第41話
「……と、言うと?」
たまかは言葉の真意を探るように尋ねた。水面はすらりと伸びた健康的な脚を組み替えた。フリルの縁取る薄群青色のミニスカートが、ぱさりと捲りあがってその太ももに着地した。
「お前に蘇生の力がないだろうことは見当がついてる。それでもって、今のところあたしは財団にお前を売るつもりもない」
(……でしょうね)
先刻の襲撃現場で、『ブルー』は襲撃先から金を持ち出していた。最初からたまかを財団に引き渡すつもりであれば、細々とお金を工面する必要はないはずである。つまり金の回収を始めたということは、賞金首をひっ捕らえることを諦めたことを意味している。
「……有難いですが、なぜ私を引き渡すことをしないんですか?」
「お前にはもっと有効な使い道があるからね」
(……林檎さんみたいなこと言い出しましたね)
たまかは神妙な顔をした。『ラビット』行きに匹敵するようなことを命じられるのは、もううんざりである。
「他組織の情報を渡す、という使い道ですか? さっき話した以上の情報は、生憎と持ち合わせていませんが……」
「それもあったけど、それはさっきで終わったよ。お前の価値は、『他の二組織が欲しがっている』。これだ」
……つまり、水面のたまかへの執着の理由は、最初から一貫しているということなのだろう。『他の組織に渡したくない』。他の組織はどちらも一度たまかを手放しているが、水面は他の組織がたまかをまだ欲していると思っているのだろう。たまかは説くように静かに反論した。
「水面さんは私に蘇生の力がないって思っているんですよね? そして財団に渡すこともしないと。大方、他のお二人も同じ様に考えていると思います。その時点で、林檎さんも姫月さんももう私を欲してはいないと思いますよ」
「まあそうならそれでいいよ。お前の身をうちが持ってて困ることは別にないし」
あっけらかんと言われ、たまかはぐ、と唇を噛んだ。
「だったら、お前を囲っておいた方が得だろ? 置いておくだけであいつらが悔しがるかもしれないんだぜ?」
水面はそう言ってほくそ笑んだ。
「それは、そうなのかもしれませんが……」
「捕虜の身が嫌なら、『ブルー』に入ってもいいよ? お前の度胸なら直ぐに上り詰められると思うけど」
「は、入りません!」
粗暴な『ブルー』でやっていけるほど、たまかは暴力に慣れていない。全力で否定すると、水面はそう言われることを分かっていたのか、豪快に笑っただけだった。
(どうやら話の流れからして、帰してくれそうにないですね……)
自分から首を突っ込んでしまったとは言え、まさか捕虜の身に逆戻りとは。たまかはため息を零しそうになるのをぐっと堪えた。水面はふふ、と可笑しそうにした。
「この前みたいに、むざむざ逃がしたりはしないからね」
「根に持ってます?」
「持ってないよ。でも、同じ失敗は繰り返したくない」
水面はなんでもないようにそう言って、凝ったのか首を回した。セミロングの紺色の髪が艶めき、大輪の簪が揺れた。
「……これはあたしの勘だけど」
首を回し終え、水面はたまかを見つめながらぽつりと零した。
「お前を巡る騒動は、まだ全然終わっていない。お前には謎が残り過ぎている」
「……それを言うなら私に謎があるんじゃなくて、『蘇生』とか言いふらしている方が好き勝手に謎を撒いているんですよ」
「どっちにしろ、お前にはまだ価値がある。だから他の二組織も、今後お前を必要とするはずだ」
なんにせよ、水面はたまかを放っておく気はないらしい。たまかは諦めて、話題を変えた。
「騒動が終わっていないというのなら、一回情報を整理してみませんか。……この前、水面さんは財団についての情報を私には教えてくれませんでした。ですが、他組織と同じ状況という認識でいいんですよね? 財団から私の『蘇生』の話をきかされ、莫大な金と引き換えに私の身を引き渡すように言われた、と」
「そうだね、間違いないよ」
今更隠すつもりもないらしく、水面は素直に頷いた。
「蘇生の情報について、何か知っていることはありませんか?」
「ないね。財団から『お前は蘇生が出来る』、という情報をきかされただけ」
きっぱりと否定されたが、これは想定通りだ。たまかもふむ、と相槌だけ打って、すぐに他の質問へと変えた。
「では、『ブルー』は私を財団に渡さない選択をするということでしたが、お金はどう工面する予定ですか?」
「……なんかコンサルタントみたいなこと言い出したね」
水面は茶化すように吹き出したが、たまかは真面目な顔のまま返事を待った。『ブルー』が借金の返済に困っている限り、賞金首であるたまかの身の安全も脅かされることになる。組織の借金に対しての動向を把握しておくに越したことはない。水面は片手を広げ、不安や心配など微塵もないように続けた。
「そこは大丈夫だ。『ブルー』の奴らに傷を付けた奴らに報復に行くついでに、今後は金も一緒に巻き上げることにした」
たまかが居合わせた襲撃現場は、丁度水面が言うようなことを実行している場面だったのだろう。
(え、ですが林檎さんの口ぶりですとかなり莫大な借金ということでしたよね……? そんなちまちました方法で工面出来るような額なのでしょうか)
「……それでお金はきっちり返済できるんですか?」
「返済?」
水面は訝し気に眉を寄せた。
「あー、何? お前、もしかして事情を知ってる?」
「……少しだけ」
「誰が吐いたんだ? ……当ててやる。朱宮でしょ」
「……」
「なーに考えてんだあいつ? 完全な部外者に教えていい情報なの? まあいいけどさ」
水面ははあー、と深いため息を漏らした。乱雑に頭をわしゃわしゃと掻く。
「極秘情報を教えて、たまかを無用に巻き込むとか考えないのかね」
(もう充分巻き込まれてますけどね)
しかし、たまかの身を案じてくれての発言らしかった。意外だったが、ミナミが言うには水面は仲間思いの性格のようだった。ミナミの話からして面倒見が良さそうだったし、水面としてはこっちが本来の思考なのかもしれない。
「お金の話だけど。ま、なんとかなるでしょ。たぶん」
水面は頭から手を離すと、軽い調子でそう言った。あまり深く考えていないようだった。
(……駄目そうですね。ですが、それをここで指摘すると『じゃあお前の身を差し出すしかないじゃないか』という方向に話が進みそうです。黙っていましょう)
たまかが内心そう決めたタイミングで、水面が「情報を整理するって言うならさ」と切り出した。
「そういえば、あの件はどうなったの?」
「あの件、ですか?」




