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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第43話

「……もし『レッド』や『ラビット』の奴らが関わっているんなら、あいつら……絶対に許さない」

 水面が、小さい声でそう零した。あいつら、とは、林檎と姫月のことなのだろう。ただならぬ執着を感じ、たまかは少し躊躇いがちに尋ねた。

「……水面さんは、林檎さんや姫月さんをとても憎んでいるようにお見受けします」

「勿論、当たり前でしょ? だって、敵対組織なんだよ?」

 当然のように言われ、たまかは何も言えなかった。

(確かにその通りなのですが……他のお二人と比べて、水面さんは嫌に意識をしているように感じるというか……)

「あいつらさえいなければ、今頃『ブルー』が天下を治めていたはず。皆が家族となり、支え合って生きていけるような世界になっていたはずなのに」

 水面は悔し気にそう言った。

「……だけどそうなったら、暴力が蔓延る世界にもなっているってことですよね?」

「勿論そうだけど、家族を殴る必要はないでしょ? あたし達に反するものにしか拳は向けない。暴力を振るう必要なんてなくなるはずさ」

(うーん、それってつまり、絶対服従の世界ってことですよね……)

 たまかは口を噤んで、密かに苦い顔をした。果たしてそれが、本当に幸せな世界なのだろうか。『ブルー』の面々の望む世界ではあるのだろうが、たまかは自分には合わないように感じた。

「あいつらは、命なんてどうでもいいと思ってる。例えそれが、自分の組織の仲間だとしても」

 水面はたまかの目を見ていなかった。ただテーブルの一点を見下ろして、強い感情を抑えてそう言った。

「ふざけるな。自分の仲間さえも大事にしない奴らに、のさばらせる理屈なんてない」

 水面は一瞬、泣きそうな顔をした。……気がした。

「自分の、仲間さえ……」

 水面の寂しげな声が、余韻を残して消えていった。たまかは抗争が無くならない理由を、垣間見た気がした。どの組織にだって、抗争する理由がある。それはどの組織も異なっていて、しかし自分の正義と信条に基づいた正当なものだ。その誓いを捻じ曲げない限り、争いはなくならない。

(でも……)

 ……本当にそれだけ?

 たまかは俯いた水面の紺色の髪を、じっと見つめた。その先の表情は見えなかった。

「……だから」

 彼女は顔をあげた。その顔は、いつもの好戦的な端整な顔立ちだった。やはり、さっき見た顔は錯覚だったのだろう。

「お前があいつらに何かされそうになったら、いつでも言って。駆け付けてやるから」

「……はあ」

 たまかは曖昧に返した。困ったように苦笑いを浮かべる。

「私が元で抗争が激化しても、困るのですが……」

「そんなの、先に手を出した方が悪いんだ。お前が気にすることじゃないだろ」

「罪悪感とかじゃなくてですね、誰かが傷つくのは……」

 コンコンコン、と扉のノックする音が響いた。言い掛けていた言葉を飲み込み、たまかは扉を振り向いた。扉の外から、くぐもった声がきこえてきた。

「縹様。近くで『レッド』の奴らが暴れているようです」

「いい度胸じゃない。すぐ向かう」

 水面は短くそう返事をすると、素早い動きで立ち上がった。長く垂れた袂と短いプリーツスカート、そしてさらさらの髪を揺らし、たまかを見下ろした。

「そういうわけで、あたしは行く。逃げようとは思わないことだね」

 それだけ言い残すと、颯爽と扉へと向かって、豪快に勢い良く開けた。その扉の奥には、深く下げたアイボリーの頭が見えた。イロハだ。

 水面はそのまま扉の奥へと駆け、消えていった。長自ら抗争現場へ向かったようだった。イロハは頭をあげると水面の消えた廊下の奥を確認した。人の姿がないことを見届けると、イロハは悠々と部屋へと入って来た。

