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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第63話

 部屋が冷たい静寂に支配された。皆、開いた口が塞がらず、茫然とサクラの顔を眺めるしかなかった。誰もが言われたことを頭の中で性急に処理しようと、必死に頭を回転させていた。

 三組織は、顔を合わせればとにかく殺し合いをしてきた。自分達の理念、仲間の仇、そんなものは相手に言葉で伝えたところで無駄だと、どの組織もわかっていたからだ。相手の命を散らすことこそが最善手であり、そして自身の組織への貢献に繋がる。長への忠誠心や仲間意識、そして長の格を上げることにも直結する。だからそれが当たり前だった。今回の『レッド』の提案は、その常識を覆す、前代未聞のものだった。

「そんなの出来るわけないだろ」

 しんと静まり返った部屋で最初に声をあげたのは、ミナミだった。

「周りも長達も、話がまとまるより先に手がでるだろ」

 主張を通すには言葉はいらない。鉛玉を一発お見舞いしてやればいい。そういう世界なのだ。

「普通ならそうです。……ですが今わたくし達には、たまかさんがいます。完全中立でどこの組織にも属していない、それでいて事の中心人物であるたまかさんが」

 全員の視線が、一人の『不可侵の医師団』の少女に集まる。

「彼女が間に入ることで、我々は初めて言葉を交わすことが出来る。三組織すべてが武器を捨てることをたまかさんに誓い、見張って頂くことによって、話者の命の保障がなされます。たまかさんは三組織すべてが求めている人物でもあるので、嘘をついたり裏切ったりすることはどの組織にとっても悪手です。たまかさんが立会人になってくだされば、安全に会談を遂行することが出来ます」

「いや、こいつがいても無理じゃないか? 結局従うフリして他組織のトップ二人をその場で殺して、こいつを無理やり連れていくのが一番話が早い」

 ミナミが真面目な顔つきのまま、投げやりに言う。

「……皆さんだってわかっているはずです。この場にいる九十九たまかさんが、一体どのような人物なのか」

 サクラは全く動じず、たまかへと掌を指し示す。まるで皆に紹介するかのように、薄く笑みを浮かべた。

「他組織の長二人を殺した状態で、たまかさんがその人の指示に大人しく従うと思いますか? 思いませんよね?」

 全員のたまかへの視線が変化する。サクラの言葉はたまかを知っていれば知っている程妙な説得力があり、その場にいる者達は皆黙りこくってしまった。もちろんたまかには力もなく武器を扱う力も備わっていないため、他の長達を殺害したあと連れ出すまでは容易に実行できるだろう。ただ、その後絶対に面倒臭いことになる。この場の全員にそんな確信があった。たまかは粘り強く、三組織に劣らない程自分の信念に正直で、そして頭を働かせる。目的のためなら躊躇もない。一方三組織は何れもたまかの身柄を確保しただけでは最終的な目的は達成されない。その後他組織の情報を訊き出したり、一緒に遊んだり、財団との関係を探る必要が出てくる。つまりたまかと本気で敵対してしまうと、どの組織も都合が悪いのだ。

「それに」

 皆口を噤んでいたが、サクラはさらに畳み掛けるように続けた。

「先程部屋へと入ってきた時に見た光景。三組織が皆、争いもなく同じ部屋に集まっていた異様な状況。……恐らくたまかさんは、既に『レッド』の提案紛いのことを実践していたのではないですか?」

 たまかは言葉を詰まらせた。その通りだった。そう、『レッド』側の提案には既視感があった。まさに自分が先程まで実践していた行動。それにとてもよく似ていた。

「たまかさんが自主的に実践出来ていたとすれば、それをもう一度、今度は長達の会談の場でやるだけです。どうでしょうか? 皆さま、朱宮さまの提案に乗る気はないですか?」

 サクラは切り揃えられた漆黒の前髪の奥の瞳を歪め、笑みを作った。この場の誰もが提案に乗ると、そう確信を持った怪しい笑みだった。

 その顔を見下ろし、ソラは浮かない顔のまま、大袈裟な素振りで腰に手を当てた。肩を竦める。

「長達の会談の場でやるだけ、って……規模が違いすぎるだろ。そんなの周りが放っておくわけないでしょ? 第一、絶対に上手くいかないぞ、そんな会談。朱宮や桜卯が武器を持たずに話し合いをするんなら、終わった直後に出てきたところを袋叩きにすれば簡単に殺せる。お前らもどうせ同じことするでしょ? ねえ、ミナミ」

