第54話
ミナミとサクラの姿はなかった。ポポの部屋に戻ったらしい。二人がポポの部屋へと入ると、七人と一つの死体が出迎えた。たまかは思わずポポの死体に目が吸い寄せられ、そして泣きそうな顔をした。しかし一度首を振り、顔をあげる。奥へと進んでいき、無茶苦茶となった部屋の中へと足を踏み入れた。たまかが周りを見渡すと、属する組織によって、たまかを迎える表情に大きな差があった。
『ブルー』のソラとミナミは、晴れ晴れとしたような、満足そうな顔をしていた。水面に命じられたたまかの身柄の確保が無事に出来たこともそうだが、どうやらそれ以上に喧嘩を売って来た財団の奴らを殺すことが出来た達成感が大きいようだった。水面の指令を守り、かつ喧嘩に勝ったのだから、『ブルー』の面々は目的を達成したと言える。それにたまかが蘇生能力を持っていないという情報も、蘇生能力を意に介さず身の確保のみを目的としてきた『ブルー』からすれば無意味なものであり、痛くも痒くもない。二人が比較的上機嫌なのも頷けた。
一方『ラビット』のナナとノアは、意気消沈した面持ちで無言を貫いていた。二人は怪我も酷く、立ち上がる事すらできないまま、床に座り込んでいた。自身の怪我も苦痛であるだろうが、仲間であるポポを目の前で失ったことに加え、さらにたまかの蘇生が嘘だったという事実を突きつけられ、身も心も満身創痍のようだった。二人は『ラビット』であるお互いですら会話を交わすことなく、ひたすらに床を見つめ続けていた。
残る『レッド』のサクラとアカリ、そしてアカネは、三人とも晴れない顔をしていた。何やら思うところがあるような顔で、『ラビット』の面々とは違った雰囲気ではあったがこちらも御互いに口を結んで思考に専念している様子だった。『レッド』の目的はたまかの救出だったはずであり、その点では『ブルー』と同じく任務を無事に達成したと言えるはずだ。たまかの蘇生能力の有無についても、たまかが『レッド』にいる間に既に『ない』と判断していたため、周知の事実だったはずである。それなのに、『ブルー』の者達と表情は全く異なっており、財団の者が倒れてなお油断した雰囲気がなく、ピリついていた。
たまかはがばっと頭を下げた。後ろに立つイロハが、微笑みを湛えながらその様子を見守っていた。
「助けて頂きまして、ありがとうございました」
この言葉は、部屋にいる全員、八人と、一つの死体に向けられたものだった。皆の注目を浴びながら顔を上げたたまかは、少し言いにくそうにしながらも、声を張って続けた。
「そして申し訳ないのですが……『不可侵の医師団』の二人を、すぐさま『不可侵の医師団』に運びたいのです。手伝って頂けませんか」
そう、たまかが『ラビット』の領地に来たのはもともとそのためである。一悶着あった間に時間も経ってしまっている、もしかすると大量出血で既に助からないかもしれない。それでも、彼女達を安全な場所に移動させ、きちんと診断し、出来る限りの治療を施したかった。
「……そういえば、そういう話してたな」
ソラは襲撃前の会話を思い出しながらそう言うと、機嫌良さそうに頷いた。
「いいぜ。その代わり、お前の身柄は『ブルー』のものだ」
ミナミは口を挟まなかったが、その目はソラの言葉に全面的に賛同しているようだった。
「んじゃ、二人を運ぶのは私がやるから、お前はミナミに従って『ブルー』の本拠地まで帰んな。ま、蘇生能力なんてバカらしい話の種が割れた今、道中はつまんない程平和だろうけどね」
揶揄するようにせせら笑うソラへ、「待ってください」という真面目な声色が水を差した。不快感を露にした顔のまま、ソラは声の主、サクラへと振り返った。
「……何? 『レッド』にはもう関係ないでしょ。蘇生能力がないことが割れた今のこいつに価値はない。こいつを連れてっても財団はもう金を出さないと思うよ」
鼻を鳴らすソラに対して、サクラは始終厳しい顔のままだった。敵対心や挑発心は見えず、何やら懸念するような、緊張感のある雰囲気を醸していた。
「いえ、おかしいのです」
「……おかしい? 何が?」
ソラが訝しむ後方で、ミナミも説明を求めるように腕を組んだ。『ラビット』の二人は顔はあげているものの、その虚ろな表情は本当に話をきいているのかも怪しかった。
サクラは重い瞼の奥の瞳を細め、慎重な声色で続けた。
「財団の行動が、です。たまかさんに蘇生能力がないのは、先程の現場で伝わったはず。例え財団の者達がたまかさんのことを詳しく知らなかったとしても、『ラビット』のお二人の反応で蘇生能力がないことが事実なのは確実に伝わったはずです。お二人の愕然とした表情は、とても演技とは思えませんでしたから。……それなのに、その後も財団の者達はたまかさんを連れて行こうとしていた」
「ん? ……あれ?」
ソラは眉を顰め、首を捻った。
「おかしくない? 財団は、こいつが『蘇生能力を持っているから』賞金首にしたんでしょ? なのに、蘇生能力なんてないってわかったあとも、生け捕りにしようとしてたことになる?」
「はい、おかしいのです。財団の行動は矛盾しています。蘇生能力を持った人間を求めていただけなら、蘇生能力がないと判明した時点で殺せばよかったはずです。ですがそれをせず、生かしたまま連れていこうとしていました。事実を知ったあとも、なぜか乗り込んできた時と行動が変わっていないのです」
「つまり……財団はもとからこいつに蘇生能力がないことをわかっていて、その上で欲しがっていたってことか?」
ミナミの言葉に、サクラは一度、深く頷いた。
「そうとしか、考えられません」
「……恐らく、朱宮さまはこの結果が予測出来ていたから、私達を向かわせたんだ」
アカネがぼそっと小さく呟いた。確かに、『ラビット』を止めるだけなら『ブルー』だけに任せておいても良かったことに、たまかは遅ばせながら気が付いた。この事実を露にし、そして実際に見届けるために、『レッド』の面々は林檎に駆り出された。そう考えると筋が通るだろう。
「……つまり、たまかさんはまだ財団に狙われたまま、ということだわ」




