第42話
「『不可侵の医師団』が襲撃された、って奴。『ブルー』の仕業じゃないかって言ってたでしょ。結局、どこの組織の仕業だったわけ?」
濡れ衣を着せられた報復をするつもりなのか、水面は好戦的に語気を強めた。たまかはその顔を曇らせた。
「……結局、分からず終いです」
「わからない? どういうこと?」
「どの組織も否定しているんです」
たまかは静かに首を横に振った。水面は理解出来ないという顔で、眉を寄せた。
「前代未聞の事件なのに? どこもだんまりなの? なんで?」
「……わかりません」
水面は少し唸ったが、結論は出なかったらしい。「そもそも」、と渋い顔で口を開いた。
「なんで『ブルー』の仕業ってことになってたんだっけ?」
「襲撃現場に居合わせた私の友達が、そう証言したからです」
「そいつはなんで『ブルー』がやったと思ったの?」
たまかも、ずっとそれが気になっていた。そのため、らんの容態が落ち着いてから、たまかは本人へきいてみた。彼女は白いシーツに身体を横たえたまま、当時を思い起こすように遠い目をしながら答えた。
『すぐ撃たれたから一瞬だったけど、『ブルー』の制服を着ているのが見えたんだ』
『制服?』
『うん。薄群青色の、特徴的な制服。長い袖に太い帯……あれは『ブルー』の制服だった』
「……制服? そいつは、確かに襲撃した奴らが『ブルー』の制服を着てたって言ってたの?」
「はい。彼女は記憶が錯乱していた様子もなく、はっきりとそう言っていました」
「……」
水面は険しい顔をして、考え込んだ。たまかはらんの証言をきいたとき、それなら確かに『ブルー』の仕業と思うはずだと思った。三組織の制服は特徴的で、外見で判別が容易だ。らんの言う通りに『ブルー』の制服を着ていたのなら、それは襲撃者が『ブルー』だと見て間違いないだろう。
水面は目を細めた。いろいろな可能性について考えているらしかった。
「……そいつが嘘をついている可能性は?」
「別の人からも同じ証言をきくことが出来ました」
「本当にそれは『ブルー』の制服だった? 似た服の可能性は?」
「『ブルー』の制服はかなり特徴的です、見間違うはずがありません」
「……」
水面は押し黙ってしまった。何やら思考を続けてはいるようだが、その表情は苦しそうだった。
(……この反応、恐らく水面さんは本当に知らなかったのでしょうね)
水面に最初に襲撃について訊いたときの反応からしても、初耳のようだった。たまかは改めて、彼女が襲撃に関わっていないことを察した。水面は表情や行動が心のままで、素直だ。その分嘘が苦手そうだし、演技をしていればわかるような気がした。
「……つまり、何? あたしに無断で襲撃した奴がいる、ってこと?」
声が、若干震えていた。
「許せないな。組織に身を置いているのなら、一言あたしに言うのが筋ってものじゃないの?」
これまできいたことのない、腹の底からの低い声だった。背筋が凍るような声色。その顔は、静かに怒りを湛えていた。血に飢えた荒れ狂う豹のような目に、たまかは思わず顔を強張らせた。
……このままだと、『ブルー』の該当者を殺しかねない。
「あの」
たまかは思わず声をかけた。目の前の野獣を、どうにか落ち着けようと、ほぼ無意識だった。声に反応して鋭い目がたまかを射貫き、たまかは思わず声をあげそうになった。
「……早まらないでください。水面さんが知らなかったことは、わかっています」
「逆にお前はなんでそんなに冷静なの? 仲間が殺されて怪我もさせられたんでしょ? 殺してやりたい程憎くはないの?」
荒い口調で捲し立てられる。しかし、たまかは努めて冷静に口を開いた。
「そりゃ、怒っています。怒ってはいますが、殺したくはありません。私は『不可侵の医師団』に所属する者です。誰だって、傷つくのは嫌なんです」
「それが仲間に傷をつけたものでも?」
「……はい、そうです」
水面は歯軋りを挟み、「理解出来ないな」と吐き捨てた。しかし、彼女は怒りに任せ我を忘れたりはしなかった。水面は大きな深呼吸を挟んだ。すー、はー。たっぷりの息を吐きだし終え、彼女は顔をあげた。その顔からは、先程の怒りが消えていた。
