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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第53話

 人質の気持ちなど露程も知ることのない財団の少女は、たまかを腕で固定したまま、後ろ歩きで部屋の廊下を慎重に進んでいた。視線だけで殺されそうな部屋の奥からの七人の視線が、こちらをずっと追ってきていた。七人の姿が完全に見えなくなるまでは、警戒し続けなければならない。ただ、たまかの命を消されるのはどの組織も困るらしく、全員身動きを取らず、何もしてこなかった。ただただこちらを憎々し気に睨むばかりである。置き土産に銃弾でもお見舞いして去ることも考えたが、発砲直後に生まれる寸隙を突かれる可能性もある。ここは慎重を期することにしよう。三組織の人員を殺すことは二の次、あくまで目的は九十九たまかなのである。

 廊下を後ろ向きのまま突き進んでいた背中に、スーツ越しに固い感触が当たった。財団の少女は視線を部屋の七人から逸らさないまま、無言で歩みを止めた。他の財団の少女がたまかを人質にした少女の背後にまわり、代わって玄関の扉を後手で開けた。目線、そして銃口はしっかりと部屋に向けたままだった。ガチャ、という空虚な音がして、外の涼しい空気が入りこむ。少女は背中で扉を押し開けて、『ラビット』の少女の一室から外へと帰還を果たした。続いてたまかを人質に取った少女も続き、最後に斧が刺さったままの三人目の少女が玄関を潜った。

 人質は、抵抗したり動いたりする気配がなかった。魂を抜かれたかのように、涙を流すだけだった。閉まりかける扉越しに七人の射殺さんばかりの視線が外れた途端、財団の少女達は駆け出した。その勢いで強く引っ張られたたまかも、足を動かす他なかった。たまかを連れた少女が再び先頭に立って走り、それに他の二人の少女が続いた。全力で細い廊下を駆けていく。

 このまま『ラビット』の敷地を出て、たまかを連れ出せれば財団の勝利だ。あとは『ラビット』の寮に向かって手榴弾でも投げてやればいい。そう計算しながらほくそ笑もうとして——財団の少女は、それが出来なかった。正確には、その表情を作るための頭がなかった。首から血が噴水のように吹き出して、廊下へと赤い雨を降らせた。

「……!」

 あとに続いていたスーツ姿の二人は、急ブレーキをかけて止まった。たまかは目の前の惨状に、さすがにポポばかりだった意識を浮上させた。引っ張られた前傾姿勢のまま固まり、唖然とする。口を半開きにするたまかとは違い、財団の二人は即座に状況を理解しようと、警戒しながら死んだ少女へと近づいた。頭のない死体の後方に、不自然に浮いている赤に目を凝らす——丁度首元の高さに、透明なピアノ線が一本、ピンと張られているのが視界に入った。慎重に見ればわかるものの、急いで走っていてなおかつ逃げることに意識が集中していたのなら、とても気付けないだろう。この張られたピアノ線に、訓練された身体能力の高い人間が走って突っ込んでいき、かつその高さが丁度首の位置だった場合、どうなるか……。たまかは扉の並ぶ狭い通路に投げ出された、血塗れの球体へと視線を下ろした。

 そのとき、横から腕を乱暴に掴まれた。死んだ一人はそのままに、残った二人でたまかを連れて逃げる気のようだ。丁度首の幅分血に塗れたピアノ線を、二人は下から潜った。そしてすぐさま、捕らえたたまかの頭に銃口を当てようとした。しかし固い感触がこめかみに当たる前に、腕を掴んだ少女の身体が躍った。血をまき散らし、たまかの横で倒れていく。下を見下ろすと、めり込んだままの斧が、彼女の重くなった身体を支えていた。顔を青くしたたまかは、理解が追いつかないままに倒れたスーツ姿を覗き込んだ。彼女は事切れていた。胸に銃創があり、そこから血が流れていた。一人立っている財団の少女は、鋭い視線とともに後方へと振り返った。その瞬間、扉が勢い良く開いた。先程までたまか達のいた、ポポの部屋だ。銃を構えたサクラが飛び出す。重い瞼をさらに細め、ピンと伸ばされた両腕の先、即座に銃から発砲音を鳴らした。照準はしっかりと合わせていたらしく、財団の少女の手から拳銃が弾けていった。『レッド』は情報を得たいと思っているため、ここで殺すようなことはしない。無力化することが最優先である。スーツ姿の少女は痺れた手を引っ込めながら、悪くなった状況に顔を歪めた。そしてすぐさま、ピアノ線を切るのにも使った隠しナイフを手首から伸ばすと、たまかの首へと当てた。サクラがぴくりと眉を動かした。

 たまかを人質に取った少女の足から、突然血が吹き出した。たまかが驚いて目線を下げると、スーツのズボンには穴があいており、そこから赤が垂れだしていた。先程倒れた少女と同じく、銃で撃たれたらしかった。銃声はしなかった。サクラではない。スーツ姿の少女は、たまかの首にナイフをあてたまま、発砲場所を探るように周囲を見渡した。その一瞬の隙をつくように、サクラを押しのけて扉を出てきたミナミが迫った。財団の少女がナイフをたまかの首に突き立てるよりも、そしてこの場を逃げ出すために足を動かすよりも、ミナミの拳が少女の顎を殴る方が早かった。脳に直接響くような大きな衝撃に、財団の少女の意識は飛んだ。意識を失った彼女の身体は浮いて弧を描き、細いフェンスを乗り越え、地上へと落下していった。鈍く大きい音が下の方から聞こえてきて、慌ててたまかはフェンスを掴んで下を覗いた。大の字で倒れるスーツ姿は、動くような様子がなかった。