「いやあ、たまかさんも大変だねえ。『ブルー』に行って『レッド』に行ったと思ったら、今度は『ラビット』、さらにまた『ブルー』に逆戻りだなんて」

 軽い調子で笑われる。どうやらイロハが水面を遠ざけてくれたようだった。

「この間は、ありがとうございました」

「なんのこと? あの時は『偶然』『レッド』の奴らに乗り込まれてたまかさんを連れ去られただけでしょ? 私は関係ない関係ない」

 悪びれもなく、けらけらとイロハは笑った。それから少し声量を落として、たまかへとこっそりと耳打ちをした。

「……大丈夫、安心して。たまかさんの状況は、ちゃんと朱宮さまに伝えておくよ。すぐに『ブルー』を出られるはず」

 たまかの耳から距離をとると、ウェーブがかったアイボリーのショートカットを揺らし、イロハは安心させるようにウインクを零した。

 ……今の発言で、ほぼ確定したと見ていいだろう。彼女は、『レッド』側の人間だ。

(『ブルー』に潜入しているスパイ、といったところでしょうか)

 『ブルー』にスパイを送り込んでいると、林檎本人がそのようなことを言っていた。素直に見れば、それがイロハであるということなのだろう。

 開け放たれたままの扉の奥から、慌てた様子の二枚歯の音がカラコロときこえてきた。イロハがいち早くそれに気付き、その唇に人差し指を持っていった。たまかも無言で頷いた。音は段々と大きくなって、やがて一人の『ブルー』の制服姿の少女が姿を現した。息を乱し肩を上下させていて、急いでやってきたらしいことが伝わった。膝に手をつき、息を整える。その後、ベリーショートの髪を揺らし、彼女は顔をあげた。

「……カイ? どうしたの?」

 イロハが不思議そうに尋ねた。カイと呼ばれた少女は、大きく部屋の中を見渡した。

「縹様は?」

「縹様? ついさっき出て行ったけど」

 イロハは「何かあったの?」と顔付きを変えて尋ねた。

「それが……」

 カイが言う前に、彼女の手にしているものに気が付いたたまかが、「あっ」と声をあげた。その手には、見慣れた制服を着る人形が収められていた。そう、純白の清潔感溢れる制服は、『不可侵の医師団』のものである。

「……えっ?」

 続けて、たまかは思わず声をあげた。その人形の首が取れていて、ほつれた糸一本で辛うじて繋がっていたからだった。虚空を見つめるボタンの目の焦点は合っておらず、なんだか可愛さよりも不気味さが勝っているように感じた。

「な、なんですかこれ? 縁起でもない……」

「『ラビット』から贈られてきたのです。その……言伝と共に」

「言伝?」

 イロハが目を細めて尋ねる。たまかの視線は、首の取れた人形に釘付けのままだった。

「九十九たまかを差し出せ、と。そうでなければ、捕らえた『不可侵の医師団』の者と『友達になる』とか、なんとか……」

 たまかは顔色を失った。『ラビット』での出来事が、脳裏に浮かんだ。『友達になる』とは、つまり、痛めつけ、拷問する、ということである。たまかは青白い顔のまま、部屋を飛び出した。

「たまかさん!」

 イロハの焦りの滲んだ声が追いかけてきた。しかし、たまかは止まることなく、全力で足を動かした。

 ……一刻も早く、向かわなければ。『ラビット』のもとへ。自分のせいで誰かが傷つくなんて、そんなこと、あってはならない。

 たまかの頭にはそれしか浮かばず、一刻も早く助けなければという思いだけが支配していた。感情のまま、たまかは走った。イロハの名を呼ぶ声も、水面の逃げるなという忠告も、全てを忘れ、全力で駆けた。目指すは『ラビット』のアジトだ。一度行っているのだ、場所には見当がついている。

 ここは『ブルー』の本拠地であり、本来であればたまかを簡単に逃がすはずがないのだが、最終的にたまかは誰にも邪魔されることなくその領地を抜け出した。イロハが何か細工をしたのかもしれないし、たまたま『レッド』との抗争に人が駆り出されていたのかもしれないし、『ラビット』が何かしたのかもしれない。けれど、そんなことを考える余裕はなかった。一刻も早く、捕らわれている『不可侵の医師団』の者を助け出さないと、大変なことになる。たまかはその顔を歪め、力の限り走り続けた。




***




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