表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/115

第44話

 息を切らしたまま、見えてきた『ラビット』のアジトを視界に映すと、丁度見知った顔を見つけた。彼女は頭上で斜めのミニハットを揺らし、その長い二つ結び、桃色と紫色の入り混じった白髪の先を風に靡かせながら歩いていた。ふわふわのフリルとレース、リボンに塗れたスカートを揺らし、厚底の黒靴でゆっくりのんびり歩く姿は、威厳や貫禄などとは程遠かった。フリルから伸びた白い素肌部分には白いビニール袋が引っ掛けられていて、中には何やら細かなものが一つ二つ入っているようだった。コンビニ帰りか何かなのだろう。

「姫月さん!」

 たまかが目標の人物に向かって叫ぶと、彼女は特に動じず緩慢にこちらを振り向いた。口からは細い棒が覗いていて、どうやら飴を嘗めながら散歩と洒落込んでいたらしかった。突然の来客に驚くこともなく、姫月は袋を提げていない方の手で口から棒を取り出した。その先には、綺麗な桃色のまん丸が日に照らされて輝いていた。

「あんたの方から来るなんてね。飛んで火に入る夏の虫、いや、鴨が葱を背負って来た? ……皆喜ぶんじゃないかな」

 姫月は両頬の月と星のフェイスペイントを歪め、けらけらと他人事のように笑った。……この様子からして、どうやら状況を知らないようだ。姫月の前までやってきたたまかは、先程のカイと呼ばれていた『ブルー』の少女よろしく、肩で息をしながら膝に手をついた。多少息が整うと、まだ苦し気なまま、目の前の『ラビット』の長に向かって叫んだ。

「『ラビット』のどなたかが、『不可侵の医師団』の子を攫ったようなのです。何か知りませんか」

 語気を荒げて尋ねる。姫月は目を丸くした。

「『不可侵の医師団』の奴を? ……もう『不可侵の医師団』が文字通り『不可侵』だなんて、過去の話になっちゃったね」

 のんびりと苦笑され、たまかはもどかし気に再度大きく口を開いた。早口で捲し立てる。

「誰がやったか、どこに捕らえられているか、姫月さんは何か見当はつきませんか」

「いやあ、全く。でも『ラビット』内の敷地にはいるんじゃないかな」

「成程。では、失礼しますよ」

 流れるように『ラビット』内に侵入しようとしたたまかへ、姫月の制止する声が追いかけてきた。逸る気持ちを抑えつつ、たまかは忌々し気に振り返った。

「急いで助けないと大変なことになります。なので、手短にお願いします」

「ん」

 黒いレースに包まれた小さな拳が差し出され、思わずたまかは顔を退いた。いつからここは『ブルー』のような暴力集団になったんだろうと拳を見下ろすと、繊細な模様の下、ちゃりんと金属音を立ててぶら下がる鍵に気が付いた。

「……これは?」

「個室のマスターキー」

「マスターキー?」

 細い棒を再び咥えた口を動かしながら、姫月は一度首を縦に動かした。

 姫月の言っていることが本当なら、目の前で揺れる小さな金属は、とんだチートアイテムということになる。たまかは狼狽えた顔を姫月へとあげた。

「……もしかして、貸してくださるんですか?」

「迷惑掛けたみたいだからね」

 三組織にとって抗争は当たり前であり、日常である。誘拐するのもされるのも息をするように自然なことであるはずなのに、目の前の長は手を貸してくれるらしかった。

 姫月は、そこで僅かに顔を険しくした。声を少し落とす。

「……『ブルー』か何処かが『不可侵の医師団』を襲撃して、もう『不可侵の医師団』への『攻撃してはいけない場所』という認知は歪んでしまった。切られたしめ縄は、もう元には戻らんよ。これからも『不可侵の医師団』への攻撃は絶えないだろうね」

