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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第39話

 たまかは暴力を振るい続ける『ブルー』の者達の近くまで来ると、建物の影へと身を隠し、漸く歩みを止めた。彼女達は未だに、たまかの存在に気が付いていないようだった。その一人、倒れた人間に跨っている黒髪の後頭部の持ち主は、頻りに叫んでいた。「殺された仲間の怨みだ」、「あいつらが受けた痛みはこんなもんじゃない」。彼女達にも、襲撃する理由があるようだった。しかし、それはそれ、これはこれである。このまま殴らせておけば、被害者の人間は、死ぬ。たまかは息を大きく吸い込み、叫んだ。

「『レッド』だ!」

 人を殴りつけていた後頭部がびくっと揺れ、即座にたまかの隠れている方角を振り向いた。隠れているたまかからは見えない。たまかは即座にその場を撤退しようと、白い靴を踏み出した。しかしその時にはもう、細い腕を掴まれていた。驚いて振り向いたのと同時に、建物の影の外から圧倒的な力で引っ張り出された。目の前には、今さっきまで馬乗りになって人を殴りつけていたはずの黒髪の後頭部の持ち主が立っていた。サイドに一つに結ばれた、弧を描く黒髪の先が勢い良く跳ねている。現れた二つの目はまん丸に見開かれていた。彼女の空いた手は既に、標的を殴らんと臨戦態勢が取られている。

「——九十九たまか!?」

 ソラはたまかの腕を取ったまま、その姿を確認して驚きと共に叫んだ。周りの『ブルー』の者達も、振袖から出る拳やプリーツスカートから伸びる健康的な脚を止め、皆たまかの方へと視線を集中させた。たまかはその数多の視線に怯みそうになるのを懸命に堪え、現行犯の暴れ馬を見上げた。

「……『レッド』の方達がすぐそばまで来ています。かなりの人数でしたので、ここは場所を変えるべきだと思います。……その方々は既に充分な程痛めつけられていると御見受けしますし、もういいのではないですか」

 ソラが殴っていた痣と血だらけの人間は、『レッド』の制服でも『ラビット』の制服でもなかった。二組織のメンバーではないらしい。他の『ブルー』の者に痛めつけられている人々も同様だった。

「チッ……。『レッド』の奴らか。……命拾いしたな、お前」

 舌打ちの後、ソラは自身が殴っていた人間にそう吐き捨てた。暴行を受けていた者はもう意識を手放しているらしく、返事はなかった。ソラもそれは分かっていたらしく、返事を待つことなく素早い動きでたまかに背を向けた。遠目に患者の容態をチェックしていたたまかの前で、高い背の細身が、ぼそりと呟いた。

「さっさと金を回収しないとね……」

(金……?)

 たまかがソラを見上げようとした瞬間、その華奢な首に、細くも健康的な腕が巻き付いた。前に立つソラのものではない。知らないうちに背後にまわっていたらしい人物の吐息が、たまかのうなじを擽った。たまかははっとしてその拘束から出ようとしたが、さほど力が入れられていないはずの腕はびくともしなかった。

「こんな白昼堂々、大声で法螺を吹くなんて。相変わらずだね、お前は」

 後ろからの凛とした通る声には、聞き覚えがあった。両手で首に巻き付く腕を握ったまま、たまかは後ろを振り向いた。目の前に、精悍さが滲む端整な顔立ちが現れた。明るい瑠璃色のインナーカラーを艶めかせながら、セミロングの紺色の髪が頬をくすぐる。

「み、水面さん!? どうしてここに?」

「抗争現場にリーダーがいることが、そんなに可笑しい? 他組織のあいつらみたいに部屋にこもりっきりなのは、あたしの性に合わないもんでね」

 水面は愉快そうに笑った。そして顔の位置を戻し、少し低くなったたまかを見下ろしてにやにやと豹のような目を歪めた。

「『レッド』の奴らが来てるっていう嘘はいい線いってるかもだけど、残念ながらあたしらは喜んで突撃するタイプだからね。撤退しようとはならないかな」

「う……」

 嘘だとバレバレらしい。たまかは苦い顔をし、目線を泳がせた。

「う、嘘? お前、マジ?」

 振り返ったソラは信じられないものを見るような目で、水面に拘束されているたまかを見下ろした。視線が痛かった。

「だ、だって殴られている人達、重症のようですし……そうでも言わないと止めなかったでしょう」

「あははっ、違いない」

 水面は豪快に笑い飛ばし、ソラは唖然として口を半開きにしていた。『ブルー』の他の者達も、お互い顔を見合わせたり、驚愕の顔や困惑の表情、怒りの視線をたまかに向けたりしていた。

 次の瞬間、たまかの目の前に固い拳が飛んできた。避けようと考える暇がない程、綺麗なストレートだった。猛スピードで迫る拳を認識してから、衝撃に備えて目を瞑ることすら出来なかった。痛みが頬を襲う、下手すれば骨さえ折れるかもしれない……そうたまかの考えが至った時には、たまかの身体は後ろに引っ張られていた。拳が目の前を掠め、逸れていった。風圧が、たまかの鼻と前髪を強く撫でていく。後ろに体重が偏り、思わずよろめいた。しかしその身体は、がっちりと水面が支えており、倒れることはなかった。……どうやら、水面がその類い稀なる反射神経でたまかの身体を拳から逃がしてくれたらしかった。たまかの小さな頭は、水面の胸元へと埋まった。思わずぎゅっと閉じた瞼をそろそろと開くと、水面の端整な顔がたまかを見下ろしていた。青空をバックに、逆光の中、彼女はその顔をやんちゃな子供に向けるように目の先と口元を緩めていた。たまかは、ぱちぱちと瞬きをして、その顔を呆けたように見上げていた。

 重い拳で虚空へと華麗にストレートを決めたソラは、獲物に当たらなかったことに不満そうに口元を歪めた。体勢を戻し、水面に身体を預ける無傷のたまかを、恨めし気に見下ろす。

「……縹様」

 ぶすっとした表情のまま、ソラは水面の名前を呼んだ。説明を求めるような声色だった。水面は快活に笑い声をあげた。

「まあまあ。丁度訊きたい事も沢山あったし、怪我負わせて転がせておくわけにはいかないんだよね」

(訊きたいこと?)

 たまかが尋ねるより先に、水面はたまかの身体を押し上げてくれた。たまかは重心を戻し、自らの足の力で立った。

「まあ……縹様がそう言うのなら」

 ソラの恨めし気な視線を刺さるほど浴び、たまかは苦笑いを浮かべた。しかし水面の言うことは絶対らしく、ソラはそれ以上抗議をしなかった。

「さてと。ここからしばらくは別行動しよう」

 水面はたまかへと、軽快にそう提案した。そして、痣と血だらけのおよそ人間とは思えなくなっている被害者を見下ろした。

「お前はこいつらの治療、あたしらは金の回収だ」

 そう言うが早いが、水面は「お前達、いくよ!」と『ブルー』の面々に向かって号令をかけた。水面を先頭にして、『ブルー』の面々は颯爽と建物の奥へと入っていった。一人残されたたまかは数多の薄群青色の制服、背中の帯の御太鼓が見えなくなるまで突っ立っていた。それから、思い出したようにはっとする。そうだ。水面の言っていた通り、たまかの目的は暴力を振るわれていた者達の治療である。慌てて治療器具を取り出し、意識を失っている倒れた身体へ応急処置を始めたのだった。




***




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