「……殺すのは拷問の後で良かったのに」

 銃を下ろしたサクラは、たまかとミナミの背後へとやってきた。深いため息とともに、ミナミへと何か言いたげな視線を送る。ミナミは悪びれる様子は一切なく、「わざとじゃない」と言って肩を竦めた。

「それにまだ、生きているかも」

「死んでますよ、残念ながら」

 新たな声と、二枚歯の音。のんびりとした足取りでこちらへ歩いてきたのは、『ブルー』の制服に身を包むイロハだった。彼女はポポの部屋とは反対方向からやってきていて、どうやら階段を使って下から上って合流しに来たらしかった。緩やかな弧を描くアイボリーのショートカットを揺らしてたまかの横で止まると、その長く垂れた袂を舞わせてパン、と両手を合わせた。その奥には、場にそぐわぬにこやかな笑み。

「さっすがミナミ様。惚れ惚れしちゃいます」

「死んでるって本当か?」

「はい。たまかさんを近づけても、問題ないかと」

 イロハはたまかへと視線を移した。たまかが診ようとしていることを見越しての発言のようだった。

「いや~、それにしても『レッド』には恐れ入るわね」

 イロハは明るく声を張り上げ、くるりと身をサクラへと回した。サクラは唇を真一文字に結び、重い瞼の下からイロハを見上げていた。

「まさかこんなところに罠を張っておくなんてね! 狙撃手の手配もしていたみたいだし、用心深すぎるでしょ」

 ミナミとサクラの視線が、後方で張られた一本のピアノ線へと吸われた。せせら笑うイロハへ視線を戻したサクラは、一瞬目線を泳がせたあと、表情を変えずに口を開いた。

「『ブルー』は自分の作戦が上手くいかない時の保険なんて露程も考えていないようでしたからね。いくつかプランを用意しておくのは、当たり前のことですよ」

「流石のご高説だね!」

「……イロハ、そこまでにしとけ。それよりも……」

 ミナミはたまかの落ち着かない顔を示す。たまかはそわそわとしながら、口を開いた。

「診てきて、いいですか」

「あ、ミナミ様。私、ついていきますよ」

 ミナミとサクラは、たまかに向かって浅く頷いて見せた。止めても無駄であろうことを、二人はよく分かっていた。加えて護衛兼見張りにイロハがつくというのも、双方にとって安心材料となっていた。

 駆け出したたまかに続いて、イロハもその後を追い掛ける。二人は三階から一階へと階段を降り、倒れたスーツ姿の少女のもとへとやってきて足を止めた。たまかはしゃがみ込み、その後ろへイロハが中腰になって見下ろした。たまかは動きのない胸を目視で確認し、打つことのない脈拍を確認した。瞳孔を確認するためペンライトをサイドポーチから取り出そうとして、火傷跡が数多に残る手が虚空を切った。ナナに破られていたことを思い出し、そのままペンライトなしで横たわる少女の瞳孔を確認した。日の光を浴びても、収縮することはなかった。たまかは黙祷を捧げたあと、死因であるであろう頭部を確認した。血は頭部の首元を中心に広がっており、頭上には血が伸びていなかった。

(……ん?)

 高所から落下したなら、頭部外傷で死んだはずである。この偏った出血範囲は、どうもおかしい。たまかは死体の肩に手をいれ、少し持ち上げた。覗き込んで頭部の裏を確認する。そこには、高所から打ったにしては綺麗な切り口の怪我があった。衝撃で開いたというより、刃物か何かで切りつけたような傷跡だ。ピンポイントで延髄の部分に出来ている。たまかは少し眉を下げ、覗き込んでくるアイボリーの頭へと顔をあげた。イロハは袖を揺らし、口元へ人差し指を立てた。

(……となると、あの外のピアノ線の罠も、その後の狙撃も、どうやら全部イロハさんがやったようですね……)

 すべてサクラの手柄として押し付けていたが、サクラもそれを察してアドリブで話を合わせていたのだろう。暴力で解決するのを好む『ブルー』側の人間が、ピアノ線を使った罠を仕掛けたり狙撃に頼るのは違和感がある。イロハが実行したとミナミに知られればどうしても不自然な点が出てきてしまうため、『レッド』の行ったこととして処理したのだ。

「ごめんね」

 イロハはそう言うと、珍しくその笑みを少し寂し気なものに変えた。

「たまかさんを守るには、こうするしかなかった」

「……」

「君が嫌がるのは、わかってたんだけどね」

 たまかは立ち上がった。

「わかっています。……守ってくださって、ありがとうございます」

 たまかはそれ以上言わなかった。イロハを責めるのはお門違いだと、たまかにもわかっていた。彼女達には彼女達なりの抗争の理由があることは、組織間を渡り歩いて実際に目にしてきた今、身を以って知っている。それに今回、財団の少女達を殺さなければ、殺されていたのはたまかの方だったはずだ。助けてもらった以上、この殺しについてたまかから責めることは出来ない。責めるとしてもその矛先はイロハではなく、この乱暴なやり方を通した財団や世の中のはずだ。

「お礼は桜達に言ってやって。あの子達が財団の奴らを引き付けてくれていたからこそ、外の私が準備を進めることが出来たんだから」

 イロハはそう言うと、最後に「戻ろうか」と尋ねた。たまかを気遣う声色に、たまかは頷いて答えた。イロハは微笑み、二人は三階へと戻っていった。

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