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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第48話

「わっ」

 たまかは慌てて避けようとするが、六本の火花を散らす棒たちは、ナイフのような勢いはない。バラバラに向かってくる軌道の読めない花火達を避けることなど出来なかった。両腕をクロスして顔を守るので精一杯だ。両腕に熱さと痛みがじんと伝わった。そして燃えたような匂いがして、制服にも火花が当たったのであろうことが察せられた。床に落ちた花火が床とカーペットを焦げさせながら火花を咲かせているのを一瞥したあと、制服の火花に当たった箇所を慌ててはたいた。幸い燃え広がることはなく、すぐに鎮火することが出来た。払う両腕の所々は赤く腫れていて、花火に触れた熱がまだ消えることはなかった。

 とりあえず制服の燃え広がりについては心配する必要はないようだ。痛みに顔を顰めたまま、たまかは顔をあげた。そして——自身の上に大きく振りかぶった斧が鈍色に光っているのを見て、血の気が引いた。まるで口を大きく開けている恐竜のようだった。ついていた血をまき散らし、たまか目掛けて落下してくる。ポポの全体重を掛けた渾身の一撃は、彼女の身体からは想像もつかない程速かった。たまかは避けようとして足を繰り出すと、途端に身体が大きく突っかかり戻されてしまった。慌てて後ろを見る。先程ノアが投げたと思しきナイフが、たまかの制服の一部を巻き込んで壁に突き刺さっていた。深く刺さったナイフは固定されたように動かない。まずい、と思っている瞬間にも、振り上げられた斧がこちらへ向かって猛スピードで迫っていた。

 壁に張り付けられた部分を切り裂いて逃げるような時間はない。たまかは再びポポへ顔を戻すと、一か八か、その場にしゃがみ込んだ。制服が引っ張られ、半分宙ぶらりんになる。刺さったナイフに全体重を預け、たまかはそのまま両足を思いっきりポポに向かって突き出した。狙うはパニエによって膨らんだフリル塗れのスカートと黒く光る厚底の靴の間、向こう脛である。ポポに負けじと全体重を乗せ、たまかはその細い脚を思い切り蹴った。もちろん、力もなく不安定な姿勢によって繰り出された蹴りでは、ダメージを負わせることは出来なかった。ただ、ポポはぐらりと身体を揺らした。そう、斧の軌道を削ぐだけでいい。たまかの薄桃色の髪の先端を持っていき、斧はたまかを掠めて燃え跡の残る床へと突き刺さった。ダアン、という木材の割れる音が部屋に響く。

「も~、蟹味噌よろしく脳味噌ぶちまけて頭搗ち割ってあげようと思ったのに~!」

 蟹味噌は蟹の脳味噌じゃないんですけどね、と思う暇もなかった。ぶーぶーと不満そうなポポの背後から、先程のポポのようにチェーンソーを振り上げたナナが迫ってきていた。全体重を預けても外れなかったナイフは、未だたまかの制服を引っ張り続けている。たまかは回転する刃、そしてその奥で粛々と燃えるナナの瞳を視界に映した。唇は強く強く結ばれていた。大きな機械とフリフリの布達が作る影が、たまかの上に広がっていった。あ、と思った。……逃げられない。

「楽しいね!」

 ノアの弾んだ明るい声が降ってきた。恐らくたまかに対しての言葉なのだろうが、返事をする余裕はなかった。フリルの間から伸びたナナの手、レースに包まれた先が掴むチェーンソー。回転する鋭い刃は、天井の照明を受けて鈍色に光っている。あれに切り裂かれたら、死んでしまうと嫌でもわかる。刃はたまかに躊躇いなく迫っていた。しかし、逃げる手段も攻撃する手段も、避ける手段さえもない。

(ああ、もう駄目です)

 ……最早、ここまでだ。

 いや、ここまで持ち堪えたなんて、逆によく頑張ったと言えるのではないだろうか。『ラビット』の三人を相手に、一般人で無力で戦い慣れしていない自分が数分でも殺されないでいられたのだ。上々の結果ではないか。

 刃が、目と鼻の先で暴れていた。たまかの皮膚と頭蓋骨を、血をまき散らして真っ二つにするのを待ちきれないかのようだった。

 刃がたまかに当たる——その瞬間、刃は風圧だけ残してたまかを離れていった。まるで流れる水が逆流するかのような、不自然な軌道だった。刃だけではない。チェーンソー、そしてそれを持つナナごと、そのフリル塗れの身体を反らすようにたまかから離れた。後ろから引っ張られるような、違和感のある武器の引っ込め方だ。そう思い、知らず知らずのうちに細めていた目を、恐る恐る開けた。そして、たまかは息を呑んだ。