「まあ、理解は出来ないんだけど……お前がそう言うのなら、あたしが報復するのは筋違いだね」
落ち着きを取り戻した声色で、水面はそう言った。それから、真面目な顔で、真っ直ぐとたまかを見つめた。
「……完全に、うちの不手際だね。謝って済むものじゃないけど……悪かった。この償いは必ずするよ。襲撃した裏切り者を炙り出して、ひっ捕らえるから」
「わかりました。……念を押しますが、報復は無用です。襲撃者を見つけたあとは、然るべき法が裁いてくれるでしょう」
「法なんて時代遅れの退廃的システム、今となっては使われていないんじゃない? 本当にそれでいいの?」
「はい。少なくとも殺すより、よっぽど」
二人の考えは最後まで理解し合えることはなかったが、しかし話し合いは終着した。一瞬の沈黙を挟み、水面はくしゃりと自身の前髪を掴んだ。
「……まさか、うちの奴があたしの考えに逆らって行動するなんて。考えもしなかった」
ショックを受けているようだった。たまかは少し心配そうに、その顔を覗き込んだ。
確かに、今までの『ブルー』の面々は水面に絶対服従の素振りを見せていた。水面に隠れて勝手に行動することは、あの様子から見て考えにくかった。きっと、今までに起こったことのない出来事なのだろう。
「……何か、心当たりはないですか? きっかけとか、怪しい人とか」
「全くない」
短く簡潔な言葉が返ってきた。覇気のない声だった。
「……あたしから離れようとしている奴らがいるってことなのかな」
ぼそりと付け加えられた言葉は、確かに理由としては現実味を帯びている気がした。その可能性について考慮しようとしたとき、水面は別の何かに思い当たったように勢い良く顔をはねあげた。
「他の組織の奴らに、唆された可能性は?」
「え?」
「『レッド』か『ラビット』に適当言われてやった可能性だよ。だって、『ブルー』の子達は皆そんなことするような奴らじゃないんだ」
たまかはぱちくりと目を瞬かせた。いまいち頭が追いついていないたまかへ、水面はもどかしそうに言葉を続けた。
「だから——『レッド』か『ラビット』が主導したんだよ。『ブルー』の奴らがあたしに無断で襲撃なんて、やっぱりどう考えてもおかしいもの」
「……」
「……お前にはあたしが身内を庇っているように見えているだろうけどね、本当におかしいんだよ。『ブルー』の奴らがそんなことするはず、絶対にないんだ」
水面は、至って真剣にそう説いた。……裏切られた人間は、皆そう言うだろう。『皆が裏切るわけがないんだ』、と。
水面の瞳は、真摯に揺れていた。彼女は本心からそう叫んでいることが、嫌でも伝わった。
状況を理解出来ていない、哀れな王と見るべきか。それとも、自身の仲間を最後まで信じ抜く、愚かな道化と見るべきか。たまかには、判断がつかなかった。……あるいは、孤独に真実に辿り着いた、奇跡の名探偵と見るべきか。
たまかは静かに首を振った。
「……この件は、保留にしておきましょう。私もこれ以上、現段階で無暗に詮索しようとは思っていません」
「……そう。ただこれだけは言わせて、『ブルー』の子達が主体的にそんなこと企むはずがない。何か、裏があるはず」
(水面さんは、本当に『ブルー』の人達を信じているんですね)
ただ、確かに『ブルー』の仕業だと見ると違和感があるのも事実だ。まず、水面に無断でやったことが不可解だ。『ブルー』はその組織の体質上、水面に絶対の忠誠を誓っている。彼女の命でもなく、さらに彼女に隠れて襲撃を行う理由が謎だった。そして、襲撃を成功させた後、沈黙を貫いたことも解せなかった。たまかを手に入れることもしないまま撤退した襲撃者は、一体襲撃によって何のメリットを得られたのだろう。大々的に襲撃の成功を喧伝するわけでもなく、何かを手に入れたわけでもない。『ブルー』にとって、襲撃でいまいちメリットとなるものが思い浮かばないのだ。
だから、一概に『ブルー』の仕業だと結論付けるわけにもいかない。つまり、結局『分からず終い』なのである。




