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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第49話

 サクラの鋭い視線を浴びて、ソラは鼻を鳴らした。

「お前らがちんたらしすぎなんでしょーが。合図なんか待ってたら、今頃あいつはチェーンソーで真っ二つにされてたぞ」

「どんな状況であっても、『然るべき時』というものは存在します。こちらにはあのチェーンソーの軌道を避ける策があったというのに……相変わらず『ブルー』は野蛮で愚かですね」

「目の前の奴が殺されそうになってるときに、暢気に策なんてこねくり回して何になるっていうの? そんなんだからいつまでたってもお前らは弱いのよ」

 ソラの鋭い目と、サクラの重い瞼の奥がバチバチと火花を散らす。その空気を飛ばすように、「たまかさん!」と優し気な声が響いた。

「お怪我はありませんか?」

 たまかが声の方を振り向くと、桃色の長い髪を靡かせ、アカリが駆け寄ってきていた。アカリは月のクレーターの如く火傷が出来ているたまかの腕を見て、辛そうに眉を下げた。そして、『不可侵の医師団』の制服の一部を壁に固定しているナイフを抜こうと、手をかけた。彼女は力いっぱい引っ張ったが、ナイフはビクともせずに壁に刺さったままだった。

「ど、……どうして『ブルー』の皆さんと『レッド』の皆さんが、共にここへ?」

 混乱しているまま、たまかは問いかけた。

 敵対している二勢力が、同時に雪崩れ込んできたのだ。困惑するのも無理はないだろう。空前絶後の光景だった。

 答えようとしたアカリとたまかの間に、長く垂れた薄群青色の袂が割って入った。その手はそのまま伸びて、壁にめり込んでいるナイフを掴んだ。

「てめえが『ラビット』に突撃したってきいてね。縹様から直々に、連れ戻しに行くよう指示を受けた。そしたら、丁度『レッド』の奴らと鉢合わせしたんだ」

 八重歯をちらつかせながら説明をしたミナミは、手に力を込めたかと思うと思い切り引っ張った。ナイフはあっけなく壁から抜け、壁材がぽろぽろと零れていった。

「……それで、一緒に?」

「今『ラビット』に抜け駆けされて困るのは、『レッド』も『ブルー』も同じだ。あっしらが喧嘩している間にてめえが殺されるのも、二組織にとって何の利益にもならない。だから、仕方なく一緒にやってきたってわけだ」

 手にしたナイフを、穴の開いた床へと放り投げる。刃を煌めかせて落下したナイフはカラン、という軽い音を響かせ、一度跳ねて落ちていった。

「『レッド』の侵入手筈は完璧だったでしょう?」

 少し得意げに、アカリは笑い掛けた。ミナミはくだらなそうな顔で、手をはたいた。

「侵入が上手くいったとしても、ナイフ一つ抜けないようじゃあ意味ないね」

 ミナミの言葉に、アカリはむっと頬を膨らませた。その時、割れた窓から黒い影が滑り込んできた。窓のサッシに手をかけ、軽い身のこなしで床へ着地し転がると、倒れているポポのもとへと勢いのまま距離を詰める。ふんわりとした紅色の生地が、遅れて少女の身へと着地した。斧へと伸ばしかけていたポポの手は、既の所で乱入者によって取り押さえられてしまった。ポポの不貞腐れたような顔を見下ろしたあと、珊瑚朱色の小さい三つ編みを二つ揺らし、アカネはたまかへと顔を向けた。

「無事か。残念」

 アカネは嘲笑を零した。たまかは何と返事をしたらよいのかわからず、目線だけで答えた。

 言葉ではこう言っているが、ここに集まった『ブルー』の者も『レッド』の者も、たまかを助けるために駆け付けてくれたのだろう。二つの組織にはそれぞれの思惑があるのだろうが、たまかは突然の助けの手に素直に胸を打たれた。彼女達の乱入がなければ、今頃たまかはナナに殺されていた。命が繋がったのは、彼女達のお陰だ。

