第55話
アカリの言葉に、ソラとミナミの顔は揃ってたまかへと向けられた。それから、ミナミが面倒臭そうな顔を隠そうともせず、自身の頭をがしがしと掻いた。ソラは胡乱な目を向け、今にもため息をつきそうな顔をした。
「お前、一体何やらかしたのさ? そんな弱っちいくせに、大層な奴を敵に回しちゃって」
呆れたように「あーあ」と言うソラに、たまかは慌てて弁明をした。
「し、知りません。本当に心当たりがないんです! 財団なんて関わりが一切ない組織だったんですから!」
そして声を大きくして、「それよりも!」と続ける。
「『不可侵の医師団』の二人を運ぶ方が急を要します。早く運んであげないと」
ぶれないたまかに、ソラは肩を竦めた。
「はいはい。……どうするミナミ?」
「とりあえず、こいつはうちで預かるよ。もともと縹様が確保していたのを、『ラビット』のこいつらが横取りしたようなもんだったんだ」
サクラへと言いながら、ミナミは立てた親指で消沈して座ったままの二人を指し示した。ここまで『ラビット』の二人は、一言も言葉を発していなかった。
サクラは首を小さく振った。黒いおかっぱが揺れる。
「……なりません。たまかさんは依然として財団に狙われたままです、貴女方に任せておけません。この件には謎が残っています、貴女方がそれを紐解くことが出来るとはとても思えません」
「……そうやって難癖つけて、てめえらが横取りしたいだけじゃないのか?」
「話をちゃんときいていましたか? 難癖じゃなくて事実であり、事実に対応するための対策を講じたいと言っているだけでしょう。その耳は飾りですか?」
サクラとミナミが啀み合う。剣呑な雰囲気になってきた中に、たまかが割って入った。物理的に二人の間へと立ち、火傷だらけの両手を胸の前に握って、叫んだ。
「ここで言い争いが始まっても誰も得しません! そんなの意味なし、五日目の処方箋くらい無価値です!」
サクラとミナミは面食らったようにひょっこりと現れたたまかを眺めた。
「それはわかっていますよ」
言外に『こいつが理解しないのが悪い』と言いたげな視線を、サクラはミナミへと送った。
「私は逃げたりしません。とにかく、『不可侵の医師団』の二人を治療の出来る場所に早く運びたい、それだけです」
「……わかりました。信じましょう。では、こういうのはどうですか」
サクラはミナミとソラを見渡し、片手を広げて掲げてみせた。
「たまかさんの今後の処遇は、一度それぞれ長への報告を済ませた上で再度方針を決めませんか。恐らく、『ブルー』と『ラビット』の長達も今回の情報を得て何か考えを改める箇所があると思われます。再び長に指示を仰いだ上で、改めて三組織で話し合いをしませんか」
「抗争の間違いじゃ?」
「そうかもしれません。いずれにせよ、たまかさんの身は保留とした上で、まずは怪我人を運ぶのです。それがたまかさんの要望にも見合うでしょう」
「その間、こいつはどうする? 『ブルー』に置いておくのが筋が通ってると思うが」
「『ラビット』に置いていきましょう」
「え!?」
「は!?」
たまかとソラの声が、綺麗にハモりをきかせて響いた。サクラは一つ、わざとらしい咳払いを挟んだ。
「ただし、『ブルー』と『レッド』の両人員を一名ずつ、共に付き添わせます。三組織全ての人員がたまかさんの傍につけば公平でしょう。そして残りの『ブルー』と『レッド』のメンバーは『不可侵の医師団』へ怪我人を送り届け、そのまま各自長へ報告に行く。長から新たな指示を貰った各メンバーは、『ラビット』のたまかさんの元へ再度集まる。……このような流れでどうでしょう。その間、たまかさんや他組織への襲撃は禁止です。守られるとは思っておりませんが、一応言っておきます」
