっけ」

 責めるような表情のあと、自己解決したらしい姫月は乗り出していた半身を戻した。誘拐された『不可侵の医師団』の子を探すために、片っ端から部屋に入ったであろうことを察したのだろう。そしてたまかの言う『フェイク画像』にも見当がついたようだった。

「あはは」

 姫月は軽く笑って、グラスを机に置いた。グラスの周りについた水滴が、机目掛けて伝っていった。フリルとリボンとレースに包まれたスカートのポケットからハンカチを取り、レースごと濡れた手をあてる。そしてハンカチを畳みなおし、再度ポケットへと突っ込んだ。

「いやいや……フェイク画像じゃないよ、あれ」

「え?」

 え?

「あ、あとやっぱ会議は参加ってことで返事出しとくわ。朱宮のことだからどうせ参加させるまであれこれ手を尽くしてくるだろうし、よく考えなくても最初から素直に従っておくべきだったね」

 フェイク画像じゃ……え?

 「いやあ写真片づけておくべきだったなあ」と暢気に言って、姫月は再びメロンソーダの入ったグラスを手にとった。手を覆ったレースが濡れるのも厭わず、アイスが溶けてまろやかになったメロンソーダを啜り始める。呆けたたまかは頭を駆け巡る数多の思考に脳を支配され、それを一心に見つめ続けることしか出来なかった。




***




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