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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第57話

「失礼します」

 扉を三回ノックしたあと、部屋の中へと声を掛ける。中から返事は返ってこなかった。

(留守でしょうか……)

 たまかは扉の前に一人立ち、包帯だらけの腕を動かし、顎に手をあてた。目の前の扉は姫月と写真を撮った、思い出の応接室のものだ。

(そういえば、『ラビット』の寮の一階の端、姫月さんの部屋のようでしたね。あそこに直接赴いた方がいいでしょうか……)

 片手に握ったマスターキーをちらりと見やる。返却主は、そちらにいるのかもしれない。

「入れば」

 場所を移そうか考えていると、部屋の中から小さくくぐもった声がきこえてきた。周りが静かでなかったら、聞き逃しそうになるほどの声量だった。その声は、姫月のものではなかった。

 たまかは扉をそろりと開けた。灰色のふかふかのソファには、未だボロボロの黒白に身を包んだままのナナが座っていた。目的の人物ではなかったが、彼女はキーの返却前に探し回った人物でもあった。ノアの治療後、たまかはノアと二人でナナの姿を探したのだが、どこにも見つからなかった。そのため、ナナの探索を諦め、姫月へマスターキーを返却しに来ていたのだった。

「お邪魔します」

 たまかは身を縮め、部屋へと入った。扉をゆっくりと閉める。

「キツキちゃんが言ってた。たまかちゃんは鍵を返しに必ずここに来るだろう、って」

 ナナはソファに座りながらそう言い、向かいのソファを顎で示した。彼女は相変わらず難しい顔をしていた。

「姫月さんと会っていたんですか?」

「うん。でも今はもうこの建物にはいないよ」

 制服がボロボロのままということは、もしかするとポポの部屋を後にしたあと、ずっとこの部屋にいたのかもしれない。

 ナナに示されたソファに腰を埋め、たまかは少し居心地悪そうにそわそわとした。探していた相手とはいえ、ポポの部屋での発言をきいたあと、彼女にどうやって接せばいいのか依然として答えを見つけられていなかった。急に二人きりとなってしまい、何と声を掛ければいいのかわからなかった。

「ノアの治療は?」

 そんなたまかに代わって、ナナが言葉を放つ。彼女は幾分か落ち着きを取り戻しているようだった。きっと、この部屋で一緒にいたであろう誰かのお陰だ。

「終わりました。本格的な治療は、『不可侵の医師団』で改めて行いたいですが」

「そう、良かった」

 ナナはそう言って、唇を嘗めた。視線を逸らし、もごもごと口をまごつかせる。しかし、たまかは部屋を見渡していてその様子に気が付いていなかった。

「姫月さんはどこに行ったんですか?」

「教えない」

 即答が返ってきた。まあ確かに、組織の長の居所なんぞ、他組織のメンバーに易々と知らせるわけにはいかないのかもしれない。

「……嘘。ごめん。キツキちゃんは今、『不可侵の医師団』にいる」

 ……とたまかが一人胸中で納得しかけていると、ナナは一転してリーダーの居場所を吐いた。彼女の顔は反省の色に染まっていた。たまかは困惑しながらその様子を見守った。

(……たぶん、姫月さんに何か言われたんですね)

「『不可侵の医師団』に? なぜですか?」

「今回ポポが『不可侵の医師団』の子達を拉致して一緒に遊んじゃったでしょ……その後始末に行ったんだよ」

「後始末……ですか」

 『ラビット』は他二組織に比べ、規模が小さい。たまかは実際の人員数を知らないが、『ブルー』や『レッド』の構成数がそれぞれ千人程だとすれば、『ラビット』は五百人にも満たないように感じていた。それでも、他の二組織と肩を並べる程の凶悪な組織である。つまり『後始末』とは、簡潔に言えば『脅し』に行ったのだろう。『不可侵の医師団』のメンバーに対して拉致や殺傷をしたが、それは水に流し他組織に対するのと同様、今まで通りに治療を行うべきだと圧をかけに行ったのだ。

「いや、たぶんたまかちゃんの考えているようなのとはちょっと違う」

 ナナはたまかの顔を読み、否定の声をあげた。

「詳しいことは知らないけどね……ナナの手首、ちゃんと医療器具が揃っているところで処置しないと駄目な怪我だから、『不可侵の医師団』の協力は必須だって言ってた。だからあくまで穏便に事を運ぶ、って」

「……そうなんですね。どう話をつけているのかは知りませんが、『ラビット』のお二人をこっそり侵入させる手間が省けそうでよかったです」

「たまかちゃんってさ……たまに本当に面白いよね」

 そう言う割りに、褒めているというよりなぜか呆れ混じりだった。

「とりあえず、手首を固定させて頂いてもよろしいですか? そういうことでしたら、整復は私ではなく『不可侵の医師団』の別の方に担当して頂きましょう。今はあくまで応急処置ということで」

「うん、わかった。キツキちゃんといるとき、キツキちゃんに言われてずっと手首を冷やしてたんだ。キツキちゃんが出ていってからは、面倒くさくて止めちゃったけど」

「痛みは?」

「まだある」

「腫れは……うん、そうですね。とりあえず……」

 たまかはナナの座るソファへと向かい、応急処置を始めた。慣れた手つきで治療を進めるたまかの顔を、ナナはじっと見上げていた。

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