 それと同時に、目の前で手加減なしのストレートがナナの顔面を襲った。その勢いを削ぐことが出来ず、ナナの顔、そしてその身体が重い拳の衝撃によって吹っ飛ばされた。自分が殴られたわけでもないのに、たまかは思わず放とうとしていた言葉を飲み込んでしまった。床に叩きつけられたフリル塗れの黒白に、一切の迷いない直線の蹴りが放たれた。その脚は、パニエにより膨らんだフリルとレースの奥にある肉を、二枚歯を食い込ませ、確実に捉えていた。艶めき弧を描く黒髪のサイドテールを揺らしながら、長く垂れ緻密な模様の彩る袂をはためかす。ナナの細い身体へ食い込ませた二枚歯を、床へと押さえつけながらグリグリと動かす人物は、たまかの知っている者だった。右前ですらりと合わせている襟、胸の下に結ばれた太い帯、フリルが縁取る短いプリーツスカート……薄群青色の制服は『ブルー』のものである。

「……弱」

 ソラは吐き捨てるように言うと、倒れたナナの胸倉を掴んだ。そして、二発目の拳をその左頬へと思い切り叩きつけた。ナナの頭が衝撃で揺れ、鼻からポタリと血が垂れた。ナナは顔を歪め、そしてどんなに叩かれようが放さなかったチェーンソーを両手で握り直した。ナナは胸倉を掴まれたまま、突然現れた『ブルー』の少女へと重い機体を振りかぶった。ソラの首を狙って全力で振られたチェーンソーは、しかしその細い首を切断することは叶わなかった。その刃が皮膚を切るより先に、チェーンソーを握っていた細い手首を掴まれ、捻られていたからだ。

「……痛っ」

 人体の可動区域外へ曲げられた、フリルから伸びた手首。ナナは思わずチェーンソーを取り落とした。チェーンソーはガシンという大きな音とともに床に落下し、その振動を停止させた。ソラは捻り上げたナナの手首を、さらに捻じ曲げた。ナナは痛みに顔を歪める。その頭上、ナナを助けようとソラへ斧を振り上げたポポは、横から別の薄群青色に身体を引っ張られた。体勢を崩し慌てるポポなど意にも介さず、そのままその小さい頭の上へ長い袖を舞い上がらせ手が当てられる。がっしりと掴まれ、そして思い切り床へと叩きつけられた。ポポが「あっ」と声を上げ掛けたが、その途中で二枚歯による蹴りが顔面を襲い、言葉は途切れた。傷のついた彼女の顔を気にもせず、振袖から伸びた手が乱暴に金髪を鷲掴みにする。群青色のショートカットを揺らし、『ブルー』の少女はポポの苦しそうな顔を覗き込んだ。少し鬱陶しそうな顔で、ミナミは膝に頬杖をついた。

 そんな二組から少し距離を取っていたノアの手が密かに動いた。その手には、小型の爆弾が握られていた。先程使っていたものと似ているが、先程のものより若干大きく、またレースに包まれた指によって取り外された安全ピンはより頑丈な素材で作られたものだった。それを『ブルー』の二人へと放り投げようとしたノアは、窓際で動く黒い影を視界の隅に捉えた。照準を即座に変更し、窓の方へと手にした黒の塊を投げつける。放り投げた手を引っ込めながら、窓を確認する。……誰もいない。直後、先程の爆弾より大きい音を立て、窓の周囲で爆発が起こった。ガラス片が飛び散り、カーテンが燃え、床には先程より大きな窪が出来ていた。二投目を用意しようとしたノアの周りに、突如白い煙が立ち込めた。ノアの爆弾によるものではない。もくもくと濃い煙霧が忽ち視界を奪っていき、ノアは困った顔をした。とはいえ、このままじっとしているのも面白くない。ノアは手にした爆弾の安全ピンを外し、『ブルー』の者達がいた方目掛けて、見えない視界のまま投げつけた。……正確には、投げつけようとしたが、出来なかった。

「!?」

 気付けば、腕に細い糸のようなものが巻き付いていた。慌てて目を凝らすと、透明なピアノ線のようなものが三重程、フリルとレースの間にかかっている。ピンと張った透明な線に、強く引っ張られ、締め付けられる。痛みもあったが、それよりも——手にしている爆弾。安全ピンが外れている。このままでは、ここで爆発してしまう。

 ノアは強く締め付けられ動かない腕を二度ほどゆすった後、固定されていることを確認して観念し、仕方なくその場に取り落とした。ノアの足元で、爆風が巻き起こり、火花と木材、血液が飛び散った。

「……突撃するのは合図を出してから、と言ったでしょう」

 床や壁が崩れる音に混じり、咎めるような真面目そうな声色が響いた。床に着きそうな長さのふんわりとしたスカートを揺らし、スタンドカラーの襟元を姿勢良く張って、小さい花々と細長い装飾が垂れる髪飾りを靡かせる。声の主は、縁取られ丸みを帯びた半袖から伸びる腕を動かし、切ったピアノ線の端を回収しながらため息を漏らした。赤と桃、白色を基調とした『レッド』の制服は、所々爆風に中てられて煤けていた。足から血を流すノアを見下ろしながら、サクラは黒髪のおかっぱを揺らして、ソラへと忌々しいと言わんばかりの視線を送った。

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