 ソラは隣を振り返った。しかしミナミは、なかなか同意の言葉を発しなかった。

「ミナミ?」

「んー……」

「何、どうした?」

「いやあ、あっしはこの二日間、もう見ちゃってるからさ……」

 疑似的『レッド』の提案が、成功してしまっているところを。

「……朱宮の別の思惑が入っているとしても……この案自体は、成功する可能性は高いのかもしれないな」

「ええ? 正気?」

 ソラは信じられないものを見るような目で仲間を見つめた。ミナミは苦い顔をしながら、悩まし気に口を閉じた。そして、サクラへと顔をあげた。

「ただ、『ブルー』にとって話し合いをするメリットは何もない。話し合って何かが解決するとも思えない。『ブルー』は九十九たまかの身が欲しい、それだけなんだ」

「ではそのように『レッド』と『ラビット』を説得すればいいでしょう。話し合いとは、そういうものですよ」

「それは拳でやればいいだろ」

「抗争は会談の後にでもすればいいでしょう。その前に会談を挟む、それだけです」

「時間の無駄だ」

「本当にそうですか? ……『ブルー』は『レッド』や『ラビット』の情報が欲しくはないのですか?」

 ミナミが、僅かに目を細めた。

「抗争では手に入れられないですが、話し合いで手に入れられるもの、それは情報です。会談は、情報を得るチャンスでもあります。抗争の前にそのような時間を設けても、『ブルー』にとってデメリットはないでしょう。ならばチャンスを取るべきかと」

「縹様の身を危険に晒すわけにはいかない。朱宮が何を考えてるかわからないしな」

「朱宮さまが何を考えていたとしても、会談の場を滅茶苦茶にすることは絶対にありません。なぜならその会談を取り持つのは、朱宮さまではなくたまかさんなのですから」

「……」

「それに貴女は、会談は成功すると思っているのでしょう? 実際にたまかさんが仲介して三組織が傷つくことなく一緒にいたのを、その目で見ているのですから」

 『ブルー』が会談に参加する意味は、大いにあると思いますよ。サクラはそう締めた。ミナミは何も言わず、唇を噛んだ。

(ああ……)

 たまかはその場を見て、唾を呑んだ。わかってしまった。自分がずっと、林檎の掌の上にいたということが。

(全部……全部林檎さんは見透かしていたのですね。私が『ラビット』に残ったらどういう提案をするのか、どんな行動をするのか。成功させたことも含めて全部、林檎さんの計画の内……)

 たまかが三組織を一部屋に集め、条件を設定し守らせたことによって、その後の『レッド』の提案を通りやすくしたのだ。現にその場にいたミナミ、そしてナナやノアは、『レッド』の前代未聞の案を却下する素振りはなかった。その中で否定の声をあげていたミナミも、段々と言い返す言葉が無くなってきている。実際に自分の目で見てしまっている以上、説得されるのも時間の問題だった。

「……縹様に、この案を持ち帰ってみよう」

 最終的に、ミナミは苦い顔のままそう言った。隣のソラを振り返り、「最終的な判断は、縹様に任せよう」と言った。ソラはミナミの真意を探るように見つめたあと、ゆっくりと首を縦に振った。

「『ラビット』はどうでしょう?」

 話のまとまった『ブルー』から、『ラビット』へと尋ねる先が変えられる。サクラに話を振られた『ラビット』の二人は、顔を見合わせた。

「……キツキちゃんに訊いてみないとわかんない。だってそれ、キツキちゃんの会談ってことでしょ?」

「ええ、そうですね」

「ナナ達で勝手に決めるわけにもいかないし、とりあえずキツキちゃんにどうするか訊いてみるよ。キツキちゃんがいいって言えば参加するし、キツキちゃんが嫌って言えば不参加になるんじゃないかな」

「反対しないんだ。他の組織の長の前にのこのこ首晒せって言われてるんだよ? 長のことどうでもいいの?」

 ソラが驚きとともに横槍を入れる。

「どうでもいいというか、ボク達関係ないじゃん」

「そうそう。キツキちゃんの用事でしょ? ナナ達が口を挟むものじゃないし……」

「でも、その話し合いを楽しいパーティに変えるのは楽しそうだよね」

 ノアの声を弾ませた提案に、ナナが「サプライズでね」、と付け加えた。

「そういうわけで、キツキちゃんにはちゃんと伝えるけど、『ラビット』が勝手に好き放題プロデュースしても文句言わないでね」

 口元を隠し、目元をにやりと歪めたナナに、サクラは薄い笑みを貼り付けたまま頷いた。

「ええ、きちんと伝言をお願いします」

 それから最後に、サクラはたまかへと向き直った。

「たまかさん、この提案、受けてくださいますか?」

「……ええ、仲介役を引き受けます。林檎さんから逃げられるとも思っていませんし」

 「なにより」、そう声を小さくして付け加える。たまかは再度、サクラを真っ直ぐと見つめ返した。

「争いのない三組織の会談は、私の望む、理想の形です。その会談で解決すれば、誰も傷つかずに済みます……私にとって、願ったり叶ったりの提案です」

 そう、この『レッド』の提案は、たまかの提案かと錯覚しそうになるくらい、たまかの理想の提案だった。この会談が上手くいけば、誰も死ぬことなく、誰も傷つくことなく平和に事が運ぶかもしれない。林檎がどのような意図を以ってこの案を持ってきたのかは定かではないが、確実にたまかを意識して練られたものだろう。

 たまかの返事をきいて、サクラはその口元を満足気に緩めた。改めて全員へと口を開く。

「では、各リーダーからの会議の参加の可否の返事は、改めて『レッド』までご連絡下さい。いい返事を期待しております」

 そう言うサクラの顔は、既にどのような返事がくるのかわかっているようだった。確信を笑みに変えて、皆を見上げる。

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