サクラは説明を終えると、どうでしょうとばかりに各々の顔を見渡した。一早く反応したのはたまかだった。
「私は今の案に賛成です。『ラビット』に残れば……ポポさんを弔ったり、葬送を手伝えるかなと」
たまかはポポの死体を悲しそうに一瞥した。
「それと、ナナさんとノアさんの怪我の治療も出来ます。願ったり叶ったりです」
続いてミナミもサクラの案に一考を始める。
「縹様への状況報告は確かに必要かもしれないな。その間あっしもこいつを監視出来るのであれば、まあ……『ラビット』のアジトでも構わない」
サクラは最後に、ナナとノアへと答えを求めるように視線を下げた。二人は見つめ返すばかりで、口を開くことはなかった。
「無言は肯定として捉えてよろしいでしょうか」
サクラは少し困惑を滲ませながら、そう声をかけた。
「勝手にすれば」
ずっと閉ざしていた口を久々に開き、ナナはぶっきらぼうにそう小さく返した。
サクラは話がまとまったことに、満足そうに頷いた。
「では、各々行動に移りましょう」
茜、と早速呼びかける。
「わたくし達は怪我人を運び、朱宮さまに報告へ参りましょう。灯はたまかさんに付き添ってください」
「わかったわ」
アカネは無言でサクラの元へと歩み寄り、アカリは笑みを浮かべながら頷いた。
「ソラ、イロハ。そういうわけで、怪我人のことは頼むよ」
ミナミは『ブルー』の面々に指示を飛ばす。ソラは面倒臭そうに、イロハはにこやかに、それぞれ了承した。
ミナミとアカリが、細かなことを決めるためか相談を始めた。ミナミは懐疑的に、アカリは穏やかに、会話を運んでいく。そこから離れ、サクラとアカネ、ソラとイロハは怪我人を運ぶ準備を始めた。ポポのベッドのシーツを使い、即席の担架を作る。『レッド』の二人とイロハが担架を作っている間、ソラだけは手伝うことなく、手持無沙汰気味にたまかへと寄って話しかけてきた。たまかは『不可侵の医師団』の二人の指の回収を終え、ポポの部屋にあった入れ物を借りて収容を終えたところだった。
「お前って、滅茶苦茶弱いけどさー……」
「な、なんですか」
じろじろと不躾にたまかを見渡す。ソラは胡坐をかくとそこに肘を立て、その上の顔をに、と歪めた。
「『ブルー』からも『レッド』からも『ラビット』からも五体満足で生還したのは偶々だろうって思ってたんだけど、まさか財団の襲撃さえも乗り切るなんてね」
「……私の力ではありませんよ」
「そんなの当たり前でしょ。誰がどう見てもそう。思い上がるな。お前は一蹴りだって入れてないんだから」
たまかだって、もちろんそんなことはわかっている。
ソラの言いたいことがわからず、たまかは口をまごつかせた。
「でも、確かにお前は死ななかった。どの組織でだって、財団の襲撃を受けたって、死ななかった。ただの偶然じゃ、片づけられないのかも」
(……それは単に戦闘のエキスパートである三組織が絡んでいるからってだけじゃないですかね。今回も三組織の皆さんに助けて頂いたお陰で、命が助かったわけですから)
たまかが何と言っていいか考えあぐね、半笑いを浮かべていると、ソラは楽し気に嗤った。
「少し、お前に興味出てきたかもしれない」
「うぇ?」
「お前は弱い。底抜けに弱い。でも……決して弱いだけじゃない。つまりどういうことなんだろうね」
(私が訊きたいくらいですが……)
たまかの返事を待たず、言いたいことは言ったとばかりにソラは胡坐を解き、立ち上がった。ソラがそのすらりとした腕を伸ばして伸びをしていると、イロハがソラを呼んだ。担架が出来上がったらしい。ソラが一人をおぶり、アカネとイロハが担架を持ち、サクラが指の入った容器を持つ形で、四人は怪我人を連れて部屋を去っていった。