 両手を差し出すと、中央にぽとりと鍵が落とされた。たまかはその小さな武器を、複雑な顔で見下ろした。要は、この鍵は未来の迷惑料も兼ねている、ということらしかった。

「まあ、三組織が抗争をしていれば、争いから逃げられる組織なんてないんだ。『不可侵の医師団』も例外じゃなかったってだけ」

 姫月はビニール袋をがさりと鳴らし、口から飴のついた棒を抜いた。ビニール袋の中から、お菓子のパッケージがいくつか透けて見えていた。

「殺された後から文句言われてもって感じだからね、早く行ってあげたらいいんじゃない?」

「……姫月さんも来てくれたりはしないんですか?」

 駄目元できいてみると、姫月は肩を竦めた。

「うちは『ラビット』側の人間だよ? 『ラビット』の子達の楽しいことの邪魔は出来ない」

「人命が係っていてもですか?」

「もちろん」

 当たり前のように頷かれ、たまかは忌々し気に鍵を見下ろした。きゅっと大事そうに、両手で包む。たまかや多くの一般人にとっては人命が一番だが、姫月や三組織の人間にとってはそうではない。姫月が『ラビット』を優先するのだって、理解は出来ないが彼女達にとってはごく自然なことなのだ。それについては責める気にもならないし、怒りや悲しみもない。単純に、考え方の違いだ。

「……マスターキー、ありがとうございます。後程お返ししますので。……それでは」

「じゃあね」

 姫月は軽い調子で飴のついた棒を振った。たまかはぺこりと一礼すると、その場を急いで後にした。

 『ラビット』の敷地を跨ぐのは二度目だ。『ブルー』と同じく、思いがけず早くも再訪する形となってしまった。当時を思い起こし、ノアに連れられた彼女の部屋を脳裏に呼び起こす。狭さから言っても内装から言っても、あれは完全に個人用の部屋だった。入る前に扉がいくつか並んでいたことから見て、一人一つの部屋を持っているのだろう。もしそこに『不可侵の医師団』の子が閉じ込められているのだとすれば、片っ端から開けていけばいずれ当たることになる。そして寮のような個人の部屋がある区画があるとすれば、マスターキーがあるのならそこに使用すると見るのが自然だろう。

 手の中の冷たく硬い金属を握りしめる。マスターキーのお陰で、拉致された『不可侵の医師団』の者の発見はある程度現実的になった。

(……ただ、見つけたところで私に出来ることは限られています。『ブルー』のような力もないし、『レッド』のような智計もありません)

 『ラビット』の誘拐犯を前にしてどう戦うか、そして『不可侵の医師団』の子をどう連れ戻すか。切り抜ける方法を、今のたまかは持ち合わせてはいない。

 でもだからといって、黙って指を銜えて見ているだけ、というのも違う。とにかく誘拐された者を発見し、適切な治療を施す。優先すべきはそれだ。『不可侵の医師団』の者の無事が確認出来れば、後は最悪もうどうなってもいい。未来を憂いて足を竦ませては駄目だ。今すべきことを、見失ってはいけない。

 しばらく建物を走り抜けていると、見覚えのある景色が広がった。前回ノアに手を引かれながら通った通路だ。ようやく目標に近づいた安堵感とともに、記憶を頼りに、足を動かすスピードを速めた。

 やがて、扉の並ぶ区画へとやってきた。見覚えのある、ノアの部屋の扉もあった。しかし今ノアに出会うと厄介なことになるのは目に見えているため、音を立てないようにし、その横を静かに通り過ぎる。

(この部屋のどこかに閉じ込められている可能性は高いです)

 掌の中の鍵を見下ろす。そして、一番奥の端の扉へと向かい、その前へと立った。コンコンコン、とノックをするが、中から返事はなかった。

「失礼します」

 鍵を鍵穴へと入れ、回す。かちり、と小さい音がきこえた。恐る恐る扉を開け、頭だけ入れて中を覗く。音も聞こえてこず、動く影も見当たらない。どうやら無人のようだった。内装は部屋の主に一任されているらしく、ノアの部屋とは趣がまるで異なっていた。どうやら部屋の主はフリルやレースに塗れる趣味はないらしく、玄関に飾られた装飾やスリッパ、遠くに見えるキッチンや扉の奥も、シンプルですっきりとした様相に見えた。ただ、どの家具や小物も上質な素材が使われているのは一目瞭然だった。

「ごめんなさい、お邪魔します。すぐ退室しますので。人命が係っているのです……」

 小さい声で独り言を零し、扉を閉める。中に入ると靴を脱ぎ、そろりそろりと足を廊下へあげた。廊下を真っ直ぐと進み、扉を遠慮がちに開ける。中には人影はなかった。

(ふう、ここではありませんね。では、次の部屋……)

 怪我をした『不可侵の医師団』の者の姿も、楽しそうな『ラビット』の者の姿もなかったことに緊張を緩めたたまかは、ふと視界に映った部屋の中の写真立てに視線を奪われた。なぜなら、見知った人物が写っていたからだった。

(……姫月さん?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