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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第40話

 その後、たまかが最後の一人に応急処置を終えたタイミングで、金庫や書類の束、現金の入っているであろう袋を抱えた『ブルー』の面々が建物から出てきた。水面は当たり前のように「じゃあ、行こうか」とたまかへと声をかけ、颯爽と歩き出した。その背中は、たまかがついてくると信じて疑っていないようだった。事実、周りにはソラを始めとした『ブルー』の面々がいる。彼女達はその手に物を持っているとはいえ、たまかに逃げられるような隙はなかった。たまかは観念して、そのすらりと伸びる足を追い駆けた。

 しばらく歩いて着いた先は、見覚えのある建物だった。『ブルー』のアジトである。

(まさか、再訪がこんなにも早くなるとは……)

 高い建物を見上げながら、たまかは達観した顔つきで目を細めた。治療を終えたらすぐに逃げようとは思っていたものの、こうなることが予想出来なかったわけではない。これは自分の行動が招いた結果である。たまかは『ブルー』の少女達に周りを取り囲まれたまま、すごすごと足を動かし続けた。そしてその後は、これまた見覚えのある部屋へと通された。『ブルー』を去る前、水面と対面して話をした部屋だった。あの時と同じソファとテーブル。ミナミが腹を殴られ、その雁首を水面に捉えられていた姿が、嫌でも頭に蘇った。

 『ブルー』の少女達は各々の作業のために散り散りとなり、部屋に残ったのは水面とたまかだけだった。最後に部屋を後にしたソラは、扉を閉める前、深々と頭を下げてから出て行った。

 水面はソファへと身を投げ出し、その白い脚を組んだ。突っ立ったままのたまかへと、対面のソファを顎で示す。たまかもおずおずと指示された通りにソファへと向かい、腰を下ろした。

「……さて。まさか、『レッド』と『ラビット』に行って無事で帰ってくるとはね」

 水面は愉快そうにその口元を歪めた。鋭い目を細める。まるで獲物を値踏みするかのようだった。たまかは身を強張らせながら、目を泳がせた。

(……そういえば私、『ブルー』から勝手に逃げ出したんでしたね)

 イロハとサクラの手引きにより、たまかを探す水面たちを振り切って『ブルー』を脱出したことを想起した。もしかして、そのことをずっと水面は怒っていて、虚仮にした怨みを晴らそうとしていたのかもしれない。そんな考えに思い当たり、たまかはごくりと唾を呑み込んだ。

(しかし、時すでに遅しです。逃げられなかったとはいえ、のこのことこの部屋に舞い戻ってしまったのですから)

 あそこで声を張り上げてしまったのが運の尽きだ。……だが、たまたま目撃してしまったこととはいえ、あそこには怪我人がいたのだ。らんやすずのような、怪我人が。あのままだと死んでいたかもしれないのだ、放っておけるはずがない。例えやり直せたとしても、同じ行動を取るだろう。

 たまかは覚悟を決め、ぐっと唇を結んだ。目の前の水面へと、真っ直ぐと視線を返す。

 水面は笑みを消した。一瞬だけ、視線を虚空へと逸らした。真面目な顔を作り、少し頭を落とす。彼女の明るい瑠璃色のインナーカラーが艶めき、さらさらと肩から零れ落ちていった。

「……どうだった?」

「え?」

 彼女の通る凛とした声は、怒りを孕んだものではなかった。声量を落とした、相手の反応を窺うかのような、静かな声色だった。とりあえず、怒っているわけではなさそうだ。たまかは訊かれた意味がわからず、身体の緊張を解いて訊き返した。

「……どう、とは?」

「『レッド』や『ラビット』だよ。どうだった?」

 随分曖昧な質問だ。たまかは嘆くように、情けない声をあげた。

「どうって……おっかなかったですよ。物凄く」

「いやうん、まあそうだろうけど、そういうことじゃなくてね」

 たまかなりの正直な感想だったのだが、そういうことを訊きたいわけではないようだった。水面にしてはどうにも歯切れが悪い。たまかは眉を寄せた。

 水面は、慎重に言葉を選んでいるようだった。

「その……お前から見た、『レッド』や『ラビット』の内部がどうだったかって話だよ。あいつら、あたしの言ったようにお前を欲しがっていただろ?」

(ああ、成程……他組織の内部情報が知りたいってことですか)

 つまり、林檎と同じ思惑ということだろう。彼女は他組織の情報を得るために、たまかを利用して潜入させた。水面も他の組織の情報が欲しくて、二組織を渡り歩いたたまかから訊き出そうとしているらしい。たまかはそう理解し、頷いた。

「確かに、皆さん私を……というより、蘇生の力とか、賞金首を求めていました。ただ、私に蘇生の力がないと知ると、身柄を確保するというよりは私を利用する方向に舵を切っていた印象です」

「それは『レッド』のやり方だね。まあ納得できるよ。『ラビット』もそうだったの?」

「『ラビット』は少々複雑で……キャプテンの姫月さん自身は、私の蘇生の力を信じておらず、身柄を確保するつもりもないようでした。ただ『ラビット』の皆さんは違っていて、蘇生の力を信じていて、私を『ラビット』に置いておきたいようでした。その熱意は恐らく三組織の中でも一番だと思います」

「成程。桜卯の奴が蘇生なんか求めるわけないって思っていたけど、下が欲しがってたってわけね。だから積極的に動いていたのか」

 水面は腕を組み、真面目な声色でそう言った。それから不意に、思い出したというように口を開いた。

「……そういえば、ずっと気になってたんだけど。お前、どうやって『ブルー』を脱出したの? あの時『レッド』がタイミングよく襲撃してきたことといい、どうにもおかしいと思うんだよね」

「……っ」

 たまかはだらだらと冷や汗を流した。真相を話せば、『ブルー』を裏切ったイロハと、たまかを『ブルー』に送る計画を立てていた林檎は確実に水面の怒りを買うことになるだろう。別にたまかは『レッド』の味方というわけではないが、無用な争いの火種を撒くことはしたくない。それに、あのままいけばたまかは『ブルー』から財団へ引き渡され、殺されていただろう。脱出させてくれたイロハには恩義もある。

 何も返せないたまかを見て、水面は軽い調子で「まっ、お前が知る由もないか」と一人で自己完結してしまった。鎌を掛けたというようなものでもなく、本当に心当たりがないと判断したらしかった。違和感は持ってはいるものの、どうやらたまかだけでなく、イロハについても微塵も疑いを向けていないようだ。たまかはほっと胸を撫で下ろした。

 水面はそんなことを知る由もなく、話題を変えた。にやにやとした顔で、面白がっている声色だった。

「『レッド』に連れられたあと、どうだった? 死体を転がされて、蘇生しろって言われなかった?」

「……言われましたね。水面さんの、言っていた通りでした」

 水面は愉快そうに笑った。笑いごとじゃないんですがね、とたまかは渋い顔をした。

「変わってないね。やっぱりお前はあのまま『ブルー』にいた方が幸せだったんじゃない?」

「『ブルー』にいたところで、財団に引き渡されて終わりだったでしょう。あそこは逃げが正しかったと思います」

「あたしの目の前で、言い切るねえ。やっぱり度胸あるね、お前」

 けらけらと笑い声が響いた。部屋の素材に上質なものが使われているようで、外部の音はきこえて来ず、水面の通る声だけが木霊していた。

「他には? 朱宮はあたしのこと、なんか言ってた?」

「いえ、特には……」

 侮蔑の言葉をいくつか並べていたことは、頭の片隅へと追いやった。争いの火種をこちらから提示する必要はないだろう。

「なんだ、あたしのことは眼中になし? 桜卯は?」

(正確に言えば、林檎さんはもともと私に『ブルー』のことを探らせようと行動していたわけですから、眼中にないどころか真逆だったと思いますが……)

「姫月さんも同じですね。特に『ブルー』を意識してはいませんでした」

「なんだあいつら、『ブルー』のことが気にならないわけ? 澄ましちゃって、まあ」

 水面は詰まらなそうに唇を尖らせた。

(もともと水面さんが私を捕らえた理由は、『他組織に渡したくない』からでしたね、そう言えば……。水面さんって、他の組織のリーダー達と比べて対抗心が高いといいますか、常に他の組織を意識している感じなんですかね)

 たまかはそう分析しつつ、自分に他組織の情報を訊きたがった理由を悟った。そして、どこまで言うべきなのだろうかと考えあぐねた。

(別に私は『レッド』の味方でも『ラビット』の味方でもありませんから、隠す理由はありません。ですがそれと同じで、『ブルー』の味方というわけでもありません。馬鹿正直に全ての情報を開示する必要もないんですよね。告げた情報が発端で抗争が激化するのも嫌ですし、ここは穏便に事を運びたいところです)

 なるべく水面を刺激しないような、当たり障りのない情報を伝えて終わりにするべきだろう。そう結論付けたタイミングで、水面が再び口を開いた。

「お前が『ラビット』に行ったってきいたときは驚いたけど、もしかして朱宮の仕業?」

「……はい。林檎さんが一枚嚙んでいました」

「だと思った。しっかし、よく『ラビット』を無事に出られたね。正直、そこが一番驚いたよ」

「姫月さんのお陰、ですかね……」

 『ラビット』でのことを、まるで遠い日々を思い出すかのように思い起こす。暴力の『ブルー』、そして利益のためなら血も涙もない『レッド』を無傷で乗り越えたたまかへ、唯一傷を付けたのが『ラビット』だった。姫月の助けがなければ、たまかの内臓や両足は無事では済んでいなかっただろう。

「……なんだ。皆、お前に興味津々じゃない」

 水面はじろじろと不躾にたまかを嘗め回すように見た。その口元は、満足そうに口角を上げていた。

「だからこそ、お前に価値がある」

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