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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第47話

 ノアは残念そうに眉を下げた。ポポも「ええー」と悲しそうに声をあげる。無言を貫いていたナナが、その重い口を開いた。

「……ほら。やっぱり、そう言うと思った」

 ナナの手がチェーンソーの機体に触れた。その顔には悲しさはなく、諦観がありありと滲んでいた。

「ナナ達と一緒にいたいと思うのなんて、キャプテンくらいだよ。誰だって一緒にいたくないよ」

 ナナは苦しそうに顔を歪めた。言葉の意味が理解出来ないようで、その横でノアがきょとんと首を傾げた。

「……だったらもう、たまかちゃんも手足を切られて苦痛に呻けばいい! たまかちゃんに拒絶されるくらいだったら、苦痛に喘いで許しを請う姿を目に焼き付けてさよならした方が百倍マシ!」

 ナナは叫ぶのと同時にスターターロープを強く引っ張った。エンジンが掛かり、大きな音が部屋に響いた。

「あー、なるほど? ポポ、わかっちゃった。蘇生の力を独り占めしたいってわけだね? そんなの酷いよ~」

 ポポがたまかの思惑に気付いたかのように、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。

「そんなこと言わずにさー、一緒に遊ぼ?」

 部屋の隅から一歩、ポポの足が前へと出された。既に血を吸っているらしい生地が、不快な音を立てた。

「あはは!」

 そんな二人を見て、ノアは無邪気な笑みを零した。広げていた両手を引っ込め、優しく合わせる。

「結局いつも通りだね! 遊ぼう遊ぼう! たまかちゃんとボク達は、友達だもんね!」

 たまかはいつでも立てるように構えた。相手は斧、そしてチェーンソーを持っている。それらに注意をしつつ、今は何も持っていないノアがどう出るかも意識しておかなければならない。

(さらに出来れば、床のどこかに転がっているお二人の指も回収したいです。『不可侵の医師団』に戻って再接着しないといけませんからね。指を冷やす氷水の準備……は、この状況だと難しそうです)

 とにかくまずは、三人の『遊び』を切り抜けられるかどうかの心配をするべきだ。回転する刃と血に塗れた刃先へ視線を走らせる。たまかの頬を、一筋の冷や汗が伝った。

 ナナのガーターベルトに吊られたニーハイソックスが、フローリングを蹴った。彼女のレースの手がチェーンソーを掲げ、勢い良く回り続ける刃がたまかへと迫った。日々他組織と抗争をしているだけあって、その動きは素早く、隙がない。荒れ狂う兎を、たまかは思い切り横に動いて避けた。床に転がる勢いで身体を左に倒すが、戦い慣れしていないたまかの動きはナナに対してあまりにも遅かった。それでもチェーンソーの刃を避けることに成功し、薄桃色の髪の横を通り過ぎていった。それを見て安堵を滲ませたのも束の間、チェーンソーの刃はたまかの腰目掛けて振り下ろされていった。あっと思う暇もなく刃は落下していき、いともたやすく目の前の生地を切り裂いた。純白の、『不可侵の医師団』の制服——そのサイドポーチが腰から引き千切られ、たまかから離れて床に跳ねた。パンパンに入っていた医療器具がぶち撒かれ、破れた布切れから零れ落ちた。床に散乱した医療器具を、たまかは慌てて回収しようと手を伸ばす。しかしその手は医療道具達からは遠く、その間をナナのニーハイソックスに包まれた足が通り過ぎていった。ナナの足は医療器具達を蹴り上げ、たまかとの距離はさらに離れた。蹴られた衝撃で、いくつかの器具が音を立てて割れた。破片がさらに散らばり、血に染まった床へ投げ出されていった。以前ナナに麻酔を打ったことで、再び同じ手段を使われるのを警戒したのだろう。つまり、最初から刃の標的はたまか自身ではなかったということだ。

(次また襲われたら、避けきれるでしょうか……!)

 避けた衝撃で床に打ち付けられたたまかは、すぐさま身体を起こした。立ち上がり、一歩下がって距離を取る。内巻きの髪にも部分的に破れた制服にも、人質達の血がついて赤く染まっていた。

 ナナのチェーンソーの刃を、じっと睨む。ポーチを裂いた犯人は、その動きを止めずに音を立てて回転を続けていた。まずはチェーンソーの軌道を読むことが大事だろう。次は恐らくたまかへと向かってくるはず。少しでも迫ってくる気配があれば、こちらもすぐさまに動いてその軌道から外れるしかない。たまかがチェーンソーへ目を凝らす先、視界の端でナナは燃えるような瞳で冷めた目線をこちらへと送っていた。

 ナナの瞳が、僅かに動いた。照準を選んでいるらしかった。たまかの純白の制服に包まれた胸、腹、薄桃色の内巻きの髪が縁取る小さい頭。傷口がほぼ塞がりかけている、一直線の赤が走っていた両足。素人なりに構えを取ろうとしている両腕。

(あ)

 同じ様に、たまかの視線も刃から僅かに逸れた。刃越しに、床に肌色が転がっているのが見えた。恐らく、『不可侵の医師団』の子の指だ。

(回収、しなくちゃ)

 刃に再び意識を戻す。まだ、動く気配がない。……ならば。

 たまかは思いっきりしゃがむと同時に前方へと身体を傾け、手を伸ばした。青白い肌色の、少女の切り落とされた指に向かって。

 その時、薄桃色の髪が舞い上がるたまかの頭上を、強い風圧が掠めた。ぶん、という力強い音がして、髪の先が持っていかれる。たまかは思わず上を見上げたが、何もない。直後、横から劈くような轟音が響き、ぎょっとしてそちらへと顔を向けた。壁を割り、大きな斧が刺さっていた。ポロポロと木材が落ちていく。破れた壁紙の奥から、無機質な素材が顔を覗かせていた。大きく深く抉れた切れ込みを見ると、当たった先が人間だったらどうなっていただろうかとぞっと思わずにはいられなかった。

「わあ~」

 気の抜けるような声がして、たまかは反対側へと顔をあげた。ポポがその小さな口に両手を当て、驚いたように目を丸くしていた。

「まさか避けるなんて! やるねー」

 予想外、というようだったが、その声色はなぜか嬉しそうに弾んでいた。たまかは背後で突き刺さっている斧を再度ちらりと盗み見た。ポポの言い様からして、あの巨大な斧をたまかへ投げつけた、ということなのだろう。たまたまたまかがしゃがんだため、当たらずに壁に激突したらしい。一体その細い腕のどこにそんな力があるのだろうかと、たまかはポポの小さい身体を絶句を以って眺めた。

「隙あり~っ」

 ノアの明るい声が響き、はっと我に返る。慌ててノアの方へと振り返れば、彼女はバンザイをするようにその両手を天へ大きく広げていた。スローモーションのように、彼女の黒いレースに包まれた手から丸く黒いものがいくつか離れていくのが見えた。まるでライトアップされたショーの舞台で落ちていく紙吹雪のようだった。ノアは満面の笑みで、心の底から楽しそうだった。自分が主役であるかのように輝く彼女の手から、無機質な黒が零れ落ちていき、床へとその速度を速めていく。小型の丸いものに目を凝らし、爆弾であると思い当たった時には、たまかはその足を動かしノアから距離を取っていた。辺りが数回に分けて白く光り、その度に破裂音が部屋に響いた。白い煙がもくもくとあがり、音の鳴る度に濃くなっていく。たまかはその度に足を後ろへと後退させた。

 たまかは腕で顔をガードし、もう片方の手でぱたぱたと周りを仰いだ。煙は徐々に晴れ、やがて足元にいくつかの穴が出来上がったのが見えてきた。焼けて黒焦げになった円形からは、折れた木材と無機質な床材が見えていた。異臭に顔を顰めながら、近くに横になっている『不可侵の医師団』の少女の身体を確認する。爆発に巻き込まれはしなかったようだが、煤が付着し、爆ぜた木材が腕に引っかかっていた。

 『不可侵の医師団』のもう一人の少女へと視線を動かそうとした時、不快なエンジン音が大きくなった。こちらに向かってきていることを悟り、たまかは状況を把握するより前に素早く部屋の壁へと後退した。ナナの持つチェーンソーの刃の速さは凄まじく、素人のたまかの速さでは逃げることなど出来ない。煙を突っ切ってきた刃は、そのまま辺りの煙を霧散させた。その切っ先に真っ白な制服が巻き込まれ、スカートの先が割れた。さらに太ももを僅かに掠り、赤い線が走った。かなり浅い傷のようだったが、詳しく見る暇はなかった。チェーンソーを抱え直すナナの後方で、ポポが壁から斧を抜いているのが目に映ったからだ。壁からパラパラと木材が零れ落ちる。大きな切れ目の前で、ポポはフリルのスカートを手で払った。自身よりも大きいのではないかと言う斧を握り直すと、ポポはたまかへと振り返った。ターゲットを確認し、煌めく瞳でにっと笑う。

 しかし、ポポが動くよりも、ノアが動く方が早かった。ノアはボンネットとフリルを揺らしながら、たまかに向かって素早く何かを投げつけた。無駄のない、スマートな動き。たまかは慌てて身体を逆方向へと逸らす。

「19ダブル!」

 直後、後ろの壁に何かが突き刺さった。それを確認する前に、第二投、第三投が襲ってくる。鋭い先端が鈍色に光って、たまかの横を掠めた。壁を裂いて、それらも突き刺さる。

「20ダブル! ……ダブルブル!」

 どうやら、小型のナイフを投げつけているらしかった。ノアは華麗に投球を決めた後、まるでマジシャンのような優雅な手つきで両手をクロスさせた。そこには手持ち花火が握られていた。指に挟んで器用に三本ずつ伸びている棒の先は、どれも火がついていた。綺麗な火花は段々と勢いを増し、その色とりどりの光を鮮やかに放つ。ノアはそれを楽しそうにたまかに向かって投げつけた。

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