第52話
「ポポさん……!」
無駄とわかっていても、絞り出すように名前を呼んだ。彼女の瞳は伏せられ、その口は緩く閉じられていて動く気配がなかった。血だけが、彼女の胸から流れ続けて彼女の身体を伝っていっていた。
「……なんで……!」
たまかは顔を歪めた。本来、向かってきていた弾丸は、たまかに当たるはずだったのだ。ポポが身体を張って、その軌道上に割って入らなければ。
『不可侵の医師団』の者として、人を瀕死の危機から救い、治療を施すことに誇りをもって生きてきた。傷つく人が一人でも減り、笑顔を咲かせる人が一人でも増えればと思って生きてきた。それなのに、自分を守るため、目の前の少女が犠牲になってしまった。……医療従事者失格だ。
たまかの大きな瞳に、たんまりと涙が溜まった。その小顔を流れ落ち、生命の息吹を失った小柄な少女へとポタリポタリと落下していく。
「なんで……!」
せき止められず、涙がとめどなく溢れていく。たまかは現実を拒否するように、首を振った。
……なぜ、今日知り合ったばかりの自分を庇ったのか? なぜ、最初は殺そうとしていたはずの相手を、命を投げ打ってまででも救ったのか?
たまかはわからないことだらけだった。しかし、その問いに答えてくれる者は、もう存在しなかった。ぼやけた視界の中握った青白い手は、既に体温を失いつつあり、嫌な重さが伝わってくるばかりだった。
部屋にたまかのすすり泣く声が響いた。他の者はその光景をじっと静観していた。誰も何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
時が止まったかのように手を止めていた三組織、そして財団の者達の中で、最初に沈黙を破ったのはサクラだった。彼女は小柄な身体で空気を大きく吸い込み、声を張り上げた。
「これでわかりましたね?」
突然の声に、たまかとポポへと向けられていた視線がサクラへと集まった。重い瞼の奥の瞳を鋭くし、敵対する人間達を見渡す。そして続けて叫んだ。
「たまかさんに、蘇生能力はありません。この状況こそが、確たる証拠です!」
『ブルー』の面々は発言の意図が理解出来ず、訝しむような顔をした。『ラビット』の面々は、サクラの発言が聞こえているのかいないのか、糸の切れた人形の如きポポへと視線を釘付けにしたままだった。財団の者達はサクラの発言に対して表情を変えず、口を開くこともなかった。三者三様の反応にも顔を変えず、サクラは毅然とした態度で続けた。
「お互い、矛先を収めませんか。たまかさんに蘇生能力がないとわかれば、どの組織も取るべき行動が変わってくるでしょう」
サクラの諭すような言葉に、再び部屋はたまかのすすり泣く声だけになった。『ブルー』の二人は面倒臭そうにサクラを睨む。もともと蘇生の力を目的にしていなかった『ブルー』にとっては、たまかに蘇生能力があろうがなかろうが取る行動は変わらない。一方、サクラの言葉に一番動揺していたのは、他でもない『ラビット』だった。蘇生の力をどの組織よりも欲していて、それを目的にたまかに執着していた組織である。突然死んでしまった仲間への悲しみに支配された頭をなんとか回転させ、サクラの言っていること、そして現実を、一生懸命吞み込もうとしているようだった。ナナもノアも焦った表情をしたまま、しかし何も言えずにポポの死体とたまかを茫然と眺めていた。
沈黙を貫いていたスーツ姿の少女の手が、ぴくりと動いた。一早く反応したミナミとソラに先んじて、腕を振り、引き金を引く。狙いはアカリだった。アカリは近くにあったクッションを掴み、自身の前へと即座に掲げた。羊毛のたっぷり入ったハート型の弾避けは、白い綿を吐き散らせてその身を破いた。続けて、再度引き金が引かれる。今度は照準をノアへと向けていた。同時に横からナナの片手が伸びて、ノアの身体を思い切り引っ張った。リボンとチョコレート色の髪が靡く。彼女のフリルの端が弾丸に当たって、チリと焦げた。発砲したスーツ姿の少女は、発砲した先の状況など気に留めていなかった。彼女は発砲と同時に、そのヒールを鳴らし、フローリングを駆けていた。止めようと近づいてきたミナミへすかさず発砲して牽制し、彼女は走り続けた。目標は、『不可侵の医師団』の少女だった。
ポポに気を取られていたたまかは、突然腕を掴まれ、頭に銃口を突き付けられた。涙が頬を伝っていく以外、何も反応出来なかった。心の中は目の前で死んでしまった少女でいっぱいで、自分が銃を突きつけられていようが、もうそこまで何かを考える心のリソースは存在しなかった。
財団の少女の行為に息を呑んだのは、本人よりも周りの人物達の方だった。
「てめえ……っ!」
ミナミの今にも噛みつきそうな荒い叫びが響く。スーツ姿の少女は、たまかのこめかみ近くに銃口を当てたまま、淡々と口を開いた。
「動くな。こいつの頭がとぶぞ」
『ブルー』、『レッド』、『ラビット』に所属する少女達は、仲良く身体の動きを止めた。警戒するように、スーツ姿の少女を睨む。
「撤退だ」
スーツ姿の少女は短くそう言うと、銃を突きつけたままたまかを乱雑に立たせた。そして、空いた方の腕でたまかの首を抱き、周りの様子を窺いながら足を後退させ、出口へと引っ張っていく。他のスーツ姿の少女達もそれに続き、警戒するように他の者達へ銃を動かしながら、扉の方へとゆっくりと後退していった。やがてたまかを人質にした少女の背が、開け放たれた扉を潜った。このままだと、本当に財団に連れ去られてしまう。だが頭に突き付けられた鈍く黒光りする銃口に、たまかはどうすることも出来ない。部屋にいる全員の険しい視線を浴びながらも、たまかの目線は赤く染まって倒れているポポから離れられなかった。
(私のせいでポポさんは死んでしまった)
財団に連れていかれれば待っているのは死であろうとわかってはいるのだが、それでもたまかの頭の中はポポのことでいっぱいだった。
(私に、本当に蘇生の力があれば……。そうすれば、ポポさんを助けることが出来たのに)
今ほど、蘇生の力が自分にあればと思ったことはなかった。そんな夢物語が現実だったなら、目の前の少女を救えたというのに。
(私に、蘇生の力があれば……!)
たまかの瞳に、再び大粒の涙が溜まった。