「あの」

 部屋に響くよう、大きく声を張り上げる。複数の視線が、たまかへと集った。静寂の戻った部屋は、壁や床の崩れる音が小さく響いていた。割れた窓ガラスの奥から風が入り込み、燃えた跡が大きく残るカーテンがバサバサとはためいた。

「助けて頂いて、ありがとうございます。それで、あの……『不可侵の医師団』の人達を、『不可侵の医師団』まで運んで頂けませんか。失血が酷くて……緊急なんです」

 ミナミとソラ、そしてサクラとアカリ、アカネの視線が、横たわったままの二人の少女へと下ろされた。二人は相変わらず意識を取り戻す様子がなく、血塗れでその四肢を床へと投げ出していた。

 そう、たまかのやってきた目的は、捕らえられた『不可侵の医師団』の人達を救うことである。それは今だって一貫して変わっていない。一人ではどうしようもなかったが、『ブルー』と『レッド』の助っ人がやってきた今なら、『不可侵の医師団』の怪我人を安全に治療する場所まで送れるはずだ。

「そこまでやる義理はない。弱い奴が悪い」

「いいでしょう、送り届けましょう」

 ソラとサクラの口が開いたのは同じタイミングで、言葉は同時に放たれた。二人はお互いの言葉に、思わず顔を見合わせた。理解不能だ、という表情を作ったのは、ほぼ同時だった。

「正気か? 『レッド』の奴らは随分とお優しいことで。……こいつら、絶対何か企んでるよ」

「企むはずがないでしょう。『ブルー』の者達は怪我人を医者に送り届けることすら出来ないのですか? 暴れるしか能がない、と言っているようなものですが」

 一触即発の空気で睨み合う。しばらくそうしていたあと、矛先を先に収めたのは、サクラだった。重い瞼を瞑り、一度深呼吸を挟む。そして睨み続けるソラを無視し、アカリとアカネの名を呼んだ。

「『不可侵の医師団』の御二方を、『不可侵の医師団』まで連れていきましょう。担架の代わりになるものは……そうですね、ベッドのシーツを拝借しましょうか」

 部屋をぐるりと見渡し、サクラはベッドへと近づいてシーツをはぎ取ろうと手をかけた。「ちょっと待って」とアカネの制止が入り、シーツに皺が入ることはなかった。

「何か?」

「『ブルー』の御仁達」

 アカネはサクラではなく、ミナミとソラへと声を掛けた。

「あんた達が背負ってくれれば早いんだけど。あんたらなら、担架なんていらないでしょ?」

「弱い奴に掛ける情けはない。こいつらは『ラビット』より弱かった、だから怪我を負った。それを、助けてやる必要がどこに?」

 蔑視とともに、ソラは吐き捨てた。アカネは表情を変えず、ソラからミナミへと顔の向きを変えた。問うような視線を受け、ミナミは跳ねる群青色のショートカットを掻いた。

「……。いいだろう」

「は? 本気?」

 ソラはミナミへと非難の色を混じらせて叫んだ。ミナミはソラへと「よく考えて見ろ」と諭すように返した。

「縹様は九十九たまかの身の確保をお望みだろ? ここで『不可侵の医師団』の奴らを見捨てたら、コイツ、梃子でも動かないぞ。それに『レッド』だけが『不可侵の医師団』の奴らを助けたら、のこのこと『レッド』についていくに決まってる。それは縹様の意に沿わない、そうだろ?」

 ソラは露骨にいけ好かない、という表情を作った。そして、恨めしそうにたまかを睨む。

「連れてくな!」

 突然、舌足らずな叫び声が割って入った。目の下に切り傷、そして頬に青痣を作ったポポだった。上体を起こし、ミナミやサクラへ向かって大声をあげる。頭はボサボサだった。

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