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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第46話

 顔付きを険しくし、ニーハイソックスの先で廊下を駆け出す。部屋の扉を開けると、血の匂いがより一層濃くなった。思わず掌の裏で、鼻を抑える。

「!」

 床は、血だらけだった。赤黒い液体をまき散らし、二人の少女が倒れていた。紅に染まった制服は、もともと純白だったとはとても思えない程汚れていた。

「大丈夫ですか!?」

 二人とも意識はなかった。駆け寄って脈を計りながら、胸を注視する。微かに上下する制服、指の先から伝わる鼓動。生きてはいるようで、たまかはほっと息を吐いた。

「君が噂の、たまかちゃん?」

 明るい声が後ろから降ってきて、思わず背筋が凍った。ナナのものともノアのものとも姫月のものとも違う、聞いたことのない声だった。恐る恐る後ろを振り返る。

 しゃがみ込んだたまかと大して変わらないのではないかと思う程の背丈の、こぢんまりとした少女が部屋の隅に立っていた。レースにフリル、レース塗れの黒と白の制服は、彼女が『ラビット』の一員であることを物語っている。短い金髪をまるでキャンディのように二つ結びにしていて、結んでいるレースのリボンが長く垂れて揺れていた。黒いレースに包まれた手には、その背丈に不釣り合いな大きな斧が握られていた。鈍色に光る平たい斧刃には、べっとりと血が付着している。垂れている所から見て、血がついてからそんなに時間が経っていないようだった。小さい背丈、幼さの残る顔。その外見通りの声で、彼女は喜びを顕にした。

「嬉しい! ポポに会いに来てくれたんだ!」

 無邪気に笑う少女に、たまかは顔を強張らせた。ポタリと斧から伝って落ちる赤に目線を奪われた後、たまかは身体の向きを少女へと変えた。

「……初めまして。『不可侵の医師団』のこの方達を誘拐し、痛めつけたのは貴方ですか?」

「そうだよ、一緒に遊んでたの!」

 にっこりと邪気のない笑みを向けられる。

(『遊んでた』……ら、血だらけになってるわけがないんです)

 ポポは本気で『遊んでいた』と思っているらしいが、実際は殺戮が繰り広げられていたのだろう。血の海に眠る二人へ目線を落とし、両手を握りしめた。

「私を誘き寄せるためにですか? 金輪際、このようなことはやめてください。『不可侵の医師団』の人達は、関係がないはずでしょう」

 強い口調で言い切ると、フリルに埋もれた幼い顔は、ぽかんと口を半開きにした。

「なんで? たまかちゃんは蘇生が出来るんだよね? 遊び過ぎたら、生き返らせればいいだけの話じゃない?」

「……察するに、ポポさんは蘇生の力が欲しくて私と会いたかったようですね」

「えへへ、そうだよ! ポポだけじゃなくて、『ラビット』の友達は皆たまかちゃんに会いたがってるよ。蘇生出来るなんて、夢みたいだもん。永遠に壊れないおもちゃを手に入れた気分!」

 ポポは鼻息荒く熱弁した。きらきらと輝く無垢な瞳。この無邪気さは、少し、ノアに似ているように感じた。

 対するたまかは、険しい顔のまま、無邪気な小さい少女を見上げていた。斧に怯むことなく、睨み付ける。

「蘇生があろうがなかろうが、無関係の人を傷つけることが正当化される理由になりません。『不可侵の医師団』の方達を巻き込むことは、もう二度としないと誓ってください」

 たまかは一度立ち上がり、ポポへと背を向け『不可侵の医師団』の少女達へと向き直った。容態を確認しながら、医療器具の入ったポーチへ手をかける。

(……指が何本か無くなってますね。失血のショックで意識がなくなった感じでしょうか)

 生憎輸血パックは持ち合わせていない。治療のためには、『不可侵の医師団』の施設まで運ぶ必要がある。ガーゼと包帯を取り出し、応急処置として手の先に巻いていって止血をした。続けて、もう一人にも同様の処置を施す。取り急ぎの処置が終わり顔をあげると、ポポは頬を膨らませていた。

「なんで遊んじゃ駄目なの?」

「人命に関わるからです」

「死ぬかなんてどうでもいいよ、楽しいことした方がいいじゃんー!」

 ぶーぶーと抗議する声に混じって、扉の開く音が遠くできこえてきた。続けてバタンと閉まる音、複数の足音。段々と近づいてきていた。

(まずいです、応援ですか?)

 たまかは扉の方に顔を向けたが、取れる対抗策は何も思い浮かばなかった。ただでさえ武器を持たず、加えて戦い慣れしていない身なのだ。斧を持ち、人に傷をつけることを楽しむ少女と一対一でも大分不利だったのに、向こうの人数が増えるのは非常にまずい。

 そんなことを頭の中で考えている数秒のうちに、無情にも部屋の扉が開け放たれた。現れた少女達は、たまかの見知った顔だった。

「たまかちゃん! 本当に来てくれたんだ」

「わーい、久しぶりだね!」

 ヘッドドレスの下から伸びたレモン色の長い髪を垂らし、ナナが嬉しそうに笑みを浮かべた。彼女の肩に掛かったベルトの先には、相変わらずチェーンソーが御供をしている。その奥で、ボンネットとチョコレート色の髪を揺らし、ノアがナナの肩越しに顔を出す。ナナの隣へと並ぶと、にこやかにレースの手を振った。

「……ナナさん、ノアさん」

「『ラビット』に入りたくなったの? 『ラビット』はいつでもたまかちゃんを歓迎するよ!」

「あっ、もしかして蘇生の最中だったの? 今から蘇生するの?」

 各々独自の解釈のもと、嬉しそうな笑みをたまかに向ける。ノアがわくわくと期待する眼差しを向けながら拳を猫のように揃えたのを見て、たまかは慌てて首を振った。

「違います。……この二人を、一刻も早く『不可侵の医師団』に連れて帰りたいのです」

 血塗れで床に転がる二人を一瞥し、状況を説明する。輝く眼差しを向けていた二人は、たまかの言葉に凍り付いた。呆然とする二人に、たまかの鼓動が速くなる。やがて、時が止まった二人の口から、ぽつりと呟きが零れた。

「え……、『帰る』?」

「たまかちゃん、帰っちゃうの?」

 二人は一転して寂し気な顔をした。たまかは返す言葉を探せず、ごくりと唾を呑み込んだ。二人を変に刺激してはまずいのは分かっているのだが、今は一刻も早く患者を連れて行かなければならない。誤魔化すことは得策ではないだろう。素直に帰りたい旨を告げるしかない状況だと考えたのだが、これが裏目に出ないといいのだが。

「……やだ」

 ナナがむすっとした顔で、不満を表す。

「たまかちゃん、友達になってくれるんじゃなかったの? 足を切り落とさなくても友達になってくれるって言ってたじゃん? あれって嘘だったの?」

 不貞腐れた顔で言うナナは、少し寂しそうだった。たまかはう、と一度眉尻を下げた後、『不可侵の医師団』の倒れる二人を再度一瞥した。嘘をついたつもりはないのだが、とにかく今は治療を優先したかった。項垂れるナナへ、ノアが両手を握り、身を乗り出した。

「ナナちゃんナナちゃん、元気だして! たまかちゃんにもいつもと同じ方法で友達になって貰えばいいだけだよ! 大丈夫!」

 明るくエールを送るノアへ、部屋の隅から「そうだよ!」と援護の声が響いた。

「いつも通りにすればいいだけだよ! そうすれば、蘇生の力も使ってくれるはず!」

 ポポはそう言って、大きな斧を構えた。血が一筋、滴り落ちてフローリングへと落ちていった。

「そうだよね!」

 ノアは斜めに切られたチョコレート色の髪を舞わせ、ポポへと嬉しそうに顔を向けた。

 それから一呼吸置いたあと、ノアは夢見るように瞼を閉じ、両手を胸へと当てた。囁く様にたまかの名前を呼ぶ。

「たまかちゃん。たまかちゃんって、本当に凄いんだよ。だって、蘇生が使えるなんて、沢山の人の中から神様に選ばれたとしか思えないでしょ? 魔法が使えるなんて、まるでおとぎ話の主人公だもん。そんな特別で可愛くて優しいたまかちゃんと、皆友達になりたいんだ」

 ノアの睫毛が震え、真ん丸の淡色の瞳が姿を現した。

「一緒に遊ぼうよ? ボク達はみんな、キミの味方だよ?」

 ノアの両手が、たまかへと迎えるように広げられた。ノアの柔らかな笑みは、邪気のない純粋な彼女の心を映しているかのようだった。

「蘇生の力が沢山使いたいって言うなら、沢山殺してあげるしね!」

 部屋の隅から、ポポが屈託ない笑顔とともに同調した。完全なる善意からの提案のようだった。ノアの陰で、ナナは無言でじっとたまかを見つめていた。少し伏せられた瞼の奥の瞳が、言葉より多くのものを訴えかけていた。

 たまかは差し出されたレースの両手へと視線を向けた。手を取ればすべて丸く収まるんじゃないか、という甘美な誘惑。しかしそれは、簡単で楽な方に流されたいという堕落の表れだ。

(……だって、『ラビット』の皆さんと『遊んで』無事で済むわけがないですからね)

 たまかは小さく息を吸い、ノアの薄い色素の甘い瞳を真っ直ぐと見上げた。

「……お断りします。貴方達と友達になることは構いませんが、一緒に遊ぶわけにはいきません。『不可侵の医師団』の子達を治療しなければなりませんし、誰かに傷をつける行為を見過ごすわけにもいきませんから」

 拒むことに、良心が痛まないわけではない。なぜなら、彼女達は心の底からの善意で言っているとわかっているからだ。……それでも、この手を取るわけにはいかない